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第4話:『不実在オークショナー』
◆03:イミテーションの憂鬱-2
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「我々プルトン社の歴史は、そのままコピー品との戦いの歴史でした」
既に所長には説明し終えているだろうに、小栗さんはおれに丁寧に再説明してくれた。
「十八世紀に初代プルトンが、トランクの上に布地を貼るという画期的な製法を開発してから五年後、すでに各地でそれを模倣した安いコピー商品が発生していました。初代はそれを嫌って新しい布地の組み合わせを発明しましたが、それもすぐに模倣されることになりました。以後百五十年、我々は新製品の開発と、それに追随するコピー品の誕生というサイクルを繰り返してきました」
度重なるコピー品の発生もあったが、結果としてプルトンは勝利を収めた。例え優れたデザインがすぐにコピーされてしまったとしても、確かな技術力と良質の素材までは埋め合わせる事が出来なかったからだ。
「――現在まで、我々の造るものの品質は、決してコピー品の類に追いつかれるようなものではありませんでした」
「おれもアジアの裏通りでその手のパチモノは随分見かけましたが。一目で偽物とわかるものばかりでしたねえ」
中学生の頃からそんな所に入り浸っていた我が人生を振り返り、ちょっと自己嫌悪。
「しかしここ十数年、その品質そのものが追いつかれつつあるのです」
俗に言うスーパーコピーである。本物に近い素材を使い、本物に近い製法で仕上げる。それらの多くは人件費の安い中国などの工場で作られており、またもちろんデザイン料も不要のため、本物と同程度の材料費を投入しても充分に安いものが供給出来るのだ。
美術品の贋作同様、最近の偽造技術は極めて高い水準まで引き上げられてきており、クローンと呼ばれるものも出回るようになって来た。すでに税関の職員や、プロの仲買人にも見破る事が難しくなっている。大きな声では言えないが、誰にも気づかれないまま、精巧なスーパーコピーが某大手デパートの店頭で売られていたなんてこともあったらしい。
「この手のモノは一度当たればぼろ儲けなのよね」
「まあ、銃器、麻薬、偽ブランドは密輸品の御三家ですしね……」
もちろんこんな手の込んだ大規模な偽造を、そう簡単に出来るわけが無い。そういった偽ブランドメーカーの後ろには、だいたい国際的な犯罪組織やマフィアがついており、彼等の資金源となっている。
世間には偽物と知らずに買わされる人はともかく、中には偽物と知りつつ買ってしまう人もいる。だがそれは明らかな犯罪行為であり、またその金が暴力組織の利益になっているという事は、よくわきまえておくべきだろう。
「専属の鑑定士さん、という事はこの手の偽ブランドの判別がお仕事という事ですね」
小栗さんは頷いた。この人はプルトン社に属し、各地に出回るプルトンのブランド品が本物か偽物かを鑑定する事が仕事なのだ。
「特に問屋さんから、自分の仕入れたものを判定して欲しいと言われる事が多いのですが……。今回は少し違います」
そう言うと小栗さんは巨大なボストンバッグを開き、中から三つのバッグを取り出した。大小種類はあるが、いずれもプルトンのバッグ。この名刺と同じロゴマークが入っている。
「これ、もしかして偽物……には到底思えませんねぇ。まさしくクローンだなこれ」
おれは以前にアパレル企業に関する任務についたときに、見分け方の初歩の初歩を教わった事がある。ロゴの印刷のズレ、皮の質(安物は手触りが悪い)、そして裏面の縫製(手間がかかるため、粗雑なコピーではここに手抜きが現れる)。素人なりにチェックしてみたが、まったくお手上げ状態である。すると小栗さんも一つ大きなため息をついた。
「ええ。鑑定士の私から見ても、本物に間違いありません」
おれはがくりと肩を落とした。
「な、なんだ本物ですか。思わせぶりに出さないでくださいよ」
話の流れからすれば偽物だろ普通。
「それがねえ亘理君。問題はそこなのよ」
「は?」
「これは、ネットオークションで六万円で競り落としたものです。こちらは五万八千円、これは七万四千円」
「んな馬鹿な!?」
一時期とある女性に貢がされていたおれの経験から言えば、いずれも並行輸入の格安店で購入したとし
ても十五万円以上は固い代物である。……すまん、今の発言はスルーして貰えるとありがたい。
「どう考えてもパチモン価格じゃないですか」
「ええ。実はこのようなブランド品が最近、ネットオークションで大量に出回り始めているのです。格安で出展され、この程度の値段で落とせてしまう」
「……でも、本物なんですよね?中古品とか?」
「いえ。新品です。そしてこれは今年のモデルです。我々製造側が言うのもどうかとは思いますが、これを六万円で売りに出して利益が出るはずが無い」
……つまり、話を整理すると。
「ネット上のオークションで、本物が、大量に、赤字確定のはずの値段で出回っているということですか?」
「そういうことよ亘理君。これが誰かものすごく気前のいい大金持ちの気まぐれで無いとしたら」
「……誰かが非合法な手段で本物を手に入れ、安値で売り捌いている。あるいは」
小栗さんがおれの言葉を引き取った。
