人災派遣のフレイムアップ

紫電改

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第5話:『六本木ストックホルダー』

◆13:泡沫の果てに−3

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「……親父のようになりたかったのか。親父のようにはならないと思っていたのか。走って走って走り抜いて。たどり着いたところが、お袋を殺した連中と同じ穴、とはな」

 おまけに会社まで失って、と自嘲する。

「――クソ親父め。後悔していたなら後悔していたと最初に言えばいいものを」

 今更そんなこと言われてもなあ、とぼやいた。もう粉飾決算の情報はネットを伝って日本中に流れている。明日市場が開けば、ヨルムンガンドの株は一気に暴落するだろう。株主達がどれほどの損害を被るか、想像もつかない。

「結局、俺がやってきた事はただの詐欺なのか」
「そうじゃないと思いますけどね」

 言葉を続ける。

「おれだって貴方に投資してます。まあ、五万円ですけど。必死に小遣いから捻りだした金、どこに投資しようか、そりゃあ無い知恵絞って考えましたよ。投資家気取りの素人ですがね。それでもおれ達は、貴方を選んで金を投じたんです。少なくともそれだけのものは、貴方にはあったってことなんじゃないですか」
「だが、株価の暴落による損失はもう避けられん。彼らに何と言えばいい」

 つい先日、物事はシンプルに捉えた方が良いと言ったのは誰だっけか。

「また株価を上げればいいんじゃないですか」
「……簡単に言ってくれるな」
「簡単じゃないことはわかってますけど。だからこそ、貴方にしか出来ない仕事ってことだと思います」
「やっぱりお前、どんだけ大変か理解してないだろ」

 苦笑する水池さん。

「立て直し、か」

 そして五秒くらい、天井を見た。

「厳しいものだな」

 と、不意に視線がこちらを向く。

「……そうそう、お前、卒業したら俺の会社に来るか?」
「もし卒業まで無事に生き延びて、その時まだ御社があったら考えます」
「忘れるなよ」

 久しぶりに、あの不敵なドラゴン水池の笑いが復活した。

 タビドフ・マグナムの香りが、ゆっくりと夜の病院の廊下に伝ってゆく。吸い終えて灰皿に押しつけると同時に、水池氏はぼそりと呟いた。

「これからまた、忙しくなるな」

 その言葉を発するまでに、どれだけのモノを背負う覚悟を決めたのか。余人にはうかがい知れなかった。おれも習って灰皿に吸い殻を押しつける。

「陽司、その。……気配が」

 横から真凛が申し訳なさそうに口を挟む。その言わんとするところは明白だった。お父上の件が終わったからと言って、『ニョカ』の攻撃が止むわけでは無論ない。

「わかってる」
「亘理君」

 水池さんはおれに向き直った。

「もう一度、仕事の依頼をさせてくれないか」

 力強い言葉である。築き上げられた押しの強い態度の底に流れるこの真摯な姿勢こそ、水池恭介という男の本当の基盤なのだろう。

「あの蛇を撃退して欲しい。もう一度ヨルムンガンドを建て直す。そのために、今は死ぬわけにはいかない」
「お断りします」

 即答するおれ。あ、隣のアシスタントがなんかわめいてる。

「なんで!仕事はもう終わったんだから、受けたっていいじゃない」
「もちろん、事務所を通じて正規のルートで申し込みをさせてもらうつもりだ。君たちにこそお願いしたいのだが。報酬は、三百万はもうムリだろうが……」
「それなら問題ないでしょ、陽司?」
「だめデス。そもそもキミは業界の基本を忘れておるよ七瀬クン」

 真凛がおれをじっと見つめている。だからそんな顔するなっつうの。

「……ウチの会社は本当に人使いが荒いんですよねぇ、福利厚生が大したこと無いくせに」

 おれは窓の向こうに視線を飛ばしたままぼやいた。

「一度受けた依頼は、フォローを含めて完全に達成しないと給料もらえないんですわ」
「それは……」
「どういう意味?」

 まだわかりませんかねこのお子様。真凛の額をぺしぺしと叩く。

「お連れしたお客さんに安全にお帰り頂くまで、この仕事は終わったことにはなりません。……ちゃんと覚えておけよ?」

 おれの発言の意図が奴の脳細胞に届くまで、一秒の時差があった。

「そうこなくっちゃ!」

 スイッチが入った。真凛が、狩りに出陣する虎の児めいた笑みを浮かべる。

「水池さんは、部屋の中に。万一の事もあります。お父上と一緒に居てください」

 おれ達の仕事は、ここを守りきること。既に連絡は取れている。『蛇』を仕留めるのは、別の奴の仕事だ。

 首をごきりとならすと、ベンチから立ち上がり、廊下へと歩を進める。プールの授業がやってきた小学生のように腕をストレッチしながら、真凛が続く。

「じゃあ始めるか。……ついて来いよ、アシスタント!」
「途中で転ばないでね、先輩!」

 歩を進めるおれ達。

 病院の廊下の向こうから、一斉に水の蛇の群れが襲いかかってきた。
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