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第8話 その後のサーカス3

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「おい。アリサはまだなのか。本番直前のリハーサルに顔を出さなかったではないか。それに、もう本番まで時間がないというのに現れないとは、一体何をしているのだ」

 ワシは思わずゴルドを怒鳴っていた。

「父さん。声が大きいよ。お客さんに聞こえちゃうだろう」

「そうだな。すまない」

 だが、ワシが我を忘れることも仕方のないことだ。サーカスのアイドルと甘やかしてきたアリサが今だ会場に現れないのだ。

 会場裏で今か今かと待っているワシたちをいつまで待たせるつもりなのか。

「部屋には、いるんだろうな?」

「それが、カギが閉まってて入れないんだ。ノックしても返事はないし」

「こんな日に限って寝坊か」

「アリサに限ってそんなはずはないはずだよ」

 こんな状況でもアリサを立てようとしおって。

「もういい、ドアを壊してでも叩き起こしてこい。今からならまだ間に合うだろう」

「そんなことしたら俺の印象が」

「気にしている場合か」

 声をできる限りひそめながら、ワシは息子のゴルドを走らせた。



 ゴルドを送り出して少し冷静になり、ワシはイスに座って息を吐いた。

 静かになると今か今かとサーカスを待ち望む観客のどよめきがここまで聞こえてくる。

「全く、こんなことになるならもっと懐柔しやすいやつをアイドルとして押し出せばよかった」

 異変に気づいたのか、サンがワシたちの待機室までやってきた。

「ダンチョー。リーダーは?」

「ああ。今アリサを呼びにいっている」

「アリサは来るの?」

「大丈夫さ。なんてったって我がサーカスのアイドルだからな」

「そうだよね。来るよね」

 ワシの言葉に安心した様子のサン。

「本当に来るのかしら」

「ユラーちゃん。勝手に入っちゃまずいんじゃ」

 ぞろぞろとサンに続くようにしてユラーとカフアまでが入ってきた。

「いいのよカフア。ねえ団長」

「まあ、本番前だしな確認することもあるだろう。いちいち入っていいか聞いていては時間がいくらあっても足りん」

「ほうら」

「そうだったんですね」

 まあ、野郎が入ってくるなら話は別だがな。口には出さないが。

「団長。アリサが出ないならアタシがゴルドさんとトリを務めても構わないですか?」

「ああ、来なかったらな」

 無理矢理にでも連れてくるのだ。そんなことはまずないだろう。

「ユラーずるい。サンもゴルドとやりたい」

「そうですよ。わたしだってトリがいいです」

「あんたは水と炎で相性悪いじゃない」

「そんなことないですって。わたしなら水に当たらないよう炎を出せます」

 全く、呑気な奴らだ。

 足りない小道具で芸の幅が狭まっているだろうに、持っているだろうアリサが来なかったら、それらもなしでやるのだぞ?

 それもわかって言っているのか。

 ま、息子が引くて数多なのは見ていて気分はいいがな。

 ギャイギャイやっているのを止めずに眺めていると、息を切らしてゴルドが待機室に戻ってきた。よっぽど焦っていたのか、珍しく膝に手をついて息を整えている。

 ゴルドの周りを見てみるもアリサが来た様子はない。

「どうした。何かあったのか?」

「父さん。これ」

 ワシが聞くと、ゴルドは何かの紙を突き出して見せた。

 握られているせいでただの紙にしか見えない。

「それがどうしたのだ」

「辞表だよ。アリサの。この土壇場でアリサはサーカスをやめたんだよ」

「なにぃ? 辞めたぁ?」

 意味がわからない。ここで成功すれば今後の人生は安泰と言われるほどのステージを投げ出す理由がどこにある?

 ましてや、我がサーカスは前評判ですら成功確実とまで言われているのだぞ?

 なぜ自分の人生をドブに捨てるようなことを。

「俺も理由はわからないんだけど、カギを破壊して部屋に入ってみればもぬけの殻だった。辞表に書かれてることから考えると、小道具も私物ってことで持っていったんだと思う」

「クソッ」

 手近な机を破壊してみるも何も気分は収まらない。

 それどころか怒りはみるみる湧き上がってくる。

「じゃあ、アタシがトリってことでいいですね」

「ずるい。サンに譲って」

「わたしだってやりたいですよ」

「ええい! もう、好きにせい。ユラーがやれ。お前が一番ここで長いだろう」

「ほうら」

 こんな時に全員自分のことばかり考えおって、もっと周りを見るということを知らぬのか。

「どうしようか父さん。戦力外のドーラはいいとして、アリサが抜けるのは考えてなかったから、変化が大きすぎるけど」

「とにかくやるぞ。アイドルがいないからといって失敗は許されないからな。いいか。失敗は絶対に許されないからな。ここにいる全員でどうにかせねばならぬのだからな。今回の失敗は今までの失敗とは訳が違うということを覚えておくのだぞ?」

 ワシが釘を刺すもわかっているのかいないのか、みなが好き勝手に会話して、聞いているようにすら見えなかった。

「おい。もう開演時間だ。出番になれば出てくるのだぞ。いいな?」

「いいこと?あなたたちはアタシの引き立て役なんだからそれらしくやるのよ」

「なんでサンがそんなことしないといけないの?」

「わ、わたしだって活躍したいですよ」

 案の定聞いてワシの話を聞かずに未だにピーピーと文句を垂れている。

「聞いているのか! ワシはもう出るからな。団長としてワシが挨拶したら、あとはお前たちの問題だからな」

「わかってるよ父さん。ほら、みんなイレギュラーな事態だけど、なんとかショーを乗り切るよ」

「ええ。ゴルドさんには私がついてます。アリサなんていなくても大丈夫ですよ」

「サンだっているよ」

「わたしも助力します」

「ありがとう。アリサはアリサで大切な仲間だ。大事にしよう。さ、父さん、あとは任せたよ。俺たちは最後の調整に入るから。それまでの間よろしく」

「お、おう」

 このワシとゴルドの扱いの差は一体なんなのだ全く。

 まあいい。話を聞いてまとめてくれるゴルドがいればこの場はアリサなしでもなんとかなるだろう。

 ワシは近くの者を呼び寄せアリサに使者を送る手配をした。

 アリサのことはこれでいいだろう。

 ワシはそして深呼吸をしてからステージへと向かった。
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