「……私ですら本物と鑑定せざるをえないこれが、偽物かも知れないと言うことです。もしこれが偽物であれば、我々にとっては非常な脅威となります。御社にお願いしたいのは、一連のこの品物の出所を調査し、真贋を突きとめて頂きたいのです」
既に所長には説明し終えているだろうに、小栗さんはおれに丁寧に再説明してくれた。
「十八世紀に初代プルトンが、トランクの上に布地を貼るという画期的な製法を開発してから五年後、すでに各地でそれを模倣した安いコピー商品が発生していました。初代はそれを嫌って新しい布地の組み合わせを発明しましたが、それもすぐに模倣されることになりました。以後百五十年、我々は新製品の開発と、それに追随するコピー品の誕生というサイクルを繰り返してきました」
度重なるコピー品の発生もあったが、結果としてプルトンは勝利を収めた。例え優れたデザインがすぐにコピーされてしまったとしても、確かな技術力と良質の素材までは埋め合わせる事が出来なかったからだ。
「――現在まで、我々の造るものの品質は、決してコピー品の類に追いつかれるようなものではありませんでした」
「おれもアジアの裏通りでその手のパチモノは随分見かけましたが。一目で偽物とわかるものばかりでしたねえ」
中学生の頃からそんな所に入り浸っていた我が人生を振り返り、ちょっと自己嫌悪。
「しかしここ十数年、その品質そのものが追いつかれつつあるのです」
俗に言うスーパーコピーである。本物に近い素材を使い、本物に近い製法で仕上げる。それらの多くは人件費の安い中国などの工場で作られており、またもちろんデザイン料も不要のため、本物と同程度の材料費を投入しても充分に安いものが供給出来るのだ。
美術品の贋作同様、最近の偽造技術は極めて高い水準まで引き上げられてきており、クローンと呼ばれるものも出回るようになって来た。すでに税関の職員や、プロの仲買人にも見破る事が難しくなっている。大きな声では言えないが、誰にも気づかれないまま、精巧なスーパーコピーが某大手デパートの店頭で売られていたなんてこともあったらしい。
「この手のモノは一度当たればぼろ儲けなのよね」
「まあ、銃器、麻薬、偽ブランドは密輸品の御三家ですしね……」
もちろんこんな手の込んだ大規模な偽造を、そう簡単に出来るわけが無い。そういった偽ブランドメーカーの後ろには、だいたい国際的な犯罪組織やマフィアがついており、彼等の資金源となっている。
世間には偽物と知らずに買わされる人はともかく、中には偽物と知りつつ買ってしまう人もいる。だがそれは明らかな犯罪行為であり、またその金が暴力組織の利益になっているという事は、よくわきまえておくべきだろう。
「専属の鑑定士さん、という事はこの手の偽ブランドの判別がお仕事という事ですね」
小栗さんは頷いた。この人はプルトン社に属し、各地に出回るプルトンのブランド品が本物か偽物かを鑑定する事が仕事なのだ。
「特に問屋さんから、自分の仕入れたものを判定して欲しいと言われる事が多いのですが……。今回は少し違います」
そう言うと小栗さんは巨大なボストンバッグを開き、中から三つのバッグを取り出した。大小種類はあるが、いずれもプルトンのバッグ。この名刺と同じロゴマークが入っている。
「これ、もしかして偽物……には到底思えませんねぇ。まさしくクローンだなこれ」
おれは以前にアパレル企業に関する任務についたときに、見分け方の初歩の初歩を教わった事がある。ロゴの印刷のズレ、皮の質(安物は手触りが悪い)、そして裏面の縫製(手間がかかるため、粗雑なコピーではここに手抜きが現れる)。素人なりにチェックしてみたが、まったくお手上げ状態である。すると小栗さんも一つ大きなため息をついた。
「ええ。鑑定士の私から見ても、本物に間違いありません」
おれはがくりと肩を落とした。
「な、なんだ本物ですか。思わせぶりに出さないでくださいよ」
話の流れからすれば偽物だろ普通。
「それがねえ亘理君。問題はそこなのよ」
「は?」
「これは、ネットオークションで六万円で競り落としたものです。こちらは五万八千円、これは七万四千円」
「んな馬鹿な!?」
一時期とある女性に貢がされていたおれの経験から言えば、いずれも並行輸入の格安店で購入したとし
ても十五万円以上は固い代物である。……すまん、今の発言はスルーして貰えるとありがたい。
「どう考えてもパチモン価格じゃないですか」
「ええ。実はこのようなブランド品が最近、ネットオークションで大量に出回り始めているのです。格安で出展され、この程度の値段で落とせてしまう」
「……でも、本物なんですよね?中古品とか?」
「いえ。新品です。そしてこれは今年のモデルです。我々製造側が言うのもどうかとは思いますが、これを六万円で売りに出して利益が出るはずが無い」
……つまり、話を整理すると。
「ネット上のオークションで、本物が、大量に、赤字確定のはずの値段で出回っているということですか?」
「そういうことよ亘理君。これが誰かものすごく気前のいい大金持ちの気まぐれで無いとしたら」
「……誰かが非合法な手段で本物を手に入れ、安値で売り捌いている。あるいは」
小栗さんがおれの言葉を引き取った。
「……私ですら本物と鑑定せざるをえないこれが、偽物かも知れないと言うことです。もしこれが偽物であれば、我々にとっては非常な脅威となります。御社にお願いしたいのは、一連のこの品物の出所を調査し、真贋を突きとめて頂きたいのです」
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