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第7話:『壱番街サーベイヤー』
◆29:竜虎相打つ(絶技応酬)-1
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円卓を置いてなお余るドラゴン・スイートのフロア。
暖炉の前に、無駄こそが最高の贅沢とばかりに空けられた土俵がまるまる置ける程度のスペース。必定、そこが決戦場となった。
MBSの兵隊たち、そして美玲さんとワンシム達は壁際に。おれとファリスは反対側に陣取り、この死合の行く末を見守る。
おれは勝敗を推測しようとして、やめた。
昨夜のうちに打てる手を打ち、ここに至るまでで策は出し尽くした。
あとは結果を確かめるのみ。
任せるべきだからこそ任せる。おれのアシスタントには、その力量があるのだから。
部屋に満ちる緊張とは裏腹に、対峙する二人はむしろ不気味なほどリラックスしていた。
「最初の高速道路ではお前にしてやられたな」
「次は負けっぱなしだったよ。ボコボコにされた挙げ句ファリスさんまで攫われちゃってさあ」
「抜かせ。初見で殺し切るつもりだった技を凌いでおいて」
「まっ、何にしても」
「これで決着ということだな」
双方友人じみた笑みを交え。
そして日めくりカレンダーを破り捨てるように表情を引っ剥がす。
そこには一切の感情は失せ、最適に感覚器を駆動させるための表情筋の配置しかなかった。
真凛の構えはシンプルに半歩踏み出し、両腕をだらりと下げたもの。
対して颯真の構えは両の拳を正中線に並べた、直線的な攻防の構え。
美玲さんとおれが目を見合わせて頷く。
それが期せずして、開始の合図となった。
「シッ」
締め上げられた肺腑から微量の吐息が排出される。
颯真が地を滑る。地面にこぼれる水銀めいた滑らかさ、速さ、重さを以って間合を侵食。
四征拳六十五手の四十一、『揚水如竜』。
前回と同様。
いや、さらに伸びが疾い。実戦で用いることで、颯真は己が新たに身につけた技術に急速に習熟していた。かわせず、受ければ徹し、当たれば宙に舞う。鍛錬のみが齎すシンプルな必殺に。
だが、真凛は――すでにそこに居なかった。
刹那、颯真の思考が弾ける。混乱し惑うなどというタスクを差し込む余白はない。索敵。上下左右――いるはずがない。そんな動作をさせる余裕は与えなかった。後ろに飛び退った――違う。それならばこのまま追撃すれば終わる。ならば、どこに。
前方。
残酷な答え合わせ。
拳を繰り出そうとしたその時点で、真凛はまるで握手でも求めるかのように歩み寄っていたのだ。前に踏み込もうと意識してからでは間に合わない。日常動作である歩行の延長により意識と筋肉の準備を省略しつつ接近する死中活法。腕が伸び切る前に、すでに接近戦の間合いに侵入されている。
――馬鹿め!
颯真は嘲る。それは想定されている、しかももっとも愚かな答えだ。
殴られる前に懐に飛び込む。
たしかに打撃系には効果的な対処方法の一つだ。だがそれは、パンチ、キックなど、体の力を末端に集約しスピードを乗せる技だからこそ効果がある。颯真の至った『十字勁』はそのようなものではない。
天地の『気』を下肢に蓄え、前方に放つ。その本質はむしろ『腕を突き出した状態での体当たり』であり、伸ばした腕よりも、肩や頭の方が危険な破壊力を持つ。腕の内側に侵入されたのならば、そのまま体当たりで真凛を轢き潰すまで。何ら変わりなく、颯真が勁を開放する。
だが。
するりと、二人は交錯した。
奇怪な光景だった。激突すると思われた両者が、まるで酔っ払い同士の握手のように、互いに重なることなくすれ違ってしまったのである。
「――っ」
颯真の背筋が粟立った。自分が何をされたか直観し、そして到底、それを信じることが出来なかったのだ。
『今のは……』
『双睛』がわずかに声を上げる。違和感。だが言語化には至らない。
向き直る両者。
先程のあれは偶然だ。
颯真は疑念を締め出す。少なくとも、再現できるはずがない。颯真は刹那の脱力。肺腑を解放、排気、吸気。全身の筋肉と関節を緩め、自然落下する己の体を――次の刹那、下肢で支え、受け止める。
子供が体重計で数字を増やそうと遊ぶ時のそれ。『沈墜勁』で一時的に数倍に増加させた体重を質量武器と為し、『十字勁』にて、鍛え上げた下肢で打ち出す。
再度の拳。一挙勇躍し、真凛の腹を貫通する――。
だが。気がつけば。
颯真の肩に、真凛の手が置かれていた。
産毛が逆立つ。必至、詰み。
わかっていても、だがもはや拳を止めることは出来ない。
