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第7話:『壱番街サーベイヤー』
◆10:紅華飯店にて-2
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ファリスを空港で確保するのに失敗した二人は、日本に駐留している依頼人に中間報告を入れに来たのだが、当然ながらそれで依頼主の機嫌が良くなるはずもなかった。
「…………ト、ワンシムハモウシテオリマス」
冷や汗を浮かべながら、かたわらに立つツォン青年が日本語に訳す。外務大臣のくせにまともに英語が話せないワンシムの通訳を務める、二十代の東洋人の青年。
どうにもぱっとしない印象だが、ルーナライナ語、英語、中国語、片言の日本語を操る事が出来る貴重な人材である。今この場で会話が成り立っているのは彼の尽力によるおかげだった。
『ではツォンさん、訳してくださいな。その点については我々の意見は変わりませんわ。貴方がたが皇女殿下の動向を察知されたときは、すでに皇女は出国された後。ルーナライナ国内なら如何様にも手の打ちようがあったでしょうが、この日本では我々マンネットブロードサービスこそが、事態解決のための最適な手段と自負しております』
ツォンが丁寧にルーナライナ語に訳すと、またワンシムががなり立てる。
『そう聞いたからこそ、私が日本に飛ぶ前に、貴様等に指示を送ったのだ。空港で捕らえてさえいれば、今頃ここで締め上げて『鍵』と『箱』の在処を吐かせていたものを……!』
およそ叔父が姪に対して言ってよい言葉ではなかったが、当の本人は自覚していないようだった。そもそも現国王を補佐すべき男が、泡を食って外交官用の飛行機を私用して日本まで姪を追いかけてきたと言うこと自体、無能ぶりの証明である。
ソファーに座るワンシムの後ろにはもう一人、筋肉質の大男が控えていた。ワンシム同様の軍服に身を包み、混血の進んだ無国籍な風貌からルーナライナの軍人であると判る。
『閣下、自分はやはりこのような素人に任せるべきではないと考えます』
前に進み出る大男。ルーナライナ軍の大佐で、ワンシムの腹心だという。名前は確かビトールとか言ったか。ワンシムの領内でくすぶる不満分子や反乱分子を鎮圧して功を上げた、とのことだが、美玲の調べた情報に寄れば、結局、「弱い者いじめのスペシャリスト」以上の男ではなかった。
『聞けば奴らはここから三十キロと離れていないシンジュクに居るそうではありませんか。民間人の住居など大した障害ではありません。自分に命令を下していただければ、私が部隊の指揮を執り、二時間以内に制圧の後、皇女殿下をここに連れて参ります』
『……日本の首都圏で市街戦をやらかすおつもりでしょうか?』
こちらの無能に至っては無益どころか有害だ。中央アジアの荒野で隣村に出かけていって略奪を働くのとは訳が違うと言うことを、想像すら出来ていない。美玲の言葉をツォンが訳すと、ビトールは無駄に分厚い胸を反り返らせて反論した。
『大した違いなどない。現地の部隊が反応する前に引き上げてしまえばよい。それが戦術というものだ』
『東京に自衛隊はあっても軍隊は駐留しておりませんよ』
一方的な内戦、民間人の弾圧しかしたことがない軍隊が戦術とは。自分のやろうとしている事がどれほどの問題を引き起こすか、微塵も理解していない。やや痛むこめかみを指でもみほぐしながら、美玲はにこやかな表情を維持するのに多大な労力を払わざるを得なかった。
『だいたい武器も兵隊も、どこから調達してくるつもりですの?』
美玲の発言は無能な相手に気づかれない程度に皮肉をまぶしたものだったが、ビトールは一層胸を張って答えた。
『ふん、例え異国の地であろうと兵を集めるのが将の才というものだ。もっとも貴様達のような民間人の素人には理解できないだろうがな』
「やめとけ」
横合いから口を挟んだのは、今まで沈黙を保っていた颯馬だった。依頼人の前だが、ソファーにどっかと腰を下ろし足を組む、そのふてぶてしい態度は毫も揺らぐことがない。
『見てくれこそ貸しビルに集まった貧乏人に過ぎんが、やつらの実力は本物だ。あの二人だけを相手にするならともかく、いずれも最高峰の吸血鬼と忍者と魔術師に、|一人学会(ワンマン・アカデミー)の装備が加わり、二十世紀最高の戦術家の一人が指揮を執るとなれば、能力者でさえ三桁、並の軍隊ならそれこそ核でも持ってこないと相手にもならん』
『くだらん冗談だな』
ツォンの通訳をを介して、ビトールが鼻で笑う。
『だいたい小僧、貴様はなんだ?我々に雇われただけのくせにそのでかい態度は。余程親の躾がなっていないらしいな』
『――なんだと』
急低下する颯馬の声の温度。それが氷結する前に、美玲が口を挟んだ。
『こちらの劉颯馬は、確かに我々マンネットブロードサービスの社員です。しかし同時に、紅華幇の幹部でもあります』
その言葉に反応したのは、ビトールではなくワンシムの方だった。
『ほう?その若さで幹部となれば……もしや『竜成九子』か?』
『その通りですわ』
ワンシムはなお、怒りと猜疑に満ちた眼差しをぐるぐると回転させていたが、やがてふたたびソファに身を沈めた。
『……ならば聞かせてもらおう。これからどうするつもりなのだ?』
