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親子三人の空間で

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「テオ、今日もかわいいねぇ。はー、癒されるわ、この寝顔見るだけでもさぁ。」
「ふふっ、本当にそうですよね。ルーナさん。」

「そうそう、今日もあんたに差し入れが届いてたよ。メッセージ付きでね。
あいつもたいがいしつこいねえ。」
そう言って渡されたのは、色とりどりの果物だった。

メッセージには、
「無理はするな。いつでも頼ってくれ。今日は朝から仕事だけどいつでも駆けつけるからな。」
と書いてあった。

破水したときに、恐怖と不安で押し流されそうなところをブラッドが助けてくれた。
そして出産にもなぜかブラッドが立ち会っていた。

ルーナさんもサムさんもなんだかんだとブラッドを受け入れているような気がする。
わたしは正直言って、ブラッドにどうやって接していいのかよくわからないでいる。


ブラッドが私を追ってここまで来た。
ルーナさんに言わせたら、ストーカーだと憤っていたが、私はほんの少しうれしかった。

新しい街で子供を父親なしで育てることに対しての不安がなかったわけではないからだ。
かといって、ブラッドを受け入れるのかと聞かれたら、今はそんなことは考えられないと答えるだろう。

以前の何も知らなかった時のように、ブラッドと普通に接する自信はない。

全てを売り払ったお金をテオが産まれてからブラッドに渡されたが、まだ全く手を付けていない。
そんなことは別に、期待していなかったし、こんな大金の使い道なんて私一人で決める勇気もない。

ブラッドは、この街で一からやり直すと言っていた。
仕事も人間関係も全て。
だから、もしも私の気が少しでも変わったら見ててほしいと言われた。

そんなことを言われても、あの日、あのケーキ屋の前で見たブラッドの姿がいまだに目に焼き付いているのだ。
頑張るとか、見ててほしいとか言って、どんなにブラッドが前を向いて進んでいても、その時の光景を時折思い出してしまっては私の心をを抉る。
信じるとか信じないとか以前の問題なのだ。

そんなある日、テオを連れて散歩に出かけた。
何の気なしに目をやると、そこには勤務中だろうブラッドが数名の仕事仲間の騎士たちといた。
その中の一人が、遠目からでもわかるほどいわゆるスタイルのいい美人だった。
頻繁にブラッドの腕やら服やらに触れようとしている。

もう別れた元夫が誰と何をしようが私には関係ないことだ。
そのままテオを乗せた乳母車を押して歩を進めた。

公園でテオと二人でピクニックをしようと芝生に進むと、乳母車の車輪がなかなかうまく進んでくれない。
仕方なく引き返して、ベンチにでも座ろうかと思っていたら、テオの乗っている乳母車がふわっと浮き上がった。

あまりに急な出来事だったので、びっくりして声を上げそうになった。
しかし、浮き上がった乳母車は逞しい腕に抱えられており、テオは相変わらず寝息を立てている。

「どこら辺がいい?」
と問いかけてきたのは、先ほど見かけたばかりのブラッドだった。
適当なところで乳母車を下ろしてもらった後、一応お礼を伝えたのでそのまま立ち去るのかと思った。
でも、ブラッドはそのまま私の横に胡坐をかいて座った。

勤務中に何をやってるんだろうと思ったが、それは私には関係のない話だ。
でも、私の横に座って良いなんて言ってないし、ましてやどうしてブラッドがここにいるのか不思議でしようがない。

「…ちょうど、昼飯を買いにメグの店に行こうと思ってたんだ。その、なんていうか、メグがそこにいるだけで、気が付くんだよな。だから、メグを追ってここまで来てしまった。ごめんな。俺、ちょっと気持ち悪いやつだよな。」

