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小さな諸国に行ってみよう

伝説を始める

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 衛兵たちは頑張って戦ったのだろう。
 だが、相手が悪かった。

 先の第三王女フレイア暗殺失敗を受けて、領主はツテを持つ者の中でも一番優れた集団を雇うことにした。

 依頼は請け負いさえすればなんでも行い、達成できない依頼は無い。

 受けてこなかった依頼もあるが、それらはすべて他の同業者が請け負って……死んだいく依頼ばかりである。

 彼らには、優れた勘があったのだ。
 決して驕らず、決して自惚れず、決して違わないようにしてきた。

(だが、今回ばかりは本当にヤバいかもな。誰だ、アレを楽な仕事だと言ったのは)

 集団のリーダーは、目の前で武器を振るう衛兵を捌きながら一点を見る。

 煌びやかなドレスを纏った、青髪の少女。
 彼女はこの状況にいっさい動じず、表情一つ変えずに──ただ彼らを、憐れむような目で見ていた。

(危険人物である異世界人を迷宮に誘導したから大丈夫だ? くそっ、もっとしっかりと情報を確認しておくべきだった!)

 握ったナイフで、衛兵の首を掻っ切る。
 自分に掛からないように血飛沫を飛ばし、再び別の衛兵に向かう。

 彼は今回の依頼を、信頼する副リーダーから知った。

 故に、その前に殺された暗殺者に関する情報を読み切ることもできず、この場にやって来ることになる。

 それでも、副リーダーの意見や主張は念入りに確認していた……だからこそ、今回の依頼を受けようと決めていたのだ。

(始めっから罠だったんだ。あの陰謀臭い国から来た奴が、何もしないでのほほんとしている方がおかしい! そもそも、どうして二人だけで来たのかを恐れることこそ正解だったんだよ!)

 得意とする暗闇の魔法を放ち、周囲を黒一色で塗り潰す。
 全員が暗視スキルを持つ彼らは、その隙に邪魔者である衛兵たちを皆殺しにしていく。

 ……このとき、決して依頼対象へ攻撃をすることはない。
 万全の状況で無ければ、どうしっぺを返されるか分からないからだ。

  ◆   □   ◆   □   ◆

 所々で衛兵たちの悲鳴が上がる。
 重鎮たちは狼狽し、怒鳴るようにして衛兵たちに刺客たちの駆除を命じた。

(一番強そうな人、疑念。たぶん、こっちの作戦に気付いたみたい。だけど……もう誰にも止められない。他の人たちは、貴方が止めても止まらないから)

 彼女は自身の能力で、黒尽くめの集団を確認した。
 リーダーを含む一部の者だけは、この状況に疑念を抱いている。

 だが、大多数の者には白い靄のようなものが掛かり、あらゆる心情が発露する前に遮られていた。

 ただ一つだけ、依頼を遂行するという思いだけを残したまま。

  ◆   □   ◆   □   ◆

 暗闇の魔法が解けた時、その場に居た衛兵たちは全滅していた。
 首を斬られた者がいれば、心臓を貫かれた者もいる。

 もがき苦しみ泡を吹いて死んだ衛兵の頭を踏み付け、一人の男は言い放つ。

「次はお前だ、第三王女」

 副リーダーであった男は、戸惑いを感じるリーダーに変わってそう告げた。
 その言葉に呼応して周りの者もまた、いっせいに彼女に向かって駆ける。

 絶体絶命の危機、普通の肝を持つ者であれば震えあがって小水を漏らすところだろう。
 しかし、彼女はこれまでの経験から、いっさい動じずにいた。

 たった一言、彼女が口にするだけで──すべては一瞬で解決するのだから。


 ──召喚[ブラド]──


 その瞬間、再び辺り一帯が闇に包まれる。

 だが、その暗さは桁違いであった。
 本来は暗視スキルによって、闇の中でも視界を確保できる彼らも……なぜか視界すべてが黒一色になっている。

「落ち着け! 慌てふためいても相手の思う壺だ! すぐに光の魔道……ぐっ」

「──何度も同じ手を使わせると思うか。二度目などありえない」

 リーダーはこの現象が、予め渡された情報にあった闇のことだと理解し、すぐさま仲間たちに告げた。

 そして、魔道具の用意をさせようとしたのだが……そこに、一人の男が現れる。

「我が主の命により馳せ参じた。どうぞ、ご命令を」

 闇を編んだように黒い執事服を纏う。
 白金を梳かしたような髪は背中まで伸びており、瞳は紅玉のように輝いている。

 そんな男は彼女に向けて、一礼をしてそう言った。

 ──あの黒い者たちを捕縛、及び後ろに誰がいるかを吐かせて。

「仰せのままに」

 男はズブンッと影の中へ潜ると、黒尽くめの集団に攻撃を仕掛ける。
 周囲の闇が形を成して、彼らに向かって飛びだしていく。

 スキルやこれまでに培った勘を生かし、それを捌けたのは……理性があった、先程挙げた極少数の者たちのみ。

 残りの者は全員が影に縫われるようにして拘束され、光に曝される。

 ──さあ、観念して情報を出しなさい。

 すると、まるで物語のように男たちはペラペラと情報を吐いていく。

 自分たちは何者で、いったい何をするために、どうやって、誰に依頼されて来たか……これらすべてを吐くと、依頼主である領主に向けてこう言いだす。

「俺たちはこの仕事から足を洗う。だから、最後のけじめとして……お前のような奴を、道連れにしてやったよ」

 最後にそう言って、グッタリと気絶した。
 突然の告白に一瞬気が緩まった隙を付かれて、影の拘束を逃れた者たちもこのときに捕縛される。

 自身の手駒が無くなって憤る領主だが、彼女は舞台女優のように、高らかに叫ぶ。

 ──もう、終わりにしましょう。争いからは何も生まないわ。私はそれを止めるため、こうして貴方たちと条約を結びに来たのですから。

 新たにこの場に来た衛兵によって、黒尽くめの集団は牢屋に連れていかれた。 
 罵詈雑言を言い放つ領主もまた、事情聴取のため運ばれる。

 そんな様子を見ていた領主の仲間たちは、黙ってこれからの話し合いに付き合うことになった。

 締結を邪魔すれば殺す、影から再び現れた男の目が、そう語っていたのだから。



 条約は無事、互いに対等だと思える内容で結ばれることになった。
 これが後に伝えられる──『心姫』の伝説の始まりであったとされる。







 その内容に、イム・トショクの名はいっさい記されていない。

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