人災派遣のフレイムアップ

紫電改

文字の大きさ
上 下
294 / 368
第7話:『壱番街サーベイヤー』

◆10:紅華飯店にて-2

しおりを挟む
 ファリスを空港で確保するのに失敗した二人は、日本に駐留している依頼人に中間報告を入れに来たのだが、当然ながらそれで依頼主の機嫌が良くなるはずもなかった。

「…………ト、ワンシムハモウシテオリマス」

 冷や汗を浮かべながら、かたわらに立つツォン青年が日本語に訳す。外務大臣のくせにまともに英語が話せないワンシムの通訳を務める、二十代の東洋人の青年。

 どうにもぱっとしない印象だが、ルーナライナ語、英語、中国語、片言の日本語を操る事が出来る貴重な人材である。今この場で会話が成り立っているのは彼の尽力によるおかげだった。

『ではツォンさん、訳してくださいな。その点については我々の意見は変わりませんわ。貴方がたが皇女殿下の動向を察知されたときは、すでに皇女は出国された後。ルーナライナ国内なら如何様にも手の打ちようがあったでしょうが、この日本では我々マンネットブロードサービスこそが、事態解決のための最適な手段と自負しております』

 ツォンが丁寧にルーナライナ語に訳すと、またワンシムががなり立てる。

『そう聞いたからこそ、私が日本に飛ぶ前に、貴様等に指示を送ったのだ。空港で捕らえてさえいれば、今頃ここで締め上げて『鍵』と『箱』の在処を吐かせていたものを……!』

 およそ叔父が姪に対して言ってよい言葉ではなかったが、当の本人は自覚していないようだった。そもそも現国王を補佐すべき男が、泡を食って外交官用の飛行機を私用して日本まで姪を追いかけてきたと言うこと自体、無能ぶりの証明である。

 ソファーに座るワンシムの後ろにはもう一人、筋肉質の大男が控えていた。ワンシム同様の軍服に身を包み、混血の進んだ無国籍な風貌からルーナライナの軍人であると判る。

『閣下、自分はやはりこのような素人に任せるべきではないと考えます』

 前に進み出る大男。ルーナライナ軍の大佐で、ワンシムの腹心だという。名前は確かビトールとか言ったか。ワンシムの領内でくすぶる不満分子や反乱分子を鎮圧して功を上げた、とのことだが、美玲の調べた情報に寄れば、結局、「弱い者いじめのスペシャリスト」以上の男ではなかった。

『聞けば奴らはここから三十キロと離れていないシンジュクに居るそうではありませんか。民間人の住居など大した障害ではありません。自分に命令を下していただければ、私が部隊の指揮を執り、二時間以内に制圧の後、皇女殿下をここに連れて参ります』
『……日本の首都圏で市街戦をやらかすおつもりでしょうか?』

 こちらの無能に至っては無益どころか有害だ。中央アジアの荒野で隣村に出かけていって略奪を働くのとは訳が違うと言うことを、想像すら出来ていない。美玲の言葉をツォンが訳すと、ビトールは無駄に分厚い胸を反り返らせて反論した。

『大した違いなどない。現地の部隊が反応する前に引き上げてしまえばよい。それが戦術というものだ』
『東京に自衛隊はあっても軍隊は駐留しておりませんよ』

 一方的な内戦、民間人の弾圧しかしたことがない軍隊が戦術とは。自分のやろうとしている事がどれほどの問題を引き起こすか、微塵も理解していない。やや痛むこめかみを指でもみほぐしながら、美玲はにこやかな表情を維持するのに多大な労力を払わざるを得なかった。

『だいたい武器も兵隊も、どこから調達してくるつもりですの?』

 美玲の発言は無能な相手に気づかれない程度に皮肉をまぶしたものだったが、ビトールは一層胸を張って答えた。

『ふん、例え異国の地であろうと兵を集めるのが将の才というものだ。もっとも貴様達のような民間人の素人には理解できないだろうがな』
「やめとけ」

 横合いから口を挟んだのは、今まで沈黙を保っていた颯馬だった。依頼人の前だが、ソファーにどっかと腰を下ろし足を組む、そのふてぶてしい態度は毫も揺らぐことがない。

『見てくれこそ貸しビルに集まった貧乏人に過ぎんが、やつらの実力は本物だ。あの二人だけを相手にするならともかく、いずれも最高峰の吸血鬼と忍者と魔術師に、|一人学会(ワンマン・アカデミー)の装備が加わり、二十世紀最高の戦術家の一人が指揮を執るとなれば、能力者でさえ三桁、並の軍隊ならそれこそ核でも持ってこないと相手にもならん』
『くだらん冗談だな』

 ツォンの通訳をを介して、ビトールが鼻で笑う。

『だいたい小僧、貴様はなんだ?我々に雇われただけのくせにそのでかい態度は。余程親の躾がなっていないらしいな』
『――なんだと』

 急低下する颯馬の声の温度。それが氷結する前に、美玲が口を挟んだ。

『こちらの劉颯馬は、確かに我々マンネットブロードサービスの社員です。しかし同時に、紅華幇の幹部でもあります』

 その言葉に反応したのは、ビトールではなくワンシムの方だった。
『ほう?その若さで幹部となれば……もしや『竜成九子』か?』
『その通りですわ』

 ワンシムはなお、怒りと猜疑に満ちた眼差しをぐるぐると回転させていたが、やがてふたたびソファに身を沈めた。

『……ならば聞かせてもらおう。これからどうするつもりなのだ?』

 激怒の段階が去り、話し合いのステージに移ったと見て、美玲があの大輪の微笑を復活させる。ビトールが露骨に喉を鳴らし、ツォン青年も眼を丸くして、その微笑に魅入る。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

唾棄すべき日々(1993年のリアル)

緑旗工房
経済・企業
バブル崩壊で激変した日本経済、ソフトウエア産業もまた例外ではなかった。 不況に苦しめられる中小企業戦士の日々を描きます。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

処理中です...