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第5話:『六本木ストックホルダー』
◆12:スポンサーズジャッジ(謀略)−2
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「避けろ!」
直樹の声が飛ぶ。『絞める蛇』がその尻尾をもたげ、思わず流体力学でシミュレーションしてみたくなるような、重い重い水の鞭を周囲に叩きつける。哀れ、せっかく片付けた水池氏の部屋は、たちまち暴力吹き荒れるカオスと化した。
ちょうど部屋の真ん中から左右に分断されてしまった態のおれ達。玄関へと水池氏を引っ張っていくおれの視界の向こうに、無数の小蛇を叩きつぶしている直樹と門宮さんの姿があった。
「そっちは任せた!」
おれの極めてアバウトな依頼に、直樹は背を向けたまま、さっさと行け、とばかりにヒラヒラと手を振った。走り出そうとするおれ達に、襲いかかる一匹の小蛇。噛みつこうと剥いた牙は、だが、槍の穂先のようにすっ飛んできた『紙飛行機』に正面から粉砕された。
「水池さんを頼みます!」
門宮さんに目線で応えて一気にエレベーターまで走り、地下へと向かう。幸いにもエレベーターの中では襲われなかった。
だが、天板の向こうから確かに感じる重い質量の気配。連中が確実にこちらに迫っている事は、賭けたっていい。今の状況に甚だそぐわない柔らかな電子音を立ててエレベーターが開き、おれと水池氏は一目散に走る。
「こっちこっち!」
水池氏の所有するはずのBMW。その後部座席から身を乗り出した真凛がぶんぶんと手を振っている。帰らせる振りをしてここで待機させていたのだ。
明日は土曜日と言うこともあってか、お子様は深夜の仕事に大ハリキリだ。鍵は護衛中に水池氏に借りたのをそのままうっかり返し忘れていた(ということにしてある)。
エンジンはすでに暖まっている。真凛が手早く後部座席のドアを開き、おれが水池氏を放り込む。芸術的な連係プレーで水池氏が座席に収まりドアが閉まった時には、おれは運転席に乗り込んでいた。
やったね左ハンドルですよ先生。同時に破裂する駐車場壁際の水道管。おいでなすったか。
「お客さん、どちらまで?」
「まっすぐ!!」
真凛の指示におれは従う。免許を取ってはや四ヶ月、S字クランクや縦列駐車などもう怖くて出来ないが、急発進と急停止なら慣れっこである。あと車でジャンプとか、二輪の上でどつき合いとか。
ハンドルを全力でぶんまわしつつアクセルを文字通り踏み込むと、独逸製の鋼の猛獣は、脳髄と下っ腹を蕩けさせるような重低音の唸り声を上げて敢然と覚醒した。
哀れなコンクリートを甲高い音で剣のように斬りつけつつ、地下駐車場の出口に向かって猛然と躍り出る。
「陽司!!出口に!」
わかってる。出口にはすでに、透明な、ぶっとい蛇の胴体がすでに待ちかまえていた。どうするか?そんなの決まってマス。
「やっぱさあ」
狭い東京で外車を乗り回してるお歴々に、おれは前々から言いたかったのだ。
「ドイツ車は制限速度無しでぶっ飛ばさなきゃウソだよなぁっ!!」
親のカタキでも蹴り殺さんばかりの勢いでアクセルペダルを踏み抜く。馬鹿みたいなGが身体をシートにべったりと密着させる。
鋼鉄の猛獣は実にあっさりと百キロオーバーまで加速し、算出するのも恐ろしい質量×速度で、哀れな水の蛇を容赦なく轢いた。重く柔らかいものを跳ねとばした衝撃がボンネット越しに伝わる。こればかりはさすがに気持ちのいいものではない。
吹き飛び遙か後方へと長い胴体を転げ落としてゆく『絞める蛇』には目もくれず、BMWは一目散に地上へと躍り出る。そのまま信号をいくつか見なかったことにして、脱兎のごとく首都高の飯倉入口へと向かう。
正直、道路に人がいなくて良かった。避けられる自信などまったくなかったもので。深夜でなかったら確実にお巡りさんのお世話になっているところである。
ETCを使って飯倉から首都高に入り込み、オービスに捕まる前にようやくおれは速度を落とした。そういえばシートベルトも締めていなかった。
「どこへ行くんだ?」
激変する状況の中からようやく精神を復帰させた水池氏が問う。本来ならおれのような若輩にこうまで一方的に主導権を握らせることはないのだろうが、生憎と今彼がいる世界は『こちら側』なので、諦めてもらうしかない。
「お父上のところです。オフィスもご自宅ももう戻れないでしょう」
その方針はつい数日前なら絶対に飲まなかっただろう。だが今や自宅にも職場にも行く先を無くした水池氏は力なく呟いた。
「……だが妙だ、それなら反対方向だろう」
そう、水池氏が中学時代まで育った露木の実家は、おれが今向かっている東方面とは正反対の方向にある。バックミラーから真凛がおれの顔を覗き込んだ。
ミラーの中に移る、誰とも知れない小生意気そうな十九歳のガキ。こういう時にそれらしい表情を作れないあたりが、まだ青二才の証なんだろう。まったく、自分の顔のことなんぞ良くわからない。
「そもそも、調査のプロたる弁護士だったお父上が、わざわざ外部に貴方の捜索を依頼したこと自体、妙だと思いませんでしたか?」
情報があれば、ヨルムンガンドの粉飾決算すら見抜いた人なのだ。……そう、情報さえ手にはいるのなら。
