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第3話 前編
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「おーい、夕理?」
「…」
「歩きながら寝てんのか? もしかして」
翌朝。昨日の屋上の一件からずっと生徒会長の姿が頭の片隅にチラついて、何をするにもあまり集中できない。そんな時間がずっと続いている。
昨日屋上で見たあの生徒会長の姿が、彼の真の姿だった? いつも穏やかで偉ぶっていなくて、俺みたいな2つ下から舐められてタメ口を聞かれてしまうような彼が、別人のようだった。今まで自分は、生徒会長のことを心の中で舐めていたのだと気がつくと同時に、何だか昨日の生徒会長の手のひらの上で転がされていただけだったんじゃないか、とさえ思えてくる。
「お前、ネクタイ持ってきた?」
「あっ」
「昨日生徒会長に言われたんだろ? 今日こそ持ってこいって。仏の顔も3度までだぞ」
そうだ、ネクタイをカバンの中から探し出すと脅されたんだっけ。実はずっとカバンの中にネクタイを入れっぱなしにしている。昨日カバンを探されると聞いて取り出しておこうと思って、だけど今朝になったらすっかり忘れていた。
「やば」
「何? 忘れたの?」
「いや…」
昨日の獲物をなぶるような視線を思い出し、少しだけ鳥肌が立つ。何となく、今日はあの人に会いたくない。
黙り込んでしまった自分を不思議そうに見つめてくる悪友の背中に半分隠れるようにして、あの人のいつもの定位置から離れたところを通るべく、悪友のシャツを引っ張って制御しながら、門へと向かう。
「なんだよ、今日はひとりで突っ走ってかないのかよ」
「おはようございます、水沢さん」
「ひえっ」
後ろから悪友のシャツをつかんでさりげなく右側へと誘導していたのに、なぜか、真隣に、生徒会長が、立っている。
「夕理、俺先行ってるから」
じゃあな、とシャツを握りしめていた手を振り払って、悪友はさっさとどこかへ行ってしまう。こう言う肝心な時に逃げないでほしい。ピンチの友人を見捨てるか? 普通。
「今日はネクタイ、ちゃんと持って来ましたか?」
「あ、の」
動けうごけ俺、と必死に心の中で唱えてはいるけれど、声は出てこないし、やっぱり体も動かない。生徒会長の視線に絡め取られたかのように、身動きひとつできない俺の頬に、生徒会長が右手を滑らせる。
「昨日言っておいたでしょう? カバンの中、見られてもいいんですか?」
背の高さのリーチを存分に活用して、生徒会長は耳元にささやきを落としてくる。その言葉の僅かな吐息にも、耳が知らず熱を持っていくのがわかる。
「耳、赤くなってますよ。可愛いですね」
「ちがっ」
「仕方ないですね、今日はその可愛さに免じて、ネクタイ貸してあげますよ」
そう言いながら、生徒会長は、左手だけで自分のネクタイを緩める。その仕草が何だか板についていて、ちょっと悔しい。釘付けになっている自分をよそに、生徒会長は、大きな輪になったネクタイを首にかけてくる。きちんとネクタイを締めるために近づいた瞳の距離と、首元のあたりを動く見えない手の雰囲気に、落ち着かない気持ちになる。
永遠のような、一瞬のような時間が過ぎたあと、目の前の生徒会長は満足そうに微笑んだ。
「ちゃんと明日返してくださいね、ないと困りますので」
「っ…あんたはっ、今日、ネクタイなくていい…の、かよっ」
「心配してくださるのですか?」
「心配なんかじゃ」
「大丈夫ですよ。素行の悪い生徒に親切で貸してあげたといえば…許される」
ほら、いってらっしゃい、と雰囲気に飲まれてぼんやりとしている俺を押して、生徒会長はまた、登校中の生徒の群れへと戻っていった。ワイシャツ越しだし、そんなことありえないはずなのに、なぜかそのネクタイに熱がこもっているような気がする。
燻っている熱を吹き飛ばすが如く、早足で教室へ向かった先で、俺の姿を見た悪友はびっくり仰天した顔をしていた。
「夕理、ついにネクタイ着けたのか」
そんな悪友に生返事をして机に突っ伏すと、いつも開けている第一ボタンまできっちり締められていて、首が実に窮屈だった。しかし、もう机から起き上がる気にもなれない。
「おーい、今日は朝から変だぞ、お前」
「…っなんなんだ…」
「なんて?」
「ねる」
「あ、おいこら」
朝起きたばっかりだったけれど、この持て余している気持ちを落ち着かせるために机に突っ伏していたら、本当に眠くなってしまって、思わず爆睡をかましたなんて、あの生徒会長には口が裂けても言えない。
