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第6話:『北関東グレイヴディガー』
◆20:埋葬されていたモノ−2
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「――そうだ。この顔だ」
額と掌に仕込まれた高精度の複合スキャナーが、触れている頭部の骨格と白蝋化して残っている皮膚の形状をデータ化し、己の顔に埋め込まれたセラミックフレームの中に配置されたマイクロチップへと転送してゆく。うごめく顔面。
「あの日までは、鏡を見れば当たり前のようにあったんだ」
損傷が激しい表皮は、経年劣化を逆算して再現。毛穴の位置も拾えたので再配置し、そこに人工毛髪を移動させる。波打つ皮膚。
「だけど意識を失って気がついたら顔面包帯グルグル巻きでなァ」
遺体の喉に手をやる。声帯をスキャン。その形状から想定される声質を算出し、己の喉に埋め込まれたボイスチェンジャーにフィードバック。
「それ以来、どうやっても思い出せなかったんだよ」
声が変化してゆく。聞き慣れた土直神自身の声から、野心がぎらぎらと溢れた、野太い中年男性の声へと。
「自分が、どんな顔をしていたかって事がな!」
確かに、後になって自在に顔面を変化させる能力を手に入れることはできた。
だが、どれほど精度の高い変形が可能であろうと、元のデータが残っていないものを復元することは不可能だった。それでは、もうそれは永遠に手に入らないのだろうか?
違う。
オリジナルこそ失われたが、複写はどうにか現存している。そしてそれをさらに複写すれば。
懐から小さな手鏡を取り出し、己の顔を映し出す。
「ずっと探していた。思い出そうとしていた。奴に奪われた、俺だけの顔……!」
語尾が笑いに化けた。それは高笑いに変じ、そして轟くほどの哄笑となった。
そこにあったのは、癖の強そうな髪、太い眉、大きなあご。そして強い意志のかわりに突き抜けた狂気を感じさせる眼。事前の資料にあった、小田桐剛史の顔そのものだった。
「……どーりで。欲しかったのは……最初っからそっち……だったワケか」
山奥にまで無理矢理にでもついて来たがったはずだ。
「……で。……アンタはこれから……どうするんだよ?その顔で」
「顔なんぞもう残っているとは思っていなかった。本当ならデータだけ回収して組織に帰還する予定だったんだがな」
確かにそうだろう。一ヶ月も前に埋もれた死体の顔がきちんとした形で残っている可能性というのは、極めて低かったはずだ。
「だが、な。こうなってくれば話は別だ」
中年男が己の顔を愛おしげに撫でくりまわしても気色悪いだけだな、と土直神は思った。努めて冷めた思考を保っているものの、痛みは麻痺に変わり、だんだん視界が暗くなりつつある。――こいつは、ちょっとばかりヤバイかも知れないね。
「なあ、俺は誰だ?そうだ、小田桐剛史だよ。なら……小田桐剛史が自分のものを奪り戻すのは当然の権利、だよな?」
「……やーっぱ、そーいうこと……」
今現在、世間での小田桐剛史の扱いはあくまでも『行方不明』である。そこにひょっこりと小田桐剛史の顔と記憶を持つ男が現れたらどうなるか。
この一ヶ月の間どこで何をしていたかと勿論問われるだろうが、ショックで軽い記憶喪失だったとでもごり押せばよい。血液や遺伝子を調べたとしても、そこから出てくるのは紛れもない本人の証明なのだ。いずれはその正当性が認められ、晴れて小田桐剛史としての社会性と権利が回復されるはずだった。
「この遺体は……どうすんだよ」
「お前達は遺体の場所を見つけたら、そのまま警察に連絡を入れるか?そうじゃないだろう。お前達はただの通行人じゃない。ウルリッヒの本社に連絡をして、そこでお前達の仕事は一段落。その後で正式に場所を確認して警察に通報するのは、――さて誰の仕事になるんでしょうかな?」
