219 / 368
第6話:『北関東グレイヴディガー』
◆10:疾風と濁流と−3
しおりを挟む
カマイタチ、突風、つむじ風。
ゲームや小説でも散々登場する『風使い』の攻撃のイメージは、だいたいこんなところだろう。確かに、この派遣業界にも、こういった能力を持つ人間は多数いる。
だが、風早清音からしてみれば、それはただ”風を吹かせている”だけであり、風を”使っている”わけではない。
そうした風による攻撃は、石をぶつける、火で燃やすといった他の系統に比べても効率が悪く、どうしても馬力勝負になりがちだ。それを嫌い、天之御柱の力を借りて風を操る清音が選んだ攻撃方法は、実に合理的で恐ろしい物だった。
充実した心技体より繰り出された離れの時、アルミ合金とカーボンフレームで出来た弓と、アラミド繊維で縒りあげた弦に満々と蓄えられた力は、全て矢に転化され撃ち出される。通常どんな強弓であろうと、撃ち出された矢は空気抵抗によって減速し、いずれ地に落ちる。当然の物理法則だ。ここまではいい。
だが、清音は風早の霊弓を媒介として、矢の先端に圧縮された小さな風の塊を纏わりつかせていた。
これは清音の風使いとしての技量の精髄とも呼べる物で、まず猛烈な勢いで後方に空気を噴射し、矢を前方に押し出す。そしてその速度が一定域に達した時点で極小の渦を形成。前方の空気流を吸い込み圧縮して後方に噴射することで、さらにもう一段階爆発的な推進力を得る。いわば擬似的なジェットエンジンを構成するのだ。
そう。元来、風というものは、物体を加速させる時にこそその真の威力を発揮する。そしてその速度を最大限に生かすのが、今回清音が使用した矢である。
鏃の中に鉛を詰め込み通常の倍近く重くした規格外のシロモノで、これが際限なく加速され音速を凌駕したとき、その最大破壊力はアンチマテリアルライフルに匹敵する。これは、鏃の素材次第では現役軍隊の装甲車両を貫通しうる値だ。
通常の風術による攻撃よりも遙かに効率的で凶悪な、超音速の魔弾。こんなものを撃ち込まれたのでは、相手もたまったものではなかった。
直接あの青年に当てれば、誇張無しに首から上が消失する。あえて外して放った一撃は、立木をチーズのようにへし折り森を一瞬にして駆け抜け、その軌道上に凄まじいソニックブームを引き起こした。
爆発音と同時に大量の土砂が舞い上がり、青年を巻き添えにして吹き飛ばす。そしてシドウと交戦中の女子高生も、その光景に驚愕して動きが止まった。
「シドウさん!こちらへ!」
ここで初めてシドウに声をかける事が出来た。
戦闘としては明らかな好機である。一気に決める事も可能だが、清音はなぜか、ここでこちらも体勢を立て直すべきと感じたのだ。巫女として生きる清音は、己の直観が割と要を衝くことを経験的に知っていた。だがしかし、シドウはそれに応じない。好機と見るや、女子高生を無視して再び青年の方へと向かったのだ。
「シドウさん……!本気ですか!?」
信じたくはなかったが、認めざるを得ない。シドウ・クロードは、本気であの青年を殺そうとしているのだった。一体、あの青年とシドウの間に何があったというのか。舞い上がった土煙をものともせず、シドウが猛然と突進する。
「――『手弱女が髪の如く縺れる束縛の銀よ』」
ふいにそんな声が響くと。
異変が起こった。シドウの突進が、ぴたりと止まった。いや。止められていたのだ。いつの間にかシドウの全身に、幽かに輝く無数の銀の糸が張り巡らされていた。咄嗟に引きちぎろうとしたシドウの鋼鉄のような容貌に、はじめて明確な警戒の色が浮かぶ。
「……六層拘束術式。魔術師が居るのか」
シドウが視線を転ずる。
「やっと崖から下りてみれば。いったいどうなっているんだ」
そこには、くたびれたコートを身に纏った男がいた。