激怒の段階が去り、話し合いのステージに移ったと見て、美玲があの大輪の微笑を復活させる。ビトールが露骨に喉を鳴らし、ツォン青年も眼を丸くして、その微笑に魅入る。
「…………ト、ワンシムハモウシテオリマス」
冷や汗を浮かべながら、かたわらに立つツォン青年が日本語に訳す。外務大臣のくせにまともに英語が話せないワンシムの通訳を務める、二十代の東洋人の青年。
どうにもぱっとしない印象だが、ルーナライナ語、英語、中国語、片言の日本語を操る事が出来る貴重な人材である。今この場で会話が成り立っているのは彼の尽力によるおかげだった。
『ではツォンさん、訳してくださいな。その点については我々の意見は変わりませんわ。貴方がたが皇女殿下の動向を察知されたときは、すでに皇女は出国された後。ルーナライナ国内なら如何様にも手の打ちようがあったでしょうが、この日本では我々マンネットブロードサービスこそが、事態解決のための最適な手段と自負しております』
ツォンが丁寧にルーナライナ語に訳すと、またワンシムががなり立てる。
『そう聞いたからこそ、私が日本に飛ぶ前に、貴様等に指示を送ったのだ。空港で捕らえてさえいれば、今頃ここで締め上げて『鍵』と『箱』の在処を吐かせていたものを……!』
およそ叔父が姪に対して言ってよい言葉ではなかったが、当の本人は自覚していないようだった。そもそも現国王を補佐すべき男が、泡を食って外交官用の飛行機を私用して日本まで姪を追いかけてきたと言うこと自体、無能ぶりの証明である。
ソファーに座るワンシムの後ろにはもう一人、筋肉質の大男が控えていた。ワンシム同様の軍服に身を包み、混血の進んだ無国籍な風貌からルーナライナの軍人であると判る。
『閣下、自分はやはりこのような素人に任せるべきではないと考えます』
前に進み出る大男。ルーナライナ軍の大佐で、ワンシムの腹心だという。名前は確かビトールとか言ったか。ワンシムの領内でくすぶる不満分子や反乱分子を鎮圧して功を上げた、とのことだが、美玲の調べた情報に寄れば、結局、「弱い者いじめのスペシャリスト」以上の男ではなかった。
『聞けば奴らはここから三十キロと離れていないシンジュクに居るそうではありませんか。民間人の住居など大した障害ではありません。自分に命令を下していただければ、私が部隊の指揮を執り、二時間以内に制圧の後、皇女殿下をここに連れて参ります』
『……日本の首都圏で市街戦をやらかすおつもりでしょうか?』
こちらの無能に至っては無益どころか有害だ。中央アジアの荒野で隣村に出かけていって略奪を働くのとは訳が違うと言うことを、想像すら出来ていない。美玲の言葉をツォンが訳すと、ビトールは無駄に分厚い胸を反り返らせて反論した。
『大した違いなどない。現地の部隊が反応する前に引き上げてしまえばよい。それが戦術というものだ』
『東京に自衛隊はあっても軍隊は駐留しておりませんよ』
一方的な内戦、民間人の弾圧しかしたことがない軍隊が戦術とは。自分のやろうとしている事がどれほどの問題を引き起こすか、微塵も理解していない。やや痛むこめかみを指でもみほぐしながら、美玲はにこやかな表情を維持するのに多大な労力を払わざるを得なかった。
『だいたい武器も兵隊も、どこから調達してくるつもりですの?』
美玲の発言は無能な相手に気づかれない程度に皮肉をまぶしたものだったが、ビトールは一層胸を張って答えた。
『ふん、例え異国の地であろうと兵を集めるのが将の才というものだ。もっとも貴様達のような民間人の素人には理解できないだろうがな』
「やめとけ」
横合いから口を挟んだのは、今まで沈黙を保っていた颯馬だった。依頼人の前だが、ソファーにどっかと腰を下ろし足を組む、そのふてぶてしい態度は毫も揺らぐことがない。
『見てくれこそ貸しビルに集まった貧乏人に過ぎんが、やつらの実力は本物だ。あの二人だけを相手にするならともかく、いずれも最高峰の吸血鬼と忍者と魔術師に、|一人学会(ワンマン・アカデミー)の装備が加わり、二十世紀最高の戦術家の一人が指揮を執るとなれば、能力者でさえ三桁、並の軍隊ならそれこそ核でも持ってこないと相手にもならん』
『くだらん冗談だな』
ツォンの通訳をを介して、ビトールが鼻で笑う。
『だいたい小僧、貴様はなんだ?我々に雇われただけのくせにそのでかい態度は。余程親の躾がなっていないらしいな』
『――なんだと』
急低下する颯馬の声の温度。それが氷結する前に、美玲が口を挟んだ。
『こちらの劉颯馬は、確かに我々マンネットブロードサービスの社員です。しかし同時に、紅華幇の幹部でもあります』
その言葉に反応したのは、ビトールではなくワンシムの方だった。
『ほう?その若さで幹部となれば……もしや『竜成九子』か?』
『その通りですわ』
ワンシムはなお、怒りと猜疑に満ちた眼差しをぐるぐると回転させていたが、やがてふたたびソファに身を沈めた。
『……ならば聞かせてもらおう。これからどうするつもりなのだ?』
激怒の段階が去り、話し合いのステージに移ったと見て、美玲があの大輪の微笑を復活させる。ビトールが露骨に喉を鳴らし、ツォン青年も眼を丸くして、その微笑に魅入る。
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