人災派遣のフレイムアップ

紫電改

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第4話:『不実在オークショナー』

◆15:『****』

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 服の下に着込んでいる防弾防刃ギア『インナー』すらざっくりと切り裂かれ、おれの腕に浅くない切り傷を刻み込んでいる。皮膚もダメ。筋繊維までイったな、こりゃ。

「俺の生命力を甘く見たな。三日もあれば、この程度の傷は全て塞がる」

 膨れ上がった腕の筋肉に負け、奴のギブスが吹き飛ぶ。同様に、顎を覆っている包帯も千切れて落ちた。その下には、先日真凛にズタズタにされたはずの傷痕は毛ほども残っていなかった。おれの顔を見やって、モルデカイが嘲笑を浮かべる。

「『ラプラス』。因果使い。確かに厄介極まりない能力だが、その分制限も多い。望む事象を明確に言葉で発音しなければならないこと。捻じ曲げられるのは一瞬の出来事のみ。回数にも恐らく限りがあるだろう。そして長期または恒久的に現実を都合よく捻じ曲げる事は出来ない」
「ついでに言うと、言葉は必ず否定形で定義しなきゃいけないってのもあったりするんだけどね」

 おれは皮肉っぽく呟いた。奴はおれの様を見やって、あの野太い嘲笑を復活させる。

「結論からすれば。俺とお前の地力の差は、一度や二度の命中や回避を捻じ曲げたくらいでは埋め合わせが出来るものではないという事だ!」

 突進からの刺突。致命傷になりうる一撃だった。高速で精神をシフト。

 
「『モルデカイの』『攻撃は』『亘理陽司に』『当たらない』!」

 
 だがそれだけでは、とてもではないが確率が低く負荷がきつい。同時に横方向に飛ぶ。モルデカイの突き出したカギヅメは、俺の代わりに俺が背にした壁を大きく斬り裂いて止まった。

 おれは安堵のため息、だがそこに、続けざまに膝が飛んできた。

「痛ぅ……」

 因果の鍵は一瞬しか機能しない。おれはその一撃をまともにくらい、地面に吹き飛ばされた。ダメージをチェック。あっちゃ、肝臓が破れたらしい。少し遅れて吐き気と脂汗が押し寄せてくる。

「見誤ったな小僧。俺の本領は甘っちょろいエージェントではなくて実戦《こちら》側だ。生ぬるい手加減の必要がない分、気兼ねなく戦えると言うものよ」
「奇遇だね。おれもさ」

 おれの減らず口を鼻で笑い、見下ろすモルデカイ。その肺腑が膨らみ、大量に取り込んだ空気を圧縮していく。

「死ね」

 子供の喧嘩ならいざ知らず。この業界で『死ね』という言葉は、明確な殺傷の意志を意味する。奴は本気で、おれを殺すつもりだった。
 

 
 ――意識の裏。古ぼけた抽斗から鍵をもう一度取り出す。

 おれは鍵を俺に渡して、俺を自由にさせた。

 
 
『我は』『亘理陽司に』『非ず』――『無数の名を持ち、だが全ては無意味』
 

 
「……仕事の上の戦闘だったからってのは確かに理由なんだが」
「ぬ!?」

 奴はおれの様子に気づいた。

「わりとほれ、自分で言うのもなんだけど、おれ小心者でさあ」
 

 
 俺は鍵を、外ではなく内側に向ける。

 そこには、ずらりと並んだ36の抽斗があった。

 そのうちのおよそ半分には、厳重に封を施されている。

 残りの半分は、未だ空白のまま。

 さて。

 陳列されたエセ天使どもを前にひとりごちる。

 どれを出すか。
 


 
『我は』『人に』『非ず』――『万能の工具、而して意志を許されず』

 
 
