見捨てられたのは私

梅雨の人

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「小雪はまだ寝ているから起こさないように頼む。」 

「はい、かしこまりました。」 


扉の向こう側で亮真様の声が聞こえてまいります。 

起き上がって亮真様をお見送りしたいのに体が重くてうつらうつらと再び眠気に襲われております。 

「喉が渇いたわね…」 

「奥様、お目覚めでございますか?おはようございます。ただいまお水をお持ちいたしますね。」 

「亮真様は…?」 

「旦那様はお仕事にお出かけになられました。奥様を寝かせておくようにとのことでしたのでそのようにさせて頂きましたよ。」 

「そう、そうなのね。ありがとう。」 

実家の藤堂家から、この屋敷に戻って来て以来、亮真様は夜になると私の部屋にやってきてそのまま一緒に朝まで過ごされるようになりました。 

毎晩のように体を求められておりますので、うっかりすると覚めた時にはお昼になってしまいます。 

お仕事がとても忙しそうですのに、まめに私との時間もとってくださって感謝しております。 


「小雪、今週末外で夕食にしないか?兄さんと私が出資した宿の料亭が大変話題になっているからどうかと思ったんだが…」 

「よろしいのですか?」 

「ああ、もちろん。私が君を誘っているんだから良いも何もないと思うぞ。」 

「…とても…とても楽しみにしております。お誘いくださってありがとうございます亮真様。」 

「…ああ…」 

亮真様と夫婦になってこのように誘って頂いたのは初めてのことですので週末がとても、とても楽しみでございます。 

◇◇◇◇

「亮真様、お待たせいたしました。…亮真様?」 

「……ああ、それでは行こうか、小雪。」 

「ええ、よろしくお願いいたします。」 

今日は亮真様の運転する車で、お目当ての料亭まで向かっております。 

考えましたら亮真様の運転する車の助手席に座るのは初めてのことで、亮真様の運転するお姿がとても凛々しくて胸が高鳴ります。 

 
「小雪、どうした?大丈夫か?」 

「え?ええ。亮真様の運転はとてもお上手ですね。」 

「そうか?なあ、小雪。」 

「はい、亮真様?」 

「その服…とても似合っている…」 

「そうですか?ありがとうございます。今度お兄様にお礼を伝えなければなりませんね。こうして亮真様に褒めていただいたのですから。」 

「お義兄さんか…今度…」 

「今度?」 

「私が小雪に服をたくさん贈る…」 

「はい…」 

現地に到着するまでの私と亮真様の会話はこれで終わってしまいましたがそれだけで幸せでした。
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