言葉の最後だけ、徳田の口調と声でしゃべってのける。発見後の実務をとりまとめるのは徳田だ。誰も事情を知らない上に非合法組織『第三の目』の支援があるとなれば、遺体のすり替えぐらいはやってのけるかも知れない。
だが、そこまで考えて土直神はろくでもない事に思い至った。……そう。この手は『誰も事情を知らない』事が前提条件となる。余計な事実に気づいてしまった人間は、さてどうなるか。
「……オイラはとんだとばっちり、ってワケだぁね」
調子に乗って当人の前で己の推理を並べ立てていた愚かさに泣きたくなる。あの時点でそこまで予測しろというのも無理な話ではあったが。
「お前にはちょっと死んでもらって、二、三日適当な藪の中にでも転がっていてもらおう。なあに、安心しろ」
ふたたび小田桐の顔が、不気味に波打ち、土直神の顔になった。
「――徳田サンは危ないんで先に帰ってもらったッス。じゃあ清音ちん、はやくこの死体を引き上げちゃおうか――とでも伝えておくさ」
「……ホンット、趣味が悪い能力だよなソレ……!」
「ああ。俺もそう思う」
罵声にごく真面目に受け答え、また顔を己のものに戻し、小田桐はナイフを逆手に構え直した。
「お前が居なくなれば、疑う者はもういない。正真正銘、これが俺の顔になるんだ」
その腕を振り下ろせば、間違いなく土直神の心臓に突き刺さるだろう。その切っ先を見つめつ土直神の額を、脂汗が一筋流れた。さすがにこのタイミングで、森の向こう側の四堂や清音達が騎兵隊よろしく駆けつけてくれる、などという期待は出来ない。恐らくは互角の勝負、長期戦となっていることだろう。
「じゃあ、ごきげんよう」
それでも顔を伏せるのはシュミじゃない。死を前にしてなお、土直神は不敵に小田桐を見上げた。振り下ろされようとするナイフ。
「いいや、その顔はもうお前のものではないよ」
唐突に、横合いから冷水のように鋭い声を浴びせられた。
小田桐剛史は咄嗟にそちらを振り向き、そしてあんぐりと口を開けたまま硬直してしまった。誰もいないはずの山奥の森に、一人の男が佇んでいた。良く見知った顔だった。高級な背広と、ラグビーでもやっていたのだろうかというがっしりとした体つき。そして――癖の強そうな髪、太い眉、大きなあご。そして強い意志を感じさせる眼。
「……あれ?……どゆこと……?」
土直神は朦朧とする意識の中、今見ている光景が現実なのか疑わしくなった。
たった今、唐突に現れた第三の男。その男の首から上についていたのは、穴底の遺体、そして自分にナイフを突き立てようとした男と、まったく同じ小田桐剛史の顔だった。
額と掌に仕込まれた高精度の複合スキャナーが、触れている頭部の骨格と白蝋化して残っている皮膚の形状をデータ化し、己の顔に埋め込まれたセラミックフレームの中に配置されたマイクロチップへと転送してゆく。うごめく顔面。
「あの日までは、鏡を見れば当たり前のようにあったんだ」
損傷が激しい表皮は、経年劣化を逆算して再現。毛穴の位置も拾えたので再配置し、そこに人工毛髪を移動させる。波打つ皮膚。
「だけど意識を失って気がついたら顔面包帯グルグル巻きでなァ」
遺体の喉に手をやる。声帯をスキャン。その形状から想定される声質を算出し、己の喉に埋め込まれたボイスチェンジャーにフィードバック。
「それ以来、どうやっても思い出せなかったんだよ」
声が変化してゆく。聞き慣れた土直神自身の声から、野心がぎらぎらと溢れた、野太い中年男性の声へと。
「自分が、どんな顔をしていたかって事がな!」
確かに、後になって自在に顔面を変化させる能力を手に入れることはできた。
だが、どれほど精度の高い変形が可能であろうと、元のデータが残っていないものを復元することは不可能だった。それでは、もうそれは永遠に手に入らないのだろうか?