「そうなんだ。…まあ、ちょっとびっくりしたけど。…他の人と一緒に行かなくてよかったの?」

「ああ、全然構わない。あっ、なんかそこらへんで昼飯でも買ってこようか?腹減ったか?喉乾いてないか?」

ぐぅぅ~

「…。」
「ぶふっ…。ごめん…くくくっ…ちょっとまってて、メグ。すぐに戻ってくるから。」
「…。ルーナさんとサムさんが持たせてくれたパンがあるんだけど良ければ一緒に食べる?あ、別に無理しなくていいし。うん。」

「……。いいの?一緒に食べてってもいいんだな?!そりゃもう。うん、ありがとう、メグ!」

「どれがいい?」
「メグが先に選んで。全部おいしそうだから俺はどれでもいい。」

そんなこんなで、思いがけずブラッドとテオと三人でゆったりとした時間を過ごす。
ちょっと私には気まずい時間だが、丁度テオの目が覚めたみたいで泣きだした。

私はすぐにテオを抱きかかえてから、母乳をあげることにした。
周りには人がいなかったがブラッドがいたので背中を向けて母乳を与える。
すると肩からふわっと、ブラッドの隊服が優しくかけられたのが分かった。

「メグ、伝えるのが遅くなったけど、テオを産んでくれて本当にありがとうな。…メグとテオと一緒にいる。こんな穏やかな空間に今、俺がいる。…信じられないくらい、それだけで幸せだ…。」

ブラッドはそう呟いて黙々とパンを食べていた。

お腹一杯になったテオの目がぱっちりと開いて、周りをきょろきょろと見渡している。
母乳をあげて喉が渇いてしまった私は、少しブラッドにテオを預けることにした。
考えてみたら、ブラッドがテオをその腕に抱くのはこれが初めてだ。
嬉しそうな、緊張した面持ちで、恐る恐るテオを抱きかかえている。

テオはブラッドをじっと凝視したまま微動だにしない。
そんなテオをブラッドは優しいまなざしで見つめていた。

そんなときだ。
「ブラッド、こんなところにいたの?急にいなくなるから探したんだよ。って、え?どうしたのその赤ちゃん。ああ、そちらの方がこの赤ちゃんのお母さんですか?」

さっき見かけた、ブラッドの仕事仲間らしき女性が急に現れた。

「ちょっとブラッド、この赤ちゃんのお母さんと知り合いなの?」
「ああ。」
「ふぅーん。そう。あの、はじめまして。アリサです。ブラッドとは部署が同じなんですよ。ねえ、ブラッド?」
そういったアリサさんは、ブラッドの肩にさりげなく触れようとした。

「そうなんですね。あの、じゃあ、私はこれで…。」
この空間になんとなく、これ以上いたくなかった私は、アリサと名乗る女性に挨拶だけして立ち去ることにした。

テオを乳母車に乗せ進もうとしたら、逞しい腕が再び乳母車を持ち上げた。
「メグ、俺が乳母車を運ぶから、大丈夫だ。テオを抱っこしててくれ。芝生の上はこれじゃ進みずらいよな。」
そういって、再び私の前を歩くブラッド。

「…ありがとう。」

お礼を伝えて、ふと見上げたら、ブラッドは耳まで真っ赤になっていた。

「ちょっと、ブラッド。待ってってば!」
そう言って後を追いかけてきたアリサさんは、ブラッドを上目遣いでみあげた。
先ほど私が返した隊服を羽織ったブラッドの袖を引っ張ろうとした時だった。

「やめてくれないか。もしもわざと俺にべたべた触れようとしてるんなら、金輪際やめてくれ。不快だ。俺は、お前にも女にも全く興味がない。いや、ちがうな。俺に、わざと触れていい女は、一人だけだ。そしてそれは絶対にお前じゃない。」

「っっ!」
アリサさんはブラッドにそう言われた瞬間、泣きそうな顔で踵を返して走り去ってしまった。

「なんかわるかったな、せっかくの時間を気分悪くさせたんじゃねえか?じゃあ、仕事にそろそろ戻るわ。メグ、無理するんじゃないぞ?」

そう言って、ブラッドは立ち去って行った。
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