無感情を装っておれは述べた。
「病院ですよ。お父上は末期の肺癌でしてね。余命は幾ばくもないんだそうです」
直樹の声が飛ぶ。『絞める蛇』がその尻尾をもたげ、思わず流体力学でシミュレーションしてみたくなるような、重い重い水の鞭を周囲に叩きつける。哀れ、せっかく片付けた水池氏の部屋は、たちまち暴力吹き荒れるカオスと化した。
ちょうど部屋の真ん中から左右に分断されてしまった態のおれ達。玄関へと水池氏を引っ張っていくおれの視界の向こうに、無数の小蛇を叩きつぶしている直樹と門宮さんの姿があった。
「そっちは任せた!」
おれの極めてアバウトな依頼に、直樹は背を向けたまま、さっさと行け、とばかりにヒラヒラと手を振った。走り出そうとするおれ達に、襲いかかる一匹の小蛇。噛みつこうと剥いた牙は、だが、槍の穂先のようにすっ飛んできた『紙飛行機』に正面から粉砕された。
「水池さんを頼みます!」
門宮さんに目線で応えて一気にエレベーターまで走り、地下へと向かう。幸いにもエレベーターの中では襲われなかった。
だが、天板の向こうから確かに感じる重い質量の気配。連中が確実にこちらに迫っている事は、賭けたっていい。今の状況に甚だそぐわない柔らかな電子音を立ててエレベーターが開き、おれと水池氏は一目散に走る。
「こっちこっち!」
水池氏の所有するはずのBMW。その後部座席から身を乗り出した真凛がぶんぶんと手を振っている。帰らせる振りをしてここで待機させていたのだ。
明日は土曜日と言うこともあってか、お子様は深夜の仕事に大ハリキリだ。鍵は護衛中に水池氏に借りたのをそのままうっかり返し忘れていた(ということにしてある)。
エンジンはすでに暖まっている。真凛が手早く後部座席のドアを開き、おれが水池氏を放り込む。芸術的な連係プレーで水池氏が座席に収まりドアが閉まった時には、おれは運転席に乗り込んでいた。
やったね左ハンドルですよ先生。同時に破裂する駐車場壁際の水道管。おいでなすったか。
「お客さん、どちらまで?」
「まっすぐ!!」
真凛の指示におれは従う。免許を取ってはや四ヶ月、S字クランクや縦列駐車などもう怖くて出来ないが、急発進と急停止なら慣れっこである。あと車でジャンプとか、二輪の上でどつき合いとか。
ハンドルを全力でぶんまわしつつアクセルを文字通り踏み込むと、独逸製の鋼の猛獣は、脳髄と下っ腹を蕩けさせるような重低音の唸り声を上げて敢然と覚醒した。
哀れなコンクリートを甲高い音で剣のように斬りつけつつ、地下駐車場の出口に向かって猛然と躍り出る。
「陽司!!出口に!」
わかってる。出口にはすでに、透明な、ぶっとい蛇の胴体がすでに待ちかまえていた。どうするか?そんなの決まってマス。
「やっぱさあ」
狭い東京で外車を乗り回してるお歴々に、おれは前々から言いたかったのだ。
「ドイツ車は制限速度無しでぶっ飛ばさなきゃウソだよなぁっ!!」
親のカタキでも蹴り殺さんばかりの勢いでアクセルペダルを踏み抜く。馬鹿みたいなGが身体をシートにべったりと密着させる。
鋼鉄の猛獣は実にあっさりと百キロオーバーまで加速し、算出するのも恐ろしい質量×速度で、哀れな水の蛇を容赦なく轢いた。重く柔らかいものを跳ねとばした衝撃がボンネット越しに伝わる。こればかりはさすがに気持ちのいいものではない。
吹き飛び遙か後方へと長い胴体を転げ落としてゆく『絞める蛇』には目もくれず、BMWは一目散に地上へと躍り出る。そのまま信号をいくつか見なかったことにして、脱兎のごとく首都高の飯倉入口へと向かう。
正直、道路に人がいなくて良かった。避けられる自信などまったくなかったもので。深夜でなかったら確実にお巡りさんのお世話になっているところである。
ETCを使って飯倉から首都高に入り込み、オービスに捕まる前にようやくおれは速度を落とした。そういえばシートベルトも締めていなかった。
「どこへ行くんだ?」
激変する状況の中からようやく精神を復帰させた水池氏が問う。本来ならおれのような若輩にこうまで一方的に主導権を握らせることはないのだろうが、生憎と今彼がいる世界は『こちら側』なので、諦めてもらうしかない。
「お父上のところです。オフィスもご自宅ももう戻れないでしょう」
その方針はつい数日前なら絶対に飲まなかっただろう。だが今や自宅にも職場にも行く先を無くした水池氏は力なく呟いた。
「……だが妙だ、それなら反対方向だろう」
そう、水池氏が中学時代まで育った露木の実家は、おれが今向かっている東方面とは正反対の方向にある。バックミラーから真凛がおれの顔を覗き込んだ。
ミラーの中に移る、誰とも知れない小生意気そうな十九歳のガキ。こういう時にそれらしい表情を作れないあたりが、まだ青二才の証なんだろう。まったく、自分の顔のことなんぞ良くわからない。
「そもそも、調査のプロたる弁護士だったお父上が、わざわざ外部に貴方の捜索を依頼したこと自体、妙だと思いませんでしたか?」
情報があれば、ヨルムンガンドの粉飾決算すら見抜いた人なのだ。……そう、情報さえ手にはいるのなら。
無感情を装っておれは述べた。
「病院ですよ。お父上は末期の肺癌でしてね。余命は幾ばくもないんだそうです」
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