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第7話:『壱番街サーベイヤー』
◆20:ルート・ダウンポート−4
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相盟大学理工学部、研究棟A-301、斯波研究室。そこが目的の場所だった。ドアを開けると数人の院生が物珍しげにこちらに視線を向けてきたが、斯波教授が軽く挨拶をすると、見学希望の学生かと思ったのだろう、それ以上詮索はしてこなかった。
「ここが、研究室なのですね」
皇女がややうわずった声でつぶやいた。壁際には整然と並べられた机とPC、中央には巨大な黒い天板の机……いわゆる実験台。その隣には高価そうな何かの試験装置とおぼしき巨大な機械がいくつも設置され、低い音を立てて稼働しながら液晶ディスプレイ上に数字を吐き出し続けていた。
部屋の半分は通常の教室同様コンクリートの打ちっ放しだが、残り半分は透明なシートで仕切られており、その中で動く人々はみな白衣と帽子と手袋で全身を覆っている。ゴミや塵の侵入を嫌うクリーンルームという奴だ。
「……なんか学校の理科室みたいだね」
「そりゃまさしく”学校”の、”理科室”だからな」
もっとも、中の設備で言えば高校の理科室とは比べものにならない。ここに入っている機械一つで一千万円を超えるものも珍しくないだろう。
「すみません、こちらの機械は何に使われるのでしょうか?」
「え、ええっと、それはウェハーの測定に使用するもので……」
「ではこちらの大きな機械は?」
「そちらはメモリのテストを行う奴ですけど、」
「もしやフラッシュメモリも評価できるタイプでしょうか?」
「あ、はい。最近設備更新した奴なんで……」
「一回あたりのテスト時間と同時測定個数はいくつなのでしょうか?」
院生のひとりを捕まえてもの珍しげに質問しまくる皇女様。昨日からちょっと思っていたのだが、どうやらこのお姫様機械に詳しい、というかこちらを専攻希望している模様だ。会話を続けるうちに単語がどんどん専門的になり、おれもついていけなくなってしまった。
というか質問された院生の方は、銀髪の美少女から質問攻めにされるというゲームでもまずないシチュエーションにすっかり舞い上がってしまい、結構致命的な機密っぽい情報もぺらぺらしゃべってしまっているような気がするのだが、大丈夫であろうか。
来週の今頃、キャンパス内がどんな噂で持ちきりになっているか、おれは容易に想像することが出来た。この任務が終わったら、しばらくこっちのキャンバスに顔を出すのは控えた方がいいか。
「ってか、教授の専門は半導体なんですよね」
「そうそう。ざっくり言えば、省エネCPUの開発がメイン。まーあれだよ。陶芸家みたいなもの。焼き方とか、何をまぜるとか、何度で焼くとか、そんなことばかりやってるの」
のほほんと答えるが、この人の提唱した理論は次々世代CPUの基礎開発にあたって業界に相当なインパクトを与えたらしく、某大手半導体メーカーとの共同研究も始まっているとかいないとか。
深呼吸を一つ。皇女の質問攻めが一段落したところでおれは切り出した。
「さて、ファリス。そろそろ本題に入ろうか」
「…………はい」
今までのはしゃいだ様子が鳴りを潜め、表情に陰が落ちる。昨日の寮での、あの新聞記事を読み上げるような無機質な会話が思い出されたが、今日は彼女の顔にそれ以上の変化はないようだった。
「うん。アルセス王子のことだよね」
「彼はここの――正確には、僕が受け継ぐ前の、この研究室に所属していたんだ」
「ここが、研究室なのですね」
皇女がややうわずった声でつぶやいた。壁際には整然と並べられた机とPC、中央には巨大な黒い天板の机……いわゆる実験台。その隣には高価そうな何かの試験装置とおぼしき巨大な機械がいくつも設置され、低い音を立てて稼働しながら液晶ディスプレイ上に数字を吐き出し続けていた。
部屋の半分は通常の教室同様コンクリートの打ちっ放しだが、残り半分は透明なシートで仕切られており、その中で動く人々はみな白衣と帽子と手袋で全身を覆っている。ゴミや塵の侵入を嫌うクリーンルームという奴だ。
「……なんか学校の理科室みたいだね」
「そりゃまさしく”学校”の、”理科室”だからな」
もっとも、中の設備で言えば高校の理科室とは比べものにならない。ここに入っている機械一つで一千万円を超えるものも珍しくないだろう。
「すみません、こちらの機械は何に使われるのでしょうか?」
「え、ええっと、それはウェハーの測定に使用するもので……」
「ではこちらの大きな機械は?」
「そちらはメモリのテストを行う奴ですけど、」
「もしやフラッシュメモリも評価できるタイプでしょうか?」
「あ、はい。最近設備更新した奴なんで……」
「一回あたりのテスト時間と同時測定個数はいくつなのでしょうか?」
院生のひとりを捕まえてもの珍しげに質問しまくる皇女様。昨日からちょっと思っていたのだが、どうやらこのお姫様機械に詳しい、というかこちらを専攻希望している模様だ。会話を続けるうちに単語がどんどん専門的になり、おれもついていけなくなってしまった。
というか質問された院生の方は、銀髪の美少女から質問攻めにされるというゲームでもまずないシチュエーションにすっかり舞い上がってしまい、結構致命的な機密っぽい情報もぺらぺらしゃべってしまっているような気がするのだが、大丈夫であろうか。
来週の今頃、キャンパス内がどんな噂で持ちきりになっているか、おれは容易に想像することが出来た。この任務が終わったら、しばらくこっちのキャンバスに顔を出すのは控えた方がいいか。
「ってか、教授の専門は半導体なんですよね」
「そうそう。ざっくり言えば、省エネCPUの開発がメイン。まーあれだよ。陶芸家みたいなもの。焼き方とか、何をまぜるとか、何度で焼くとか、そんなことばかりやってるの」
のほほんと答えるが、この人の提唱した理論は次々世代CPUの基礎開発にあたって業界に相当なインパクトを与えたらしく、某大手半導体メーカーとの共同研究も始まっているとかいないとか。
深呼吸を一つ。皇女の質問攻めが一段落したところでおれは切り出した。
「さて、ファリス。そろそろ本題に入ろうか」
「…………はい」
今までのはしゃいだ様子が鳴りを潜め、表情に陰が落ちる。昨日の寮での、あの新聞記事を読み上げるような無機質な会話が思い出されたが、今日は彼女の顔にそれ以上の変化はないようだった。
「うん。アルセス王子のことだよね」
「彼はここの――正確には、僕が受け継ぐ前の、この研究室に所属していたんだ」
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