勁を放つ――。
その瞬間。
劉颯真は砲弾の直撃を受けたように吹き飛び、壁に叩きつけられた。
暖炉の前に、無駄こそが最高の贅沢とばかりに空けられた土俵がまるまる置ける程度のスペース。必定、そこが決戦場となった。
MBSの兵隊たち、そして美玲さんとワンシム達は壁際に。おれとファリスは反対側に陣取り、この死合の行く末を見守る。
おれは勝敗を推測しようとして、やめた。
昨夜のうちに打てる手を打ち、ここに至るまでで策は出し尽くした。
あとは結果を確かめるのみ。
任せるべきだからこそ任せる。おれのアシスタントには、その力量があるのだから。
部屋に満ちる緊張とは裏腹に、対峙する二人はむしろ不気味なほどリラックスしていた。
「最初の高速道路ではお前にしてやられたな」
「次は負けっぱなしだったよ。ボコボコにされた挙げ句ファリスさんまで攫われちゃってさあ」
「抜かせ。初見で殺し切るつもりだった技を凌いでおいて」
「まっ、何にしても」
「これで決着ということだな」
双方友人じみた笑みを交え。
そして日めくりカレンダーを破り捨てるように表情を引っ剥がす。
そこには一切の感情は失せ、最適に感覚器を駆動させるための表情筋の配置しかなかった。
真凛の構えはシンプルに半歩踏み出し、両腕をだらりと下げたもの。
対して颯真の構えは両の拳を正中線に並べた、直線的な攻防の構え。
美玲さんとおれが目を見合わせて頷く。
それが期せずして、開始の合図となった。
「シッ」
締め上げられた肺腑から微量の吐息が排出される。
颯真が地を滑る。地面にこぼれる水銀めいた滑らかさ、速さ、重さを以って間合を侵食。
四征拳六十五手の四十一、『揚水如竜』。
前回と同様。
いや、さらに伸びが疾い。実戦で用いることで、颯真は己が新たに身につけた技術に急速に習熟していた。かわせず、受ければ徹し、当たれば宙に舞う。鍛錬のみが齎すシンプルな必殺に。
だが、真凛は――すでにそこに居なかった。
刹那、颯真の思考が弾ける。混乱し惑うなどというタスクを差し込む余白はない。索敵。上下左右――いるはずがない。そんな動作をさせる余裕は与えなかった。後ろに飛び退った――違う。それならばこのまま追撃すれば終わる。ならば、どこに。
前方。
残酷な答え合わせ。
拳を繰り出そうとしたその時点で、真凛はまるで握手でも求めるかのように歩み寄っていたのだ。前に踏み込もうと意識してからでは間に合わない。日常動作である歩行の延長により意識と筋肉の準備を省略しつつ接近する死中活法。腕が伸び切る前に、すでに接近戦の間合いに侵入されている。
――馬鹿め!
颯真は嘲る。それは想定されている、しかももっとも愚かな答えだ。
殴られる前に懐に飛び込む。
たしかに打撃系には効果的な対処方法の一つだ。だがそれは、パンチ、キックなど、体の力を末端に集約しスピードを乗せる技だからこそ効果がある。颯真の至った『十字勁』はそのようなものではない。
天地の『気』を下肢に蓄え、前方に放つ。その本質はむしろ『腕を突き出した状態での体当たり』であり、伸ばした腕よりも、肩や頭の方が危険な破壊力を持つ。腕の内側に侵入されたのならば、そのまま体当たりで真凛を轢き潰すまで。何ら変わりなく、颯真が勁を開放する。
だが。
するりと、二人は交錯した。
奇怪な光景だった。激突すると思われた両者が、まるで酔っ払い同士の握手のように、互いに重なることなくすれ違ってしまったのである。
「――っ」
颯真の背筋が粟立った。自分が何をされたか直観し、そして到底、それを信じることが出来なかったのだ。
『今のは……』
『双睛』がわずかに声を上げる。違和感。だが言語化には至らない。
向き直る両者。
先程のあれは偶然だ。
颯真は疑念を締め出す。少なくとも、再現できるはずがない。颯真は刹那の脱力。肺腑を解放、排気、吸気。全身の筋肉と関節を緩め、自然落下する己の体を――次の刹那、下肢で支え、受け止める。
子供が体重計で数字を増やそうと遊ぶ時のそれ。『沈墜勁』で一時的に数倍に増加させた体重を質量武器と為し、『十字勁』にて、鍛え上げた下肢で打ち出す。
再度の拳。一挙勇躍し、真凛の腹を貫通する――。
だが。気がつけば。
颯真の肩に、真凛の手が置かれていた。
産毛が逆立つ。必至、詰み。
わかっていても、だがもはや拳を止めることは出来ない。
勁を放つ――。
その瞬間。
劉颯真は砲弾の直撃を受けたように吹き飛び、壁に叩きつけられた。
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