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第7話:『壱番街サーベイヤー』
◆14:灼熱の死闘−2
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「あ、あのすみません、日本ではおうどん、おそばを食べるときは音を立てるのが作法と習っていたのです。不作法でしたでしょうか?」
「ああいや、そこは全然問題ないのだが」
「辛くないんですか?」
「確かに辛いです。ですが、様々な辛さが素晴らしいバランスでまとまっているので、不快な辛さではなく、むしろ麺自身の味を引き立てる形となっています。日本にここまで香辛料を扱えるお店があるとは驚きです」
「そ、そういうものなんですか?」
「ふむ……」
そう言われると、おれも未練が湧いてくる。実のところ、先ほどの辛さはまだ舌先に残っているが、決してまずいわけではなかった。鼻を灼いた強烈な刺激も時間が経つと、鮮明な香りとして感じられるようになっている。気を取り直して、おれは慎重に麺をすくい、再びすすった。
「……!、やっぱ辛い、けど、結構イケる、な」
まぶしい光の下で何も見えない状態から、段々目が慣れると周囲の状況が解るように。舌が慣れ、辛いだけとしか思えなかった中から徐々に微妙な味の判別できるようになってきていた。
なるほど確かに、このレッドカリーが決してただ強い刺激を求めたキワモノではなく、厳然とした一品の料理であるということが理解できる。
競争の厳しい高田馬場の学生街を、ただ辛いだけで生き残れるはずがない。激辛でありながら絶妙のスパイスの構成、とろける豚肉との組み合わせ。辛い辛いと言いつつもやめることが出来ず完食してしまう者が後を絶たない悪魔のカレーという評判も、今なら納得だ。
「あまり冷たい水は飲まない方がいいと思います。辛さが長引くので」
「アドバイスサンキュー。……へぇ、だんだんイケるようになってきた。この角煮、柔らかい上に味がきっちり染み渡っていて極上だ」
「おいしいですよね?」
「あぁ。美味いね」
「う~ん、でもボクはやっぱり苦手かなぁ」
「まぁ、お前にはまだちょっと早いわな。無理しなくていいぞ。別の頼むか?」
もともと味覚というものは年齢によって変化する。甘いチョコレートやコーラが大好きだった子供が、大人になるにつれ辛い酒だの苦いモツ鍋だのを好むようになるのもそのせいだ。
――と、ここまで思考した時点で後悔した。どうせコイツのことだ、子供扱いするなとか、また店の中でわめき立てるに相違あるまい。
「……いいよ。頼んだんだから、ちゃんと最後まで食べる」
だが、真凛はそれだけ言うと、積極的に箸をつけてうどんを啜り始めた。むぅ、辛いものを食ったせいで喋る気が失せたか。
ランチタイム後の客の少ない店内に、男女三人がうどんを啜る音がしばし響く。三者三様、どうにか激辛うどんをあらかた食べ終える。摂取した高濃度のカプサイシンが、腹に収めたうどんが今まさに消化器官のどこにあるかを雄弁に主張していた。
人心地つくと、おれ達の話題は自然とこれからの予定についてのものへと移った。
「今日はこれから学校見学して、『箱』を探すのは明日から?」
「まぁそうなるだろうな。『箱』が見つかるまでファリスはウチの事務所に泊まって貰うことになるけど、かまわないかい?」
「かまわないどころか!お礼を申し上げなければなりません。本来ならホテルに泊まるべきなのに」
「気にしない気にしない、どうせ最初に君が払った依頼料に宿代も込みだろうからね」
彼女を護衛しつつ『箱』の捜索。なるほど確かに大仕事である。
「でもさぁ」
「あん?」
「何日ぐらいかかるんだろう?ボクも毎日ってなると、その、学校が」
「そこなんだよな」
ひりつく舌を労りつつ、おれは朝からドタバタ続きだった状況を整理する。
「結局の所、『箱』があるのは日本のどこか。日本と言っても、北海道から沖縄、離島だってある。それこそ九十九里浜でダイヤモンドを一粒探すようなもんだよ」
「なんで九十九里浜?」
「気にすんな。そしてもう一つ、『箱』が日本にあるという情報そのものの真偽。まぁ、セゼルがこんな凝った嘘をわざわざつく理由もないとは思うが、数十年前に隠した暗号が、まだこの世にちゃんと形として残っているという保証もない」
実は考古学なんかの世界では、”宝の地図”というものは割と見つかるのだ。貴重な遺跡の所在地を記した文献や、貴族の屋敷跡から発掘された財産の目録など。
だが現実は散文的なもので、そもそも文献の情報そのものが、当時の噂や伝聞をもとに書かれた誤りであったり、確かに当時はそこに財宝があったものの、数百年前の火災でとっくに焼失していたり。”宝の地図”を正しく解いても、宝にたどり着けないことの方が圧倒的に多いのである。
先日の幽霊騒ぎでもあったが、『探す』任務でいちばん厄介なのは見つからないものを『ない』と証明することだ。ファリスも何時までも日本に滞在するわけにはいかないだろうし、ウチもあてどもない捜索をずるずる続けるわけにはいかない。