 おれの周囲の空気が歪んで行く。

 その異様さに圧されて、モルデカイは振り上げた腕を下せない。

「仮にもオンナノコの前で、こいつを見られたくはないっつう純情チックな個人的な事情もあるんだよね」

 これだけは、いくらアシスタントでもな。

「貴様……何者だ?」

 おれはその問いに答えなかった。

「それから、言いそびれてて悪かったが、一つ訂正がある。おれは・・・ラプラス・・・・じゃないよ・・・・・

 そう名乗った事は一度も無いんだがな。噂とは一人歩きするものらしい。まあ、おかげで面倒事に巻き込まれるのが少しは減らせるわけだ。

「おれが『ラプラス』だったら、アンタは戦闘開始一秒後に死んでたぜ」

 大見得を切ったわけでもなく、掛け値抜きに一秒なのである。

 おれは『外の世界に鍵をかけ』、自分に都合の悪い未来を封じてまわる事で、もっとも都合のいい因果を確実に手に入れる。すごろくで6が出るまでサイコロを振りなおすようなものだ。だが、『ラプラス』の能力は全く別物である。

 『外の世界の情報を計算しつくし』、サイコロを振るときの手の動きや力の入れ方、周囲の空気の流れ、サイコロが落ちるテーブルの固さ、全てを計算しつくして、4だろうが5だろうが6だろうが好きな目を出せる。おれなど到底足元にも及ばない。うちの事務所の良識派ではあるが、敵に回すと多分あの人が一番おっかない。

「どっちかっていうと、おれの能力はラプラスとは対になるんだよな。おれが持っているのは、あくまでただひとつの『鍵』。それ以上でも以下でもない」
 

 そう。我が師より受け継ぎしはただ一つの鍵。
 

 その『鍵』で、外側を封ずるのではなく。内側を開く・・・・・ことにより。
 

 
 ……やはりこれか。

 俺は、7番目の抽斗に鍵を差し込んだ。
 
 

『我は』『つなぐものに』『非ず』――『斬界の主。創世の鉈となりし切断者』
 

 
 歪んだ空気が軋み、凍る。

「――この世界はね。突拍子もない事象があるように見えて、海も山も宇宙も。ついでにこの世もあの世も魔術も呪術も天使も悪魔も精霊も時間も。きちんとバランスが取られて作られている、綺麗な箱庭さ。魔術だの悪魔だのは、必要ない人間の前には存在しないし、必要な人間の前にはちゃんと存在する。それはそれで、この世界を管理している奴の想定範囲内って事」
 
 

 俺は鍵穴を廻す。

 封が解かれる。

 抽斗に眠っていたソレは、音もなく這い出し。
 
 

『我は』『真実を告げるものに』『非ず』――『而して我、亘理陽司也』
 
 

 俺から取り外された「おれ」のピースの代わりに。

 ガチリと俺に接続された。

 
 
 おれはゆっくりと立ち上がる。

「ところがね。……つい数年前なんだけど。とある馬鹿な奴が、この世界にある綻びから、とんでもないバケモノを36体程呼び込んじまったんだ。散らばったそいつらは、いずれもこの世界の法則に縛られることなく、ブッチギリで反則な事をやりだしたんだ」

 顔の前に両手を交差し、額に意識を集中する。

「んで。紆余曲折あって、エライ人達は、そのバケモノを狩り、封印させる事にしたのさ。……因果の『鍵』を矛盾させることで己の意識に綻びを生じさせ、そこから同じバケモノを呼び出す事が出来る人間によって」
 

 
『亘理陽司の』『名に於いて来たれ汝』

『――空の七位。”天地裁断の鋼独楽グローディス”!!』

 
 
 最後に。おれは乾いた笑みを、奴に投げかける。

 名乗りは好きではない。だがそれが、せめてもの仁義であった。

「人材派遣会社フレイムアップスタッフ。魔神使い。『召喚師』――亘理陽司」
 
 

 おれは舞台の袖に引っ込む。

 前座に代わり、化粧を終えた主役が、舞台に上がる。
 

 ――そして。
 

 は目を開いた。
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