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第6話:『北関東グレイヴディガー』
◆22:”変貌”の果てに−2
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日本人にとってはリズム、発音共に非常に馴染みのない言語、ロシア語だった。その言葉を発したのは、もちろんおれ達じゃない。そして、ウルリッヒのメンバーでもない。驚く皆の視線が一点に集中する。
「……え?」
だが、言葉を発したその人物……小田桐剛史は、誰よりも愕然としていた。
「俺は、今、何と言った?」
おれの聞き違いでなければ、確かにいまのロシア語は、小田桐の口から聞こえた。それも、全く別人の、しわがれた老人の声で。
異変は急激に起こった。
「がっ?、ご、ぐっ……!?がはぁああっ!!」
突如小田桐が苦しみだしたかと思うと、両の掌で顔を覆い、頭を狂ったように振り回す。頭痛か、はたまた毒でも飲んだのか。そう思う間もなく、すぐに理由は判明した。
「顔が……暴走している?」
それは、正視に耐えない光景だった。小田桐の顔面が不気味に波打ち、べったりと頭蓋骨に貼り付くように展開している。それはちょうど、濡れた布を顔面に被せたような形状だった。
「はごっ!?……っ……!、……!、ばはぁっ!」
鼻を塞がれた小田桐が喘ぐ。この男が手に入れた異能力である、自在に変形する顔。その”顔”が、持ち主に対して造反を起こしているのだ。
セラミックのフレームが頭蓋に恐ろしい圧力を加え、不気味な軋みをあたりに響かせる。まがい物の表情筋と皮膚が拘束具と化して、鼻と口、そして喉を締め上げていく。それは、見えない加害者による扼殺だった。
「ぎ、っ、ざ、マッ!、こん……、な、ものをっ、仕掛、けやが――『やれやれ、無能だけならまだしも、有害となれば』――ふ、ざ、け――『もはや救いようもない。結局、廃物利用にもならなかったのぅ』――る……ぐぇ、……っ!」
歯と舌が小田桐としての言葉を喋っているのに、唇と喉がそれを遮って全く別人のロシア語を喋る。おそらく、あの顔面を制御しているチップに、何者かが外部から干渉をしているのだろう。当然そんなことが出来るのはここにいる人間ではない。おそらくは、奴にこの顔を与えた者の仕業。
「真凛!アイツの顔の皮をひっぺがせっ!」
突然の怪異に硬直していた真凛が、やるべき事を明示されて即座に行動に移る。そしてそれより少し先に、シドウも同じく動いていた。少女と大男の腕が、苦悶する男の顔面へと殺到する。
だが、間に合わなかった。
何かが致命的に砕ける音。男の全身が、電撃を受けたかのようにぶるるっ、と痙攣し。そして、糸の切れた人形のように、すとん、と座り込むように土砂の上にくずれおちた。
「――あ、」
その声は誰のものだったか。おれも、真凛も、そして『風の巫女』も、土直神も。ただその光景の前に、呆然と立ちすくむしかなかった。
「どう……なってるの、これ?」
真凛の声に、おれは苦虫を百匹ほどまとめてかみつぶして答える。
「口封じだ。任務に失敗したこいつから、組織の余計な情報が漏れるのを防ぐために」
思いつきで実行させられるような動作ではない。おそらく外部からの指令で駆動できるよう、最初からモーションプログラムが組み込んであったのだろう。
「けっ、『第三の目』のボスとやらは、よっぽどお友達を信用できない寂しい子らしいな」
おれが毒づくと。
『まあそう言うでない』
思わぬところから返答があった。
「うひゃあ!?」
真凛が素っ頓狂な声を上げるのも無理はない。喋ったのは、今まさに地面に倒れ伏したはずの死体だった。いや、死体に貼り付いた顔の皮が、まだ動いて声を出しているのだった。
『本来この程度の枝葉の処分、儂が自ら出向くまでもないのじゃがのう』
「なに、何て言ってるの?」
この場でロシア語を理解できるのは、おれと、あとはチーフとシドウくらいか。おれは真凛を手を挙げて制止し、アタマをロシア語モードに切り替え応答する。
『へぇ、じゃあ何のためにわざわざ黒幕みずからお出ましで?』
『そりゃあもちろん、一言おぬしに挨拶しておこうと思ったからじゃよ、『召喚師』』
『――何だと』
おれの二つ名と顔を即座に結びつけられる者は、そうは多くない。
第三の目……。第三。三。
ああ、そういうことかよ。おれは得心がいった。
『……成る程ね。業界屈指の潜入捜査官だった『役者』の正体があっさり見破られたわけだ』
