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第6話:『北関東グレイヴディガー』
◆13:幽霊あらわる−1
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真凛がチーフを呼んでくる間、おれは残ったコーヒー牛乳をのんびりと飲み干しながら、ロビーの片隅のハイビジョンテレビに目をやった。画面内で繰り広げられる刑事ドラマの再放送ををぼんやりと眺めていると、おれのアタマがようやく、今回の仕事そのものについて考えを巡らせ始めた。
シドウの事を抜きで整理してみると、笑えるほど事態は進展していなかった。幽霊が出るという街に来て、ちょうどその頃行方不明になった人の事故現場に行ってみたら、何故か他所の異能力者と遭遇して叩き出されました、以上。である。
工場長の言っていた、小田桐氏とやらが本当にあそこに埋まっているのかすら確認できていない。時刻はもう夕方。板東山に再び入るのであれば明日以降にせざるを得ない。
「日をまたぐと宿泊代がなぁ……」
前に言ったかも知れないが、おれ達の仕事上の経費はすべて自己負担である。一泊すればその分がまるまる報酬からマイナスされるわけで、はなはだオイシくないし、ついでに言えば夜間も仕事は続くのでオモシロクもない。
いつぞやの別の仕事で、車で移動するカップルを仁サンと直樹の野郎とおれの三人で尾行した時などは最悪だった。カップルがそのまま田舎の高速道路沿いのその手のホテルに泊まってしまい、おれ達もそこに泊まらざるを得なくなってしまったのである。
となりの部屋からのだだ漏れの声をBGMにしながら、鏡張りの部屋で男三人が年代物の特大回転ベッドでΔ型になって眠るという光景は、異界に通じる召喚師と原種吸血鬼と海千山千の忍者をして、「これ以上の地獄絵図はない」と言わしめた程であった(ちなみにベッド以外の寝床の選択肢は、タイル張りの床に直接か、風呂場になぜかある大きめのビニールマットかだった)。
まあそもそも学生の旅行や合宿でもなし、趣味や夢や好きな娘について一晩中語り合うほどの純粋さはどいつもこいつもとうに失って久しいのだが。
真凛にも言ったように、幽霊騒ぎなんぞというのはとにかく解決が難しい。明日再調査に赴くにしても、もし小田桐氏の件が空振りなら、今度はそれこそ雲をつかむような幽霊探しをしなければならないだろう。
この街のどこかに、ほとんどランダムに現れる幽霊――そんなものに遭遇するのを待っていた日には、大学の授業の単位をいくつ生け贄に捧げればいいのかわかったものではない。
気がつくと刑事ドラマがCMに入っていた。すでにたっぷり十分経っているというのに真凛は戻ってくる様子がない。
「ったく何をやってるのかねあのお子様は……」
口に出しては見るものの、さっきの話の続きとなればそれこそ何を言ったらいいものか。我ながら修行が足らんなぁ、などと思いつつ、もう一度エントランスの自動ドアに視線を向ける。
と、外からこちらを覗き込んでいる一人の背広姿の男と、偶然に視線がかち合った。
……いや、偶然ではない。
その男は明らかに、おれを見ていた。
どこかで見た顔。そう気づいたときにはおれは椅子から立ち上がりエントランスに向かって走り出していた。それを認めると、エントランスの向こうの男は身を翻して駆け去る。当然のように追おうとして、自分が浴衣姿だったことに気づき、舌打ちしながらコインランドリーのジャケットとズボンを引っ張り出す。
「――単位をつぶす必要はなかったらしいな」
生乾きの服に袖を通しながら、脳裏に保存してある写真の画像と照合し、確信する。
見間違いではない。
エントランスの向こうにいた男は、小田桐剛史その人だった。
シドウの事を抜きで整理してみると、笑えるほど事態は進展していなかった。幽霊が出るという街に来て、ちょうどその頃行方不明になった人の事故現場に行ってみたら、何故か他所の異能力者と遭遇して叩き出されました、以上。である。
工場長の言っていた、小田桐氏とやらが本当にあそこに埋まっているのかすら確認できていない。時刻はもう夕方。板東山に再び入るのであれば明日以降にせざるを得ない。
「日をまたぐと宿泊代がなぁ……」
前に言ったかも知れないが、おれ達の仕事上の経費はすべて自己負担である。一泊すればその分がまるまる報酬からマイナスされるわけで、はなはだオイシくないし、ついでに言えば夜間も仕事は続くのでオモシロクもない。
いつぞやの別の仕事で、車で移動するカップルを仁サンと直樹の野郎とおれの三人で尾行した時などは最悪だった。カップルがそのまま田舎の高速道路沿いのその手のホテルに泊まってしまい、おれ達もそこに泊まらざるを得なくなってしまったのである。
となりの部屋からのだだ漏れの声をBGMにしながら、鏡張りの部屋で男三人が年代物の特大回転ベッドでΔ型になって眠るという光景は、異界に通じる召喚師と原種吸血鬼と海千山千の忍者をして、「これ以上の地獄絵図はない」と言わしめた程であった(ちなみにベッド以外の寝床の選択肢は、タイル張りの床に直接か、風呂場になぜかある大きめのビニールマットかだった)。
まあそもそも学生の旅行や合宿でもなし、趣味や夢や好きな娘について一晩中語り合うほどの純粋さはどいつもこいつもとうに失って久しいのだが。
真凛にも言ったように、幽霊騒ぎなんぞというのはとにかく解決が難しい。明日再調査に赴くにしても、もし小田桐氏の件が空振りなら、今度はそれこそ雲をつかむような幽霊探しをしなければならないだろう。
この街のどこかに、ほとんどランダムに現れる幽霊――そんなものに遭遇するのを待っていた日には、大学の授業の単位をいくつ生け贄に捧げればいいのかわかったものではない。
気がつくと刑事ドラマがCMに入っていた。すでにたっぷり十分経っているというのに真凛は戻ってくる様子がない。
「ったく何をやってるのかねあのお子様は……」
口に出しては見るものの、さっきの話の続きとなればそれこそ何を言ったらいいものか。我ながら修行が足らんなぁ、などと思いつつ、もう一度エントランスの自動ドアに視線を向ける。
と、外からこちらを覗き込んでいる一人の背広姿の男と、偶然に視線がかち合った。
……いや、偶然ではない。
その男は明らかに、おれを見ていた。
どこかで見た顔。そう気づいたときにはおれは椅子から立ち上がりエントランスに向かって走り出していた。それを認めると、エントランスの向こうの男は身を翻して駆け去る。当然のように追おうとして、自分が浴衣姿だったことに気づき、舌打ちしながらコインランドリーのジャケットとズボンを引っ張り出す。
「――単位をつぶす必要はなかったらしいな」
生乾きの服に袖を通しながら、脳裏に保存してある写真の画像と照合し、確信する。
見間違いではない。
エントランスの向こうにいた男は、小田桐剛史その人だった。
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