ゲームや小説でも散々登場する『風使い』の攻撃のイメージは、だいたいこんなところだろう。確かに、この派遣業界にも、こういった能力を持つ人間は多数いる。
だが、風早清音からしてみれば、それはただ”風を吹かせている”だけであり、風を”使っている”わけではない。
そうした風による攻撃は、石をぶつける、火で燃やすといった他の系統に比べても効率が悪く、どうしても馬力勝負になりがちだ。それを嫌い、天之御柱の力を借りて風を操る清音が選んだ攻撃方法は、実に合理的で恐ろしい物だった。
充実した心技体より繰り出された離れの時、アルミ合金とカーボンフレームで出来た弓と、アラミド繊維で縒りあげた弦に満々と蓄えられた力は、全て矢に転化され撃ち出される。通常どんな強弓であろうと、撃ち出された矢は空気抵抗によって減速し、いずれ地に落ちる。当然の物理法則だ。ここまではいい。
だが、清音は風早の霊弓を媒介として、矢の先端に圧縮された小さな風の塊を纏わりつかせていた。
これは清音の風使いとしての技量の精髄とも呼べる物で、まず猛烈な勢いで後方に空気を噴射し、矢を前方に押し出す。そしてその速度が一定域に達した時点で極小の渦を形成。前方の空気流を吸い込み圧縮して後方に噴射することで、さらにもう一段階爆発的な推進力を得る。いわば擬似的なジェットエンジンを構成するのだ。
そう。元来、風というものは、物体を加速させる時にこそその真の威力を発揮する。そしてその速度を最大限に生かすのが、今回清音が使用した矢である。
鏃の中に鉛を詰め込み通常の倍近く重くした規格外のシロモノで、これが際限なく加速され音速を凌駕したとき、その最大破壊力はアンチマテリアルライフルに匹敵する。これは、鏃の素材次第では現役軍隊の装甲車両を貫通しうる値だ。
通常の風術による攻撃よりも遙かに効率的で凶悪な、超音速の魔弾。こんなものを撃ち込まれたのでは、相手もたまったものではなかった。
直接あの青年に当てれば、誇張無しに首から上が消失する。あえて外して放った一撃は、立木をチーズのようにへし折り森を一瞬にして駆け抜け、その軌道上に凄まじいソニックブームを引き起こした。
爆発音と同時に大量の土砂が舞い上がり、青年を巻き添えにして吹き飛ばす。そしてシドウと交戦中の女子高生も、その光景に驚愕して動きが止まった。
「シドウさん!こちらへ!」
ここで初めてシドウに声をかける事が出来た。
戦闘としては明らかな好機である。一気に決める事も可能だが、清音はなぜか、ここでこちらも体勢を立て直すべきと感じたのだ。巫女として生きる清音は、己の直観が割と要を衝くことを経験的に知っていた。だがしかし、シドウはそれに応じない。好機と見るや、女子高生を無視して再び青年の方へと向かったのだ。
「シドウさん……!本気ですか!?」
信じたくはなかったが、認めざるを得ない。シドウ・クロードは、本気であの青年を殺そうとしているのだった。一体、あの青年とシドウの間に何があったというのか。舞い上がった土煙をものともせず、シドウが猛然と突進する。
「――『手弱女が髪の如く縺れる束縛の銀よ』」
ふいにそんな声が響くと。
異変が起こった。シドウの突進が、ぴたりと止まった。いや。止められていたのだ。いつの間にかシドウの全身に、幽かに輝く無数の銀の糸が張り巡らされていた。咄嗟に引きちぎろうとしたシドウの鋼鉄のような容貌に、はじめて明確な警戒の色が浮かぶ。
「……六層拘束術式。魔術師が居るのか」
シドウが視線を転ずる。
「やっと崖から下りてみれば。いったいどうなっているんだ」
そこには、くたびれたコートを身に纏った男がいた。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる