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第7話:『壱番街サーベイヤー』
◆27:開陳-3
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「この『鍵』と『箱』の謎は、解けてしまえば非常にシンプルでした。そもそもこの話の発端の奇妙な点に気づくべきだったわけです」
「奇妙、だと?」
「ああ。大帝セゼルは、後継者候補アルセスに、とっておきの金脈の情報を与えた。アルセスは日本に留学し、学生兼外交官見習いとして、セゼルに報告を行っていた。アルセスはセゼルから授けられた『公開鍵』を以て暗号文を作成し発信。セゼルは自らの持つ『秘密鍵』で解読して情報を得ていた。ですよねワンシム閣下?」
『……そうだ。我々王族は海外で活動する際に、セゼル陛下に情報を暗号化し報告する。情報を解読できるのは陛下ただ一人だった』
「そう、その時点ですでにおかしいわけですよ。金脈の情報は、そもそも『セゼルがアルセスに発信した』もののはずです。となれば、わざわざアルセスが報告のために暗号にしなおす必要などはない」
『それは。……そうだが』
スイートルームに集う一同の視線がおれに集まる。うん、探偵が謎解きをするのが癖になる気持ちが少しわかった気もするな。
「だいたい、隠された金脈の情報はセゼル大帝自身が一番良く知っているんです。わざわざ日本にアルセスが残した『箱』なんぞ探させなくても、改めて暗号文をもう一回作りなおして後継者候補に渡せばいいだけの話でしょう」
『亘理さん、では、なぜセゼル大帝はそのような回りくどい方法をとったのでしょう?』
美玲さんの疑問に、おれは直接答えなかった。
「君はもう、薄々気づいているんじゃないかな、ファリス?」
「――それは。きっと。日本に来て『箱』を探すという行為自体が、セゼル大帝の求めた『探求』だったからではないでしょうか」
皇女の回答に、おれは沈黙の後、深く頷くことで答えとした。
「え、陽司。じゃあセゼルさんの目的は、ファリスさんが日本に来て『箱』を探す旅をすること、そのものだってこと?」
「そう。日本を訪れ、アルセスという男の足跡に触れ、その思考を理解すること。それがセゼル大帝の望んだことだったわけだ」
だからこそおれ達は必然的に、ルーナライナと日本をつなぐほぼ唯一の人物であるアルセス皇子の足跡をたどることとなった。
「アルセス皇子は学生生活の傍ら、日本の企業とも接触をしていました。これを国家機密――金脈の漏洩ととられ、反逆者として処刑されるわけですが。ではアルセス皇子が接触していた企業とはどこだったのか?これについても並行して調べていましてね」
実際には文系全般担当の来音さんに裏で頑張ってもらってたわけであるが。今回はウチの事務所総動員である。
「採掘系の関連会社を抱える日本の大手商社。融資を当て込んだ投資銀行。金脈の採掘を考えれば、これはまあいい。問題は、電子部品系のメーカーとも積極的にパイプを作っていたことです」
『金は黄金としての価値だけでなく、精密機械にも多く使用されています。そういう意味ではさほど不自然とは思えませんが』
「であれば、金の流通を仕切る専門の商社がありますから、そちらに顔をつなぐのが合理的な判断でしょう。ですが皇子はメーカー、それも日本のメーカーに渡りをつけた」
「もったいぶるのはよせ。皇子はなぜそんなことをしたんだ」
「そりゃ簡単。『ルーナライナに産業を誘致するため』、さ」
おれは『アル話ルド君』にモバイルバッテリーを接続し、プロジェクターモードに変更。壁面に画像を映し出した。
「これがアルセス氏の学生時代の論文。彼の研究テーマは、高性能な半導体やコンデンサを高効率に制作する方法。……彼が在籍時に頻繁に行っていた食事会は、ルーナライナの一部の土地を経済解放区として、そこにセゼル大帝のころから縁のある日本の援助を受けて企業を呼び込むためのもの、だそうですよ」
プライベートな食事会や勉強会の形をとっていたために、当時の関係者を短期間で絞り込むのはだいぶ苦労したが、まあそんなことはどうでもいい。
『ええい、馬鹿なことを。アルセスは反逆者だぞ、国外に通じて機密を売り渡そうと――』
おそらくその場に居た誰もが『お前が言うなよ』と思っただろうが、丁重にスルーしておれは話を続ける。
「はっきり言って、こんなこと私利私欲でルーナライナを売り渡そうとうする人間がやることじゃありませんよ。ついでに言えば、個人のスタンドプレーでも出来ることじゃあありません」
「亘理さん、それでは――」
「ええ。アルセス皇子はセゼルの後継者候補として、学生でありながら国の機密に関わる仕事を行っていたんですよね。となればこれは、彼の独断ではなく、セゼル大帝の命令を受けて、秘密裏に日本の政府や企業と接触していたと見るほうが現実的でしょう」
『成る程。となると、セゼル大帝の目的は』
