人災派遣のフレイムアップ

紫電改

文字の大きさ
上 下
260 / 368
第6話:『北関東グレイヴディガー』

◆22:”変貌”の果てに−2

しおりを挟む
 日本人にとってはリズム、発音共に非常に馴染みのない言語、ロシア語だった。その言葉を発したのは、もちろんおれ達じゃない。そして、ウルリッヒのメンバーでもない。驚く皆の視線が一点に集中する。

「……え?」

 だが、言葉を発したその人物……小田桐剛史は、誰よりも愕然としていた。

俺は・・何と言った・・・・・?」

 おれの聞き違いでなければ、確かにいまのロシア語は、小田桐の口から聞こえた。それも、全く別人・・・・の、しわがれた老人の声で。

 異変は急激に起こった。

「がっ?、ご、ぐっ……!?がはぁああっ!!」

 突如小田桐が苦しみだしたかと思うと、両の掌で顔を覆い、頭を狂ったように振り回す。頭痛か、はたまた毒でも飲んだのか。そう思う間もなく、すぐに理由は判明した。

「顔が……暴走している?」

 それは、正視に耐えない光景だった。小田桐の顔面が不気味に波打ち、べったりと頭蓋骨に貼り付くように展開している。それはちょうど、濡れた布を顔面に被せたような形状だった。

「はごっ!?……っ……!、……!、ばはぁっ!」

 鼻を塞がれた小田桐が喘ぐ。この男が手に入れた異能力である、自在に変形する顔。その”顔”が、持ち主に対して造反を起こしているのだ。

 セラミックのフレームが頭蓋に恐ろしい圧力を加え、不気味な軋みをあたりに響かせる。まがい物の表情筋と皮膚が拘束具と化して、鼻と口、そして喉を締め上げていく。それは、見えない加害者による扼殺だった。

「ぎ、っ、ざ、マッ!、こん……、な、ものをっ、仕掛、けやが――『やれやれ、無能だけならまだしも、有害となれば』――ふ、ざ、け――『もはや救いようもない。結局、廃物利用にもならなかったのぅ』――る……ぐぇ、……っ!」

 歯と舌が小田桐としての言葉を喋っているのに、唇と喉がそれを遮って全く別人のロシア語を喋る。おそらく、あの顔面を制御しているチップに、何者かが外部から干渉をしているのだろう。当然そんなことが出来るのはここにいる人間ではない。おそらくは、奴にこの顔を与えた者の仕業。

「真凛!アイツの顔の皮をひっぺがせっ!」

 突然の怪異に硬直していた真凛が、やるべき事を明示されて即座に行動に移る。そしてそれより少し先に、シドウも同じく動いていた。少女と大男の腕が、苦悶する男の顔面へと殺到する。

 
 だが、間に合わなかった。

 
 何かが致命的に砕ける音。男の全身が、電撃を受けたかのようにぶるるっ、と痙攣し。そして、糸の切れた人形のように、すとん、と座り込むように土砂の上にくずれおちた。

「――あ、」

 その声は誰のものだったか。おれも、真凛も、そして『風の巫女』も、土直神も。ただその光景の前に、呆然と立ちすくむしかなかった。

「どう……なってるの、これ?」

 真凛の声に、おれは苦虫を百匹ほどまとめてかみつぶして答える。

「口封じだ。任務に失敗したこいつから、組織の余計な情報が漏れるのを防ぐために」

 思いつきで実行させられるような動作ではない。おそらく外部からの指令で駆動できるよう、最初からモーションプログラムが組み込んであったのだろう。

「けっ、『第三の目ザ・サード・アイ』のボスとやらは、よっぽどお友達を信用できない寂しい子らしいな」

 おれが毒づくと。

『まあそう言うでない』

 思わぬところから返答があった。

「うひゃあ!?」

 真凛が素っ頓狂な声を上げるのも無理はない。喋ったのは、今まさに地面に倒れ伏したはずの死体だった。いや、死体に貼り付いた顔の皮が、まだ動いて声を出しているのだった。

『本来この程度の枝葉の処分、ワシが自ら出向くまでもないのじゃがのう』
「なに、何て言ってるの?」

 この場でロシア語を理解できるのは、おれと、あとはチーフとシドウくらいか。おれは真凛を手を挙げて制止し、アタマをロシア語モードに切り替え応答する。

『へぇ、じゃあ何のためにわざわざ黒幕みずからお出ましで?』
『そりゃあもちろん、一言おぬしに挨拶しておこうと思ったからじゃよ、『召喚師』』
『――何だと』

 おれの二つ名と顔を即座に結びつけられる者は、そうは多くない。

 第三の目トゥリーチィ・グラース……。第三サードさん

 ああ、そういうことかよ。おれは得心がいった。

『……成る程ね。業界屈指の潜入捜査官だった『役者』の正体があっさり見破られたわけだ』

 どれだけ精密かつ完璧な変身だろうと意味はなかった。奴が『役者』を「見つけたい」と思えば、見つけることが出来てしまうのだ。と同質の、ルールや限界を無視したデタラメな能力。

『『検索』はお前の得意芸だったよな、3番みっつめ?』
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

悠久の機甲歩兵

竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。 ※現在毎日更新中

首を切り落とせ

大門美博
経済・企業
日本一のメガバンクで世界でも有数の銀行である川菱東海銀行に勤める山本優輝が、派閥争いや個々の役員たちの思惑、旧財閥の闇に立ち向かう! 第一章から第七章まで書く予定です。 惨虐描写はございません 基本的に一週間に一回ほどの投稿をします。 この小説に登場する人物、団体は現実のものとは関係ありません。

お仕事はテストエンジニア!?

とらじゃむ
経済・企業
乙女ゲームの個人開発で生計を立てていた早乙女美月。 だが個人開発で食っていくことに限界を感じていた。 意を決して就活、お祈りの荒らしを潜り抜けようやく開発者に……と思ったらテストエンジニア!? 聞いたこともない職種に回されてしまった美月は……! 異色のITシステム開発現場の生々しい奮闘ストーリー!

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...