どれだけ精密かつ完璧な変身だろうと意味はなかった。奴が『役者』を「見つけたい」と思えば、見つけることが出来てしまうのだ。俺と同質の、ルールや限界を無視したデタラメな能力。
『『検索』はお前の得意芸だったよな、3番?』
「……え?」
だが、言葉を発したその人物……小田桐剛史は、誰よりも愕然としていた。
「俺は、今、何と言った?」
おれの聞き違いでなければ、確かにいまのロシア語は、小田桐の口から聞こえた。それも、全く別人の、しわがれた老人の声で。
異変は急激に起こった。
「がっ?、ご、ぐっ……!?がはぁああっ!!」
突如小田桐が苦しみだしたかと思うと、両の掌で顔を覆い、頭を狂ったように振り回す。頭痛か、はたまた毒でも飲んだのか。そう思う間もなく、すぐに理由は判明した。
「顔が……暴走している?」
それは、正視に耐えない光景だった。小田桐の顔面が不気味に波打ち、べったりと頭蓋骨に貼り付くように展開している。それはちょうど、濡れた布を顔面に被せたような形状だった。
「はごっ!?……っ……!、……!、ばはぁっ!」
鼻を塞がれた小田桐が喘ぐ。この男が手に入れた異能力である、自在に変形する顔。その”顔”が、持ち主に対して造反を起こしているのだ。
セラミックのフレームが頭蓋に恐ろしい圧力を加え、不気味な軋みをあたりに響かせる。まがい物の表情筋と皮膚が拘束具と化して、鼻と口、そして喉を締め上げていく。それは、見えない加害者による扼殺だった。
「ぎ、っ、ざ、マッ!、こん……、な、ものをっ、仕掛、けやが――『やれやれ、無能だけならまだしも、有害となれば』――ふ、ざ、け――『もはや救いようもない。結局、廃物利用にもならなかったのぅ』――る……ぐぇ、……っ!」
歯と舌が小田桐としての言葉を喋っているのに、唇と喉がそれを遮って全く別人のロシア語を喋る。おそらく、あの顔面を制御しているチップに、何者かが外部から干渉をしているのだろう。当然そんなことが出来るのはここにいる人間ではない。おそらくは、奴にこの顔を与えた者の仕業。
「真凛!アイツの顔の皮をひっぺがせっ!」
突然の怪異に硬直していた真凛が、やるべき事を明示されて即座に行動に移る。そしてそれより少し先に、シドウも同じく動いていた。少女と大男の腕が、苦悶する男の顔面へと殺到する。
だが、間に合わなかった。
何かが致命的に砕ける音。男の全身が、電撃を受けたかのようにぶるるっ、と痙攣し。そして、糸の切れた人形のように、すとん、と座り込むように土砂の上にくずれおちた。
「――あ、」
その声は誰のものだったか。おれも、真凛も、そして『風の巫女』も、土直神も。ただその光景の前に、呆然と立ちすくむしかなかった。
「どう……なってるの、これ?」
真凛の声に、おれは苦虫を百匹ほどまとめてかみつぶして答える。
「口封じだ。任務に失敗したこいつから、組織の余計な情報が漏れるのを防ぐために」
思いつきで実行させられるような動作ではない。おそらく外部からの指令で駆動できるよう、最初からモーションプログラムが組み込んであったのだろう。
「けっ、『第三の目』のボスとやらは、よっぽどお友達を信用できない寂しい子らしいな」
おれが毒づくと。
『まあそう言うでない』
思わぬところから返答があった。
「うひゃあ!?」
真凛が素っ頓狂な声を上げるのも無理はない。喋ったのは、今まさに地面に倒れ伏したはずの死体だった。いや、死体に貼り付いた顔の皮が、まだ動いて声を出しているのだった。
『本来この程度の枝葉の処分、儂が自ら出向くまでもないのじゃがのう』
「なに、何て言ってるの?」
この場でロシア語を理解できるのは、おれと、あとはチーフとシドウくらいか。おれは真凛を手を挙げて制止し、アタマをロシア語モードに切り替え応答する。
『へぇ、じゃあ何のためにわざわざ黒幕みずからお出ましで?』
『そりゃあもちろん、一言おぬしに挨拶しておこうと思ったからじゃよ、『召喚師』』
『――何だと』
おれの二つ名と顔を即座に結びつけられる者は、そうは多くない。
第三の目……。第三。三。
ああ、そういうことかよ。おれは得心がいった。
『……成る程ね。業界屈指の潜入捜査官だった『役者』の正体があっさり見破られたわけだ』
どれだけ精密かつ完璧な変身だろうと意味はなかった。奴が『役者』を「見つけたい」と思えば、見つけることが出来てしまうのだ。俺と同質の、ルールや限界を無視したデタラメな能力。
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