「金鉱脈に頼りっきりの自国の経済状態の変革、でしょうね。金を発掘してお金を儲ける。余力があるうちに、産業をつくり、金が取れなくなっても国民が仕事をしてご飯が食べていける状態を作り出す。さすがに近代史に名を残す名君です。その時点で十分に将来を見据えていたわけだ」
「奇妙、だと?」
「ああ。大帝セゼルは、後継者候補アルセスに、とっておきの金脈の情報を与えた。アルセスは日本に留学し、学生兼外交官見習いとして、セゼルに報告を行っていた。アルセスはセゼルから授けられた『公開鍵』を以て暗号文を作成し発信。セゼルは自らの持つ『秘密鍵』で解読して情報を得ていた。ですよねワンシム閣下?」
『……そうだ。我々王族は海外で活動する際に、セゼル陛下に情報を暗号化し報告する。情報を解読できるのは陛下ただ一人だった』
「そう、その時点ですでにおかしいわけですよ。金脈の情報は、そもそも『セゼルがアルセスに発信した』もののはずです。となれば、わざわざアルセスが報告のために暗号にしなおす必要などはない」
『それは。……そうだが』
スイートルームに集う一同の視線がおれに集まる。うん、探偵が謎解きをするのが癖になる気持ちが少しわかった気もするな。
「だいたい、隠された金脈の情報はセゼル大帝自身が一番良く知っているんです。わざわざ日本にアルセスが残した『箱』なんぞ探させなくても、改めて暗号文をもう一回作りなおして後継者候補に渡せばいいだけの話でしょう」
『亘理さん、では、なぜセゼル大帝はそのような回りくどい方法をとったのでしょう?』
美玲さんの疑問に、おれは直接答えなかった。
「君はもう、薄々気づいているんじゃないかな、ファリス?」
「――それは。きっと。日本に来て『箱』を探すという行為自体が、セゼル大帝の求めた『探求』だったからではないでしょうか」
皇女の回答に、おれは沈黙の後、深く頷くことで答えとした。
「え、陽司。じゃあセゼルさんの目的は、ファリスさんが日本に来て『箱』を探す旅をすること、そのものだってこと?」
「そう。日本を訪れ、アルセスという男の足跡に触れ、その思考を理解すること。それがセゼル大帝の望んだことだったわけだ」
だからこそおれ達は必然的に、ルーナライナと日本をつなぐほぼ唯一の人物であるアルセス皇子の足跡をたどることとなった。
「アルセス皇子は学生生活の傍ら、日本の企業とも接触をしていました。これを国家機密――金脈の漏洩ととられ、反逆者として処刑されるわけですが。ではアルセス皇子が接触していた企業とはどこだったのか?これについても並行して調べていましてね」
実際には文系全般担当の来音さんに裏で頑張ってもらってたわけであるが。今回はウチの事務所総動員である。
「採掘系の関連会社を抱える日本の大手商社。融資を当て込んだ投資銀行。金脈の採掘を考えれば、これはまあいい。問題は、電子部品系のメーカーとも積極的にパイプを作っていたことです」
『金は黄金としての価値だけでなく、精密機械にも多く使用されています。そういう意味ではさほど不自然とは思えませんが』
「であれば、金の流通を仕切る専門の商社がありますから、そちらに顔をつなぐのが合理的な判断でしょう。ですが皇子はメーカー、それも日本のメーカーに渡りをつけた」
「もったいぶるのはよせ。皇子はなぜそんなことをしたんだ」
「そりゃ簡単。『ルーナライナに産業を誘致するため』、さ」
おれは『アル話ルド君』にモバイルバッテリーを接続し、プロジェクターモードに変更。壁面に画像を映し出した。
「これがアルセス氏の学生時代の論文。彼の研究テーマは、高性能な半導体やコンデンサを高効率に制作する方法。……彼が在籍時に頻繁に行っていた食事会は、ルーナライナの一部の土地を経済解放区として、そこにセゼル大帝のころから縁のある日本の援助を受けて企業を呼び込むためのもの、だそうですよ」
プライベートな食事会や勉強会の形をとっていたために、当時の関係者を短期間で絞り込むのはだいぶ苦労したが、まあそんなことはどうでもいい。
『ええい、馬鹿なことを。アルセスは反逆者だぞ、国外に通じて機密を売り渡そうと――』
おそらくその場に居た誰もが『お前が言うなよ』と思っただろうが、丁重にスルーしておれは話を続ける。
「はっきり言って、こんなこと私利私欲でルーナライナを売り渡そうとうする人間がやることじゃありませんよ。ついでに言えば、個人のスタンドプレーでも出来ることじゃあありません」
「亘理さん、それでは――」
「ええ。アルセス皇子はセゼルの後継者候補として、学生でありながら国の機密に関わる仕事を行っていたんですよね。となればこれは、彼の独断ではなく、セゼル大帝の命令を受けて、秘密裏に日本の政府や企業と接触していたと見るほうが現実的でしょう」
『成る程。となると、セゼル大帝の目的は』
「金鉱脈に頼りっきりの自国の経済状態の変革、でしょうね。金を発掘してお金を儲ける。余力があるうちに、産業をつくり、金が取れなくなっても国民が仕事をしてご飯が食べていける状態を作り出す。さすがに近代史に名を残す名君です。その時点で十分に将来を見据えていたわけだ」
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