「…」
「歩きながら寝てんのか? もしかして」
翌朝。昨日の屋上の一件からずっと生徒会長の姿が頭の片隅にチラついて、何をするにもあまり集中できない。そんな時間がずっと続いている。
昨日屋上で見たあの生徒会長の姿が、彼の真の姿だった? いつも穏やかで偉ぶっていなくて、俺みたいな2つ下から舐められてタメ口を聞かれてしまうような彼が、別人のようだった。今まで自分は、生徒会長のことを心の中で舐めていたのだと気がつくと同時に、何だか昨日の生徒会長の手のひらの上で転がされていただけだったんじゃないか、とさえ思えてくる。
「お前、ネクタイ持ってきた?」
「あっ」
「昨日生徒会長に言われたんだろ? 今日こそ持ってこいって。仏の顔も3度までだぞ」
そうだ、ネクタイをカバンの中から探し出すと脅されたんだっけ。実はずっとカバンの中にネクタイを入れっぱなしにしている。昨日カバンを探されると聞いて取り出しておこうと思って、だけど今朝になったらすっかり忘れていた。
「やば」
「何? 忘れたの?」
「いや…」
昨日の獲物をなぶるような視線を思い出し、少しだけ鳥肌が立つ。何となく、今日はあの人に会いたくない。
黙り込んでしまった自分を不思議そうに見つめてくる悪友の背中に半分隠れるようにして、あの人のいつもの定位置から離れたところを通るべく、悪友のシャツを引っ張って制御しながら、門へと向かう。
「なんだよ、今日はひとりで突っ走ってかないのかよ」
「おはようございます、水沢さん」
「ひえっ」
後ろから悪友のシャツをつかんでさりげなく右側へと誘導していたのに、なぜか、真隣に、生徒会長が、立っている。
「夕理、俺先行ってるから」
じゃあな、とシャツを握りしめていた手を振り払って、悪友はさっさとどこかへ行ってしまう。こう言う肝心な時に逃げないでほしい。ピンチの友人を見捨てるか? 普通。
「今日はネクタイ、ちゃんと持って来ましたか?」
「あ、の」
動けうごけ俺、と必死に心の中で唱えてはいるけれど、声は出てこないし、やっぱり体も動かない。生徒会長の視線に絡め取られたかのように、身動きひとつできない俺の頬に、生徒会長が右手を滑らせる。
「昨日言っておいたでしょう? カバンの中、見られてもいいんですか?」
背の高さのリーチを存分に活用して、生徒会長は耳元にささやきを落としてくる。その言葉の僅かな吐息にも、耳が知らず熱を持っていくのがわかる。
「耳、赤くなってますよ。可愛いですね」
「ちがっ」
「仕方ないですね、今日はその可愛さに免じて、ネクタイ貸してあげますよ」
そう言いながら、生徒会長は、左手だけで自分のネクタイを緩める。その仕草が何だか板についていて、ちょっと悔しい。釘付けになっている自分をよそに、生徒会長は、大きな輪になったネクタイを首にかけてくる。きちんとネクタイを締めるために近づいた瞳の距離と、首元のあたりを動く見えない手の雰囲気に、落ち着かない気持ちになる。
永遠のような、一瞬のような時間が過ぎたあと、目の前の生徒会長は満足そうに微笑んだ。
「ちゃんと明日返してくださいね、ないと困りますので」
「っ…あんたはっ、今日、ネクタイなくていい…の、かよっ」
「心配してくださるのですか?」
「心配なんかじゃ」
「大丈夫ですよ。素行の悪い生徒に親切で貸してあげたといえば…許される」
ほら、いってらっしゃい、と雰囲気に飲まれてぼんやりとしている俺を押して、生徒会長はまた、登校中の生徒の群れへと戻っていった。ワイシャツ越しだし、そんなことありえないはずなのに、なぜかそのネクタイに熱がこもっているような気がする。
燻っている熱を吹き飛ばすが如く、早足で教室へ向かった先で、俺の姿を見た悪友はびっくり仰天した顔をしていた。
「夕理、ついにネクタイ着けたのか」
そんな悪友に生返事をして机に突っ伏すと、いつも開けている第一ボタンまできっちり締められていて、首が実に窮屈だった。しかし、もう机から起き上がる気にもなれない。
「おーい、今日は朝から変だぞ、お前」
「…っなんなんだ…」
「なんて?」
「ねる」
「あ、おいこら」
朝起きたばっかりだったけれど、この持て余している気持ちを落ち着かせるために机に突っ伏していたら、本当に眠くなってしまって、思わず爆睡をかましたなんて、あの生徒会長には口が裂けても言えない。
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