人災派遣のフレイムアップ

紫電改

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第7話:『壱番街サーベイヤー』

◆11:静謐なる原種吸血鬼の孤城-2

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「アニメカンショ……何だって?」

 失礼。あまりに異形の単語の組み合わせゆえ、音を聞いただけでは咄嗟に頭の中で日本語に変換出来なかったことを、ここにお詫びいたします。

「だから、アニメを鑑賞する専用の棺桶だ」

 不吉な予感を確信に変えて、おれは仕方なく質問する。

「……なんだ、この棺桶のあちこちに張り巡らされたパイプフレームとメッシュは」

 ちょうど背もたれと肘掛けと枕とフットレストを埋め込んだような形になっている。

「ハーマンミラー社に俺の身体を採寸させて作らせた。これにすっぽりと収まることで身体そのものの重さが極力均等に分散され、極めて長時間同じ姿勢で横たわっていても、蒸れや床ずれ、痺れが発生しない。エコノミー症候群対策も完璧だ」
「はぁ」

「PCそのものは映像さえ過不足なく再生出来ればそれでよいのでな。その分静粛性と放熱量にこだわった。隣に置いておいてもほとんど気にならないほど静かだ」
「へぇ」

「そしてデータストレージについては、場所と入れ替えの手間を考慮した上で、DVDやブルーレイは採用せず、ナマのデータをすべてハードディスクに取り込むことにした。もちろん可能な限り増設してな」
「ふぅん」

「そして迷ったのだが、やはりヘッドホンではなく、BOSEの5.1chホームシアターセットカスタム版を導入し、棺桶の四隅と蓋面に配置した。俺の全身を包み込むように音が再現されるよう、既に調整済だ」
「ほぅ」

「そしてこちらがユニバーサルデザインのトラックボール。手を添えていても疲れず、親指だけで全てのマウス操作を代行出来る」
「それはそれは」

「つまり視聴覚と親指だけ覚醒させておけば、眠りについた状態とほぼ同じ条件のままに、選択したアニメを最高の環境で半永久的に視聴し続けることが出来るという案配だ」
「……そんなに見るアニメがあるのか?」

「当たり前だろう。これで撮り溜めしたままのアニメや、未開封のままになっていたディスクをじっくりと消化できるというものよ。いずれ再び土中に埋まる時が来ても、悠久の時を有意義に使用できる。ウム、我ながらまさに一石二鳥の妙手と自賛せざるを得ない」
「いずれと言わずに今すぐ埋まれ。そして人類が滅亡するまで這い出てくんなこの土中ひきこもり」

 そういえば、今まで日本で放送された全てのアニメを観るとしたら、消化に何年かかるのだろう。……まあ、そんなことよりコイツはとっととアパートを引き払って、カプセルホテルの一室でも買い取って棺桶を運び込んだ方がいいと思うぞ、マジで。

 おれの脳裏にまざまざと浮かぶ、今から数百年後の光景。深夜の墓地にかすかに響くポップな曲調。誰からも見捨てられたはずの古びた墓の土が盛り上がり、棺の蓋が開く。棺桶の中から流れいでる美少女アニメのキャラクターソングに乗って、始原の吸血鬼が常世に帰還する――。

「ア、アタマが……」
「頭がどうした亘理氏?貴公の前頭葉のスペックが貧弱なことは周知の事実。今さら周囲に嘆いてみても始まらぬぞ?」

 その声でふり返った部屋の入り口には、直樹の要望を具現化した諸悪の元凶、ドクター石動が肩を聳やかして仁王立ちしていたものである。

「……おれも、人よりは世界中のヘンなものを見てきた自信がありますが。USBコネクタつきの棺桶というものがこの世にあるとは知らなかったですねぇ」
「知らないのは当然だぞ亘理氏。それは世界にただ一つの小生の最新作。安心したマエッ」
「もちろん皮肉で言ってんですよ!こんな奇天烈なシロモンがこの世に二つとあってたまりますか!」
「ハハハハハ褒めるな亘理氏!貴公に言われずとも世に二つも三つもあるようなモノにはこの不肖石動、端から興味はないッ!」
「言っときますが褒めてませんからっ!」

 おれ達のやりとりを尻目に、座り込んで物珍しげに棺桶を眺めていた真凛が、ふと呟いた。

「でもこれ、電源はどうするんですか?」
「「………………えっ?」」

 絶句するマッドサイエンティストと吸血鬼。

 ――っておい、まさかアンタら気づいていなかったんかい。
 

 
「ええっと……ここは……電算室……でしょうか?」

 着替えを終え、ドアを開けておそるおそる部屋の中を覗き込むファリス王女に、おれは手招きする。

「似たようなもんだよ。大丈夫、獲って喰われたりはしないからさ」
「そうだな、石動女史が獲って喰うのは年端のいかぬ少年だけだ」
「大丈夫ですファリスさん、いくら羽美さんでも人間は食べませんから!」
「貴公ら……」

 高田馬場の貸しビルの一室に、銀髪が二人いるという光景も珍しい。この棺桶が鎮座する狭い部屋に五人は入れないので、王女に黙礼して入れ違いで退出する直樹。振る舞いだけは王侯貴族並みに完璧だった。

 ちなみに今回、「たいそう美少女なお姫様が依頼人らしい」という情報をおれが伝えたときの奴の第一声は「何歳いくつだ?」だったことをここに記しておきたい。
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