「それは、確かにそうですが」
口ごもるファリス。おれはしばし彼女の表情に視線を置く。彼女の言葉は続かなかった。――いい機会、か。
「ああいや、そこは全然問題ないのだが」
「辛くないんですか?」
「確かに辛いです。ですが、様々な辛さが素晴らしいバランスでまとまっているので、不快な辛さではなく、むしろ麺自身の味を引き立てる形となっています。日本にここまで香辛料を扱えるお店があるとは驚きです」
「そ、そういうものなんですか?」
「ふむ……」
そう言われると、おれも未練が湧いてくる。実のところ、先ほどの辛さはまだ舌先に残っているが、決してまずいわけではなかった。鼻を灼いた強烈な刺激も時間が経つと、鮮明な香りとして感じられるようになっている。気を取り直して、おれは慎重に麺をすくい、再びすすった。
「……!、やっぱ辛い、けど、結構イケる、な」
まぶしい光の下で何も見えない状態から、段々目が慣れると周囲の状況が解るように。舌が慣れ、辛いだけとしか思えなかった中から徐々に微妙な味の判別できるようになってきていた。
なるほど確かに、このレッドカリーが決してただ強い刺激を求めたキワモノではなく、厳然とした一品の料理であるということが理解できる。
競争の厳しい高田馬場の学生街を、ただ辛いだけで生き残れるはずがない。激辛でありながら絶妙のスパイスの構成、とろける豚肉との組み合わせ。辛い辛いと言いつつもやめることが出来ず完食してしまう者が後を絶たない悪魔のカレーという評判も、今なら納得だ。
「あまり冷たい水は飲まない方がいいと思います。辛さが長引くので」
「アドバイスサンキュー。……へぇ、だんだんイケるようになってきた。この角煮、柔らかい上に味がきっちり染み渡っていて極上だ」
「おいしいですよね?」
「あぁ。美味いね」
「う~ん、でもボクはやっぱり苦手かなぁ」
「まぁ、お前にはまだちょっと早いわな。無理しなくていいぞ。別の頼むか?」
もともと味覚というものは年齢によって変化する。甘いチョコレートやコーラが大好きだった子供が、大人になるにつれ辛い酒だの苦いモツ鍋だのを好むようになるのもそのせいだ。
――と、ここまで思考した時点で後悔した。どうせコイツのことだ、子供扱いするなとか、また店の中でわめき立てるに相違あるまい。
「……いいよ。頼んだんだから、ちゃんと最後まで食べる」
だが、真凛はそれだけ言うと、積極的に箸をつけてうどんを啜り始めた。むぅ、辛いものを食ったせいで喋る気が失せたか。
ランチタイム後の客の少ない店内に、男女三人がうどんを啜る音がしばし響く。三者三様、どうにか激辛うどんをあらかた食べ終える。摂取した高濃度のカプサイシンが、腹に収めたうどんが今まさに消化器官のどこにあるかを雄弁に主張していた。
人心地つくと、おれ達の話題は自然とこれからの予定についてのものへと移った。
「今日はこれから学校見学して、『箱』を探すのは明日から?」
「まぁそうなるだろうな。『箱』が見つかるまでファリスはウチの事務所に泊まって貰うことになるけど、かまわないかい?」
「かまわないどころか!お礼を申し上げなければなりません。本来ならホテルに泊まるべきなのに」
「気にしない気にしない、どうせ最初に君が払った依頼料に宿代も込みだろうからね」
彼女を護衛しつつ『箱』の捜索。なるほど確かに大仕事である。
「でもさぁ」
「あん?」
「何日ぐらいかかるんだろう?ボクも毎日ってなると、その、学校が」
「そこなんだよな」
ひりつく舌を労りつつ、おれは朝からドタバタ続きだった状況を整理する。
「結局の所、『箱』があるのは日本のどこか。日本と言っても、北海道から沖縄、離島だってある。それこそ九十九里浜でダイヤモンドを一粒探すようなもんだよ」
「なんで九十九里浜?」
「気にすんな。そしてもう一つ、『箱』が日本にあるという情報そのものの真偽。まぁ、セゼルがこんな凝った嘘をわざわざつく理由もないとは思うが、数十年前に隠した暗号が、まだこの世にちゃんと形として残っているという保証もない」
実は考古学なんかの世界では、”宝の地図”というものは割と見つかるのだ。貴重な遺跡の所在地を記した文献や、貴族の屋敷跡から発掘された財産の目録など。
だが現実は散文的なもので、そもそも文献の情報そのものが、当時の噂や伝聞をもとに書かれた誤りであったり、確かに当時はそこに財宝があったものの、数百年前の火災でとっくに焼失していたり。”宝の地図”を正しく解いても、宝にたどり着けないことの方が圧倒的に多いのである。
先日の幽霊騒ぎでもあったが、『探す』任務でいちばん厄介なのは見つからないものを『ない』と証明することだ。ファリスも何時までも日本に滞在するわけにはいかないだろうし、ウチもあてどもない捜索をずるずる続けるわけにはいかない。
「それは、確かにそうですが」
口ごもるファリス。おれはしばし彼女の表情に視線を置く。彼女の言葉は続かなかった。――いい機会、か。
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