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第3話 判断・決断

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「私、キセキには頼りません。私は自分の体に戻ります」

 成山さんは力強くそう言い切った。

 それな成山さんを見て、師匠はなんだか意外そうに目を丸くしていた。

「別段、今のは試すようなつもりで言ったんじゃなく、キミが構わないなら本当に構わないと思って言ったんだけど、まさか戻ると言うとはね」

「意外ですか?」

「少し意外かな。別に、こんな状況をしばらく楽しんでから戻るっていう選択肢だってあるわけだし」

「そんな人いるんですか?」

「いるともさ。それを、戻ると切って捨てるほどさっぱりしているというのが意外だった」

「どうしてですか?」

 今度は成山さんの方が不思議そうにして師匠に聞いた。

「言ってしまえば、キセキを願いような人間は、概して他力本願なんだよ。だってそうだろ? 自分で願いを掴んでこそとか思ってるやつは、そもそもキセキが叶うような願いを持たないのさ」

「なるほど」

 他力本願と言われ、成山さんも一瞬ムッとしたが、その後の説明に納得したようだ。

「だから、君が構わないのなら構わないと言ったんだよ。ただ、本当に戻りたいのなら、そのヒントくらいは与えてあげないとね。せっかく自称弟子が頼ってきてくれたんだから」

「ありがとうございます」

「待て待て待て」

「ん?」

 なんだか、珍妙な来客でもやってきたみたいな顔で、師匠が僕のことを見てきた。

「ん? じゃないんですよ。全然僕の意向を汲んでくれないじゃないですか。おかしくないですか?」

「それは当然だろ? だってこんな状況、男女の入れ替わりなんて、男子からしたら嬉しいことだけじゃないか」

「そんなことないですよ。元の体じゃないってだけで結構不便してるんですから」

「そうかな? よく考えてもみたまえ。この状況、メイトにはデメリットが何一つない」

「だから不便してるって」

「そんなもの、タレカちゃんの状況と比べたら、デメリットにも入らないだろ? だって、メイトは戻れたら戻れたで、いつもの生活ができるからよし。戻れなかったら戻れなかったで、女子になってその体を堪能できる。違うかな?」

「人聞きが悪いですね」

「だが、事実だ。なら、キミの意向を汲んだところで、そんなの初めからフェアじゃないのさ」

 僕は何も言えなかった。

 暴論のようだが、実際その通りだと思ってしまった。

 今回こそ、僕がたまたま以前にもキセキに遭遇していたことで、肉体を変化させられるという特異な能力が成山さんの方に移行しているけれど、普通そんな状況はありえない。

 キセキなんて、人生に一度遭遇するのも多い方だ。

 なら、普通の男女入れ替わりを考えれば、僕が女の子になって終わりだった。

 それなら、女の子の方が男子の生活をしたいのか、肉体を取り戻したいのか聞くのは当然のことだろう。男子が勝手に逃げて、好き勝手体をもてあそばない保証はない。逆もそうだが、師匠の口ぶりだと、男側のそういう行動の方が早いうえ多いんじゃないだろうか。

 なら、女子側に意見が傾くのは、たとえそれを願ったものが女子側だったとしても、専門家としては正当な判断ということなのだろう。そもそも師匠は女性だしな。

「ほんと、どうして何度もこんな目に遭うかな」

「さあね。キセキという現象にとっても、キミだと何かと都合がいいんじゃないか?」

「嫌な都合だな」

 そこで会話に割って入るように、成山さんがこほんと一つ咳払いをした。

「なにかな? タレカちゃん」

「あの、それで、私が元の体に戻るには、具体的に何をすればいいんですか?」

「いい質問だね。実にいい質問だ。何をすればいいのか。それは実際のところ、考えてみれば当たり前のことなんだよ」

 僕も、師匠の言葉にこくこくとうなずいた。

「ワタシが先に提示した解決策は、いわばメイトが選んだ選択肢だ。自分に起こっている現象を受け入れて、そのままにしておく。それが悪いとはワタシは思わないし、それがいいともワタシは思わない。ただ、何かが起こって、それを受け入れ、その状況に適応していくっていうのも一つの選択肢ではあるわけだ」

