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第6話:『北関東グレイヴディガー』
◆12:ブレイク&リコール(サイドA)−4
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三秒ほど押し黙った後、ゆっくりと腰を下ろし、テーブルの上に置かれたコーヒー牛乳のビンを手元に寄せる。
「……どういう意味だよ」
真凛は自分自身が発した言葉にびっくりしたように、目を白黒させた。
「え……と……うまく言えないけど。なんかその……時々、陽司が陽司じゃなくてもう一人いるみたいな……でもそれはやっぱり陽司で、なんていうか……」
しどろもどろながら懸命に説明する真凛。
「陽司がもし……その、人を殺していたとしても。それは今の陽司とは違うと思う。ごめん、ワケわからないこと言って。でも……」
大きく深呼吸して、真凛は言い放った。
「今のアンタはたぶん、人が殺せるような人間じゃないと思う。それが、ボクの見立て。だからアンタが何を言っても、ボクは自分の見立てを信じる」
おれはたぶん、五秒くらいぽかんとしていたんではないかと思う。
「……そっか」
急に肩の力が抜けた。風呂に入ってマッサージチェアに座っていたはずなのに、今さら体が軽くなったような気がした。真凛が説明できないのはムリもない。そもそもおれの現状の方がよっぽどぐっちゃぐちゃなのだ。正直、真凛の説明はそれこそ正解に一番近いのではなかろうか。
「そうなのかもな」
まったく、生物ってのは知らぬ間に進化するもんである。……いや。おれが過小評価してただけなのかね。おれは冗談抜きで、脳内から生物学から人類学、教育学の情報を総出で引っ張り出してこの問題を検証したくなった。と、そこでもう一つ未確認の問題があったことに気がついた。
「ところでお前。顔の怪我は大丈夫なのか?」
「え?」
急に話題が変わったのについて行けない真凛が慌てる。たしか山中での戦闘で、シドウの牽制をかわすために、真凛は敢えて小石を顔面で受けたはずだった。ごく軽い石とはいえ、かなりの速さで顔面に叩き付けられたはずだ。
たしか右のこめかみのあたりだったか――おれは顔を寄せて頬に手を伸ばし、指で真凛の前髪をかきわける。生え際のあたりに、赤いものがあった。指先で軽く撫でてみる。
「あー。やっぱり少し腫れちまってるなあ……。でも皮膚は剥けてないから、キズは残らないか」
おれはひとつ、安堵のため息をついた。……まぁ、顔にキズでもつくと、コイツのご母堂に何を請求されるかわかったもんではないしな。
「たいしたことがなくて良かったな。一応薬塗っておくか?」
確かまだザックに入ってたはずだが。
「い、い、いいよいいよイイデス」
両手を振って全力で拒絶する真凛。さもありなん。
「まあ臭いがキツイし、何より羽美さんの発明品だしな……だがあれは他の小道具よりはまだ安心できる性能でだな」
「ぜんっぜん大丈夫だから!じゃ、じゃあボク、チーフ呼んでくるね」
「お……おう」
よっぽど薬がイヤなのか、脱兎のごとくスーパー銭湯の出口へと駆け去っていく真凛。
そのショートカットがエントランスの向こうに消えてしまうと、先ほどと変わらない有線放送のポップスと、離れた卓の笑い声だけが残った。
肝心の問題は解決したのかそうでないのかもわからないままになってしまったが、ともかくおれは頬杖をついて何とはなしに天井を見上げる。
天井の一部は空間に広がりをもたせるために鏡張りになっており、そこに映った、何度も見ているはずなのに一向に見覚えのない男の顔と視線が合った。わざわざ口に出して、やれやれと呟き苦笑する。
「どーにもまいったね、これは」
先ほどと同様に、だが少しばかりベクトルの異なる自嘲が口を衝いた。
――まったく。おれの方が過大評価されてるんじゃないか。
「……どういう意味だよ」
真凛は自分自身が発した言葉にびっくりしたように、目を白黒させた。
「え……と……うまく言えないけど。なんかその……時々、陽司が陽司じゃなくてもう一人いるみたいな……でもそれはやっぱり陽司で、なんていうか……」
しどろもどろながら懸命に説明する真凛。
「陽司がもし……その、人を殺していたとしても。それは今の陽司とは違うと思う。ごめん、ワケわからないこと言って。でも……」
大きく深呼吸して、真凛は言い放った。
「今のアンタはたぶん、人が殺せるような人間じゃないと思う。それが、ボクの見立て。だからアンタが何を言っても、ボクは自分の見立てを信じる」
おれはたぶん、五秒くらいぽかんとしていたんではないかと思う。
「……そっか」
急に肩の力が抜けた。風呂に入ってマッサージチェアに座っていたはずなのに、今さら体が軽くなったような気がした。真凛が説明できないのはムリもない。そもそもおれの現状の方がよっぽどぐっちゃぐちゃなのだ。正直、真凛の説明はそれこそ正解に一番近いのではなかろうか。
「そうなのかもな」
まったく、生物ってのは知らぬ間に進化するもんである。……いや。おれが過小評価してただけなのかね。おれは冗談抜きで、脳内から生物学から人類学、教育学の情報を総出で引っ張り出してこの問題を検証したくなった。と、そこでもう一つ未確認の問題があったことに気がついた。
「ところでお前。顔の怪我は大丈夫なのか?」
「え?」
急に話題が変わったのについて行けない真凛が慌てる。たしか山中での戦闘で、シドウの牽制をかわすために、真凛は敢えて小石を顔面で受けたはずだった。ごく軽い石とはいえ、かなりの速さで顔面に叩き付けられたはずだ。
たしか右のこめかみのあたりだったか――おれは顔を寄せて頬に手を伸ばし、指で真凛の前髪をかきわける。生え際のあたりに、赤いものがあった。指先で軽く撫でてみる。
「あー。やっぱり少し腫れちまってるなあ……。でも皮膚は剥けてないから、キズは残らないか」
おれはひとつ、安堵のため息をついた。……まぁ、顔にキズでもつくと、コイツのご母堂に何を請求されるかわかったもんではないしな。
「たいしたことがなくて良かったな。一応薬塗っておくか?」
確かまだザックに入ってたはずだが。
「い、い、いいよいいよイイデス」
両手を振って全力で拒絶する真凛。さもありなん。
「まあ臭いがキツイし、何より羽美さんの発明品だしな……だがあれは他の小道具よりはまだ安心できる性能でだな」
「ぜんっぜん大丈夫だから!じゃ、じゃあボク、チーフ呼んでくるね」
「お……おう」
よっぽど薬がイヤなのか、脱兎のごとくスーパー銭湯の出口へと駆け去っていく真凛。
そのショートカットがエントランスの向こうに消えてしまうと、先ほどと変わらない有線放送のポップスと、離れた卓の笑い声だけが残った。
肝心の問題は解決したのかそうでないのかもわからないままになってしまったが、ともかくおれは頬杖をついて何とはなしに天井を見上げる。
天井の一部は空間に広がりをもたせるために鏡張りになっており、そこに映った、何度も見ているはずなのに一向に見覚えのない男の顔と視線が合った。わざわざ口に出して、やれやれと呟き苦笑する。
「どーにもまいったね、これは」
先ほどと同様に、だが少しばかりベクトルの異なる自嘲が口を衝いた。
――まったく。おれの方が過大評価されてるんじゃないか。
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