違う。
オリジナルこそ失われたが、複写はどうにか現存している。そしてそれをさらに複写すれば。
懐から小さな手鏡を取り出し、己の顔を映し出す。
「ずっと探していた。思い出そうとしていた。奴に奪われた、俺だけの顔……!」
語尾が笑いに化けた。それは高笑いに変じ、そして轟くほどの哄笑となった。
そこにあったのは、癖の強そうな髪、太い眉、大きなあご。そして強い意志のかわりに突き抜けた狂気を感じさせる眼。事前の資料にあった、小田桐剛史の顔そのものだった。
「……どーりで。欲しかったのは……最初っからそっち……だったワケか」
山奥にまで無理矢理にでもついて来たがったはずだ。
「……で。……アンタはこれから……どうするんだよ?その顔で」
「顔なんぞもう残っているとは思っていなかった。本当ならデータだけ回収して組織に帰還する予定だったんだがな」
確かにそうだろう。一ヶ月も前に埋もれた死体の顔がきちんとした形で残っている可能性というのは、極めて低かったはずだ。
「だが、な。こうなってくれば話は別だ」
中年男が己の顔を愛おしげに撫でくりまわしても気色悪いだけだな、と土直神は思った。努めて冷めた思考を保っているものの、痛みは麻痺に変わり、だんだん視界が暗くなりつつある。――こいつは、ちょっとばかりヤバイかも知れないね。
「なあ、俺は誰だ?そうだ、小田桐剛史だよ。なら……小田桐剛史が自分のものを奪り戻すのは当然の権利、だよな?」
「……やーっぱ、そーいうこと……」
今現在、世間での小田桐剛史の扱いはあくまでも『行方不明』である。そこにひょっこりと小田桐剛史の顔と記憶を持つ男が現れたらどうなるか。
この一ヶ月の間どこで何をしていたかと勿論問われるだろうが、ショックで軽い記憶喪失だったとでもごり押せばよい。血液や遺伝子を調べたとしても、そこから出てくるのは紛れもない本人の証明なのだ。いずれはその正当性が認められ、晴れて小田桐剛史としての社会性と権利が回復されるはずだった。
「この遺体は……どうすんだよ」
「お前達は遺体の場所を見つけたら、そのまま警察に連絡を入れるか?そうじゃないだろう。お前達はただの通行人じゃない。ウルリッヒの本社に連絡をして、そこでお前達の仕事は一段落。その後で正式に場所を確認して警察に通報するのは、――さて誰の仕事になるんでしょうかな?」
言葉の最後だけ、徳田の口調と声でしゃべってのける。発見後の実務をとりまとめるのは徳田だ。誰も事情を知らない上に非合法組織『第三の目』の支援があるとなれば、遺体のすり替えぐらいはやってのけるかも知れない。
だが、そこまで考えて土直神はろくでもない事に思い至った。……そう。この手は『誰も事情を知らない』事が前提条件となる。余計な事実に気づいてしまった人間は、さてどうなるか。
「……オイラはとんだとばっちり、ってワケだぁね」
調子に乗って当人の前で己の推理を並べ立てていた愚かさに泣きたくなる。あの時点でそこまで予測しろというのも無理な話ではあったが。
「お前にはちょっと死んでもらって、二、三日適当な藪の中にでも転がっていてもらおう。なあに、安心しろ」
ふたたび小田桐の顔が、不気味に波打ち、土直神の顔になった。
「――徳田サンは危ないんで先に帰ってもらったッス。じゃあ清音ちん、はやくこの死体を引き上げちゃおうか――とでも伝えておくさ」
「……ホンット、趣味が悪い能力だよなソレ……!」
「ああ。俺もそう思う」
罵声にごく真面目に受け答え、また顔を己のものに戻し、小田桐はナイフを逆手に構え直した。
「お前が居なくなれば、疑う者はもういない。正真正銘、これが俺の顔になるんだ」
その腕を振り下ろせば、間違いなく土直神の心臓に突き刺さるだろう。その切っ先を見つめつ土直神の額を、脂汗が一筋流れた。さすがにこのタイミングで、森の向こう側の四堂や清音達が騎兵隊よろしく駆けつけてくれる、などという期待は出来ない。恐らくは互角の勝負、長期戦となっていることだろう。
「じゃあ、ごきげんよう」
それでも顔を伏せるのはシュミじゃない。死を前にしてなお、土直神は不敵に小田桐を見上げた。振り下ろされようとするナイフ。
「いいや、その顔はもうお前のものではないよ」
唐突に、横合いから冷水のように鋭い声を浴びせられた。
小田桐剛史は咄嗟にそちらを振り向き、そしてあんぐりと口を開けたまま硬直してしまった。誰もいないはずの山奥の森に、一人の男が佇んでいた。良く見知った顔だった。高級な背広と、ラグビーでもやっていたのだろうかというがっしりとした体つき。そして――癖の強そうな髪、太い眉、大きなあご。そして強い意志を感じさせる眼。
「……あれ?……どゆこと……?」
土直神は朦朧とする意識の中、今見ている光景が現実なのか疑わしくなった。
たった今、唐突に現れた第三の男。その男の首から上についていたのは、穴底の遺体、そして自分にナイフを突き立てようとした男と、まったく同じ小田桐剛史の顔だった。
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