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第6話:『北関東グレイヴディガー』
◆09:『派遣社員』VS『派遣社員』−4
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暗い森の中に鈍い音が鳴り響き、そして両者の動きが停止した。
頚動脈を獣の牙のように食いちぎるべく放たれた凄烈な一撃は、
「……その年齢でこの技量に達しているか」
シドウ・クロードの左手に捕まれて、宙で停止していた。真凛が驚愕に凍りつく。
ありえない状況である。先ほどの一撃は、左腕の皮膚と筋肉のみならず、腱と神経までまとめて確実に掻きちぎった。発狂してもおかしくない激痛に、たとえ耐えることができたとしても、どうやっても動かすことなど出来ないはずなのに。
だが、現にこの男は左腕を掲げ、万力のような握力で攻撃を掴んで止めてみせた。とっさに判断に迷う真凛。そしてそれは、この『粛清者』相手には致命的な隙だった。
捕まれた手首が外側に向けて鋭くひねられ、そのまま下に向けて剣を撃つように振り下ろされる。力学の妙味。大男のシドウの全体重と真凛自身の体重が、ひねられた手首に一点集中する。
人間の本能として、激痛と骨折を免れるべく体勢を崩してしまい、結果として、自分から投げられたように地面に叩きつけられることになる。
小手返し。合気道や柔術ではごく基本の技であるが、その動きのキレが尋常ではない。おれ達の業界では、くどくどしい大技やもったいぶった秘奥義を使う武術家より、こういう一見地味な手合いの方がよほど危険で恐ろしいのである。地面に倒れた真凛、だがその手首は捕らえられたまま。
そしてシドウは追撃に入る。無防備となった肋骨の下端、章門と呼ばれる人体の急所に、無造作なまでにサッカーボールキックを放つ。人間を『蹴り殺しうる』えげつないとどめ技である。だがしかし、間一髪、残りの腕で真凛が防御。蹴り足を受け止めるのではなく、すくい上げるように払う。蹴りをすかされ姿勢を崩すシドウ。その隙に、真凛は最大限乗じた。
「せやっ!」
つかまれたままの手首を鋭く翻す。つかんでいる側のシドウの手首がひねられ、崩れかけたバランスに拍車をかける。絶妙なタイミングだった。結果、シドウは立っている姿勢を維持できなくなり、
「ぬぅっ!!」
先ほどとまったく逆の形で、今度はシドウが自身の体重で投げ飛ばされる形となった。真凛がすばやく後転して、ようやく解放された手首をさすりながら立ち上がったとき、すでにシドウも体勢を立て直している。
距離をとってふたたび向かい合う両者。技のキレは確かに恐ろしいが、何より解せないのはあの左腕だ。確実に破壊したはずなのに。いったいどうやって?
そこでようやく、真凛の表情に理解が浮かぶ。
「……それが、貴方の異能力ってこと?」
真凛の視線の先。ずたずたに掻きちぎられたはずのシドウの左腕に、異変が起こっていた。無残な傷跡が異常なスピードでかさぶたとなり、それが剥がれ落ちると、内側から鮮やかなピンク色の肉が盛り上がる。みるみるうちに薄い皮膚が張り、やがて周囲の皮膚と同じ色になじむと、そこにはもう傷跡は残っていなかった。
近くの幹によりかかってなんとか身を起こし、おれは戦いに口を挟む。
「真、凜……。そいつの力は……『再生』……どんな傷も、すぐに、回復する……!」
そう。トリックは単純。この男の腕は確かに壊れた。だが、『再生』したのだった。まるで安っぽいSF映画のように。
「攻撃にも使えない程度の、安い能力だがな」
そう応えるシドウの顔の、右半分に異変が起こっていた。奴の右目――ひどい火傷を負ったように白濁したその目を中心として、皮膚の下にびっしりと細く青黒い血管が浮き出ている。よく見れば、一つ一つの血管がまるで微生物の鞭毛のようにうごめいている。
頚動脈を獣の牙のように食いちぎるべく放たれた凄烈な一撃は、
「……その年齢でこの技量に達しているか」
シドウ・クロードの左手に捕まれて、宙で停止していた。真凛が驚愕に凍りつく。
ありえない状況である。先ほどの一撃は、左腕の皮膚と筋肉のみならず、腱と神経までまとめて確実に掻きちぎった。発狂してもおかしくない激痛に、たとえ耐えることができたとしても、どうやっても動かすことなど出来ないはずなのに。
だが、現にこの男は左腕を掲げ、万力のような握力で攻撃を掴んで止めてみせた。とっさに判断に迷う真凛。そしてそれは、この『粛清者』相手には致命的な隙だった。
捕まれた手首が外側に向けて鋭くひねられ、そのまま下に向けて剣を撃つように振り下ろされる。力学の妙味。大男のシドウの全体重と真凛自身の体重が、ひねられた手首に一点集中する。
人間の本能として、激痛と骨折を免れるべく体勢を崩してしまい、結果として、自分から投げられたように地面に叩きつけられることになる。
小手返し。合気道や柔術ではごく基本の技であるが、その動きのキレが尋常ではない。おれ達の業界では、くどくどしい大技やもったいぶった秘奥義を使う武術家より、こういう一見地味な手合いの方がよほど危険で恐ろしいのである。地面に倒れた真凛、だがその手首は捕らえられたまま。
そしてシドウは追撃に入る。無防備となった肋骨の下端、章門と呼ばれる人体の急所に、無造作なまでにサッカーボールキックを放つ。人間を『蹴り殺しうる』えげつないとどめ技である。だがしかし、間一髪、残りの腕で真凛が防御。蹴り足を受け止めるのではなく、すくい上げるように払う。蹴りをすかされ姿勢を崩すシドウ。その隙に、真凛は最大限乗じた。
「せやっ!」
つかまれたままの手首を鋭く翻す。つかんでいる側のシドウの手首がひねられ、崩れかけたバランスに拍車をかける。絶妙なタイミングだった。結果、シドウは立っている姿勢を維持できなくなり、
「ぬぅっ!!」
先ほどとまったく逆の形で、今度はシドウが自身の体重で投げ飛ばされる形となった。真凛がすばやく後転して、ようやく解放された手首をさすりながら立ち上がったとき、すでにシドウも体勢を立て直している。
距離をとってふたたび向かい合う両者。技のキレは確かに恐ろしいが、何より解せないのはあの左腕だ。確実に破壊したはずなのに。いったいどうやって?
そこでようやく、真凛の表情に理解が浮かぶ。
「……それが、貴方の異能力ってこと?」
真凛の視線の先。ずたずたに掻きちぎられたはずのシドウの左腕に、異変が起こっていた。無残な傷跡が異常なスピードでかさぶたとなり、それが剥がれ落ちると、内側から鮮やかなピンク色の肉が盛り上がる。みるみるうちに薄い皮膚が張り、やがて周囲の皮膚と同じ色になじむと、そこにはもう傷跡は残っていなかった。
近くの幹によりかかってなんとか身を起こし、おれは戦いに口を挟む。
「真、凜……。そいつの力は……『再生』……どんな傷も、すぐに、回復する……!」
そう。トリックは単純。この男の腕は確かに壊れた。だが、『再生』したのだった。まるで安っぽいSF映画のように。
「攻撃にも使えない程度の、安い能力だがな」
そう応えるシドウの顔の、右半分に異変が起こっていた。奴の右目――ひどい火傷を負ったように白濁したその目を中心として、皮膚の下にびっしりと細く青黒い血管が浮き出ている。よく見れば、一つ一つの血管がまるで微生物の鞭毛のようにうごめいている。
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