「わかりますけど、でも、元の体に戻るって事は、そうじゃない選択肢ってことですよね」

「そう」

「じゃあどうやって」

 師匠はそこで手を打つと、朗らかにほほえんで成山さんの顔を見た。

「願いを完全に消し去ってしまえばいい」

「願いを完全に消し去る?」

 師匠の言っていることが理解できなかったのか、成山さんはオウム返しにした。

「それってつまり受け入れることとどう違うんですか?」

「全然違うよ。受け入れることが、悪い言い方をすれば、ただの放置、受動的な対策なら、こっちは自ら解決に動く積極的な方法だからね」

「解決に動く、ですか? でも、願いを消し去るなんて、どうやって?」

「方法は何だっていいのさ。諦める。それがシンプルでわかりやすい。願いを完全に諦めるんだ。それならそれで、それができるならそれでもいいし。できないなら叶えてしまえばそれでもいい」

「つまり、願いが存在しないようにするってことですか?」

「そういうこと。タレカちゃんはメイトと違って、理解が早くて助かるね」

「この辺は僕もすぐに理解したはずだけど?」

「してなかったからゴタゴタして、結局今の状況になってるんだろう? そもそもメイト、キミの願いはそうそう解決できるものじゃないじゃないか。キミの場合、正確に言えば、受け入れたわけでもないんだからさ」

「確かにそうなんですけど……」

 反論を試みたが、これ以上は無理そうだった。

 僕の時のことを知らない成山さんは、何のことだかさっぱりわからないといった様子で、混乱しているようだった。

「これでも、ワタシの弟子を名乗ってるんだから、もうちょっと理解してほしいところだが……、ごめんね。話が逸れたね」

「いえ、全然構いません」

「本当に、優しい子でよかったね。メイト」

「納得いかないなぁ」

 そこで何かに区切りをつけるように、師匠はトンとイスから降りた。

 かなり高いイスに座っていたのか、師匠がイスから降りると、その小ささが余計際立った。

 ギョッとする成山さんの意識を奪いつつ、師匠は、水晶の乗ったテーブルを回りながら僕らの方へ歩いてくる。

「今回、タレカちゃんは誰かになりたいんだろう? なら、誰かになってしまえばいいよ」

「誰かになるって、例えば?」

「例えば、家族とかね」

 ニヤリと不敵に師匠が笑むと、途端、成山さんがブルブルと震え出した。

「どうかしたかな?」

「い、いえ。なんでもないです」

「そうかな? ワタシにはそうは見えないけどね。まるで、家族と何かあったみたいじゃないか。成山タレカ」

 電流にでも撃たれたように、成山さんがビクッとした。

「あなた、私の何を知っているんですか?」

「だから言ってるだろう? ワタシは知ってるんじゃない。経験から推測しているんだ」

「……」

 悔しそうに、成山さんは顔を歪ませた。

「ひとまずそうだな。メイトちゃんと双子の姉妹のフリでもしてみたらいいんじゃないか?」

「え。僕もやるんですか?」

「弟子なんだろ? 当然じゃないか」

「でも、成山さんだって嫌だろうし」

「別に、嫌じゃないわ」

「ほら……え!?」

「嫌じゃないって言ってるのよ。その、ここまで色々してくれたし、頼りにしてるわよ」

 むすっとしているものの、成山さんの声音はなんだか優しげだった。

 どういう心変わりだろうか。

「さて、それじゃあ決まりだね。頑張れよ。メイトちゃん」

「しれっとちゃん付けで呼ばないでもらえますかね?」

「いいじゃないか。可愛いだろ? メイトちゃん」

「もういいです。それじゃあ、僕が上の子ってことでいいよね」

「ダメよ。あなたが妹よ、メイトちゃん」

「成山さんまで……」

 こうして僕は、成山さんと家族っぽいことをすることになった。
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