人災派遣のフレイムアップ

紫電改

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第3話:『中央道カーチェイサー』

◆11:ダメ学生(チート)VSダメ人間(吸血鬼)-1

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 絶句、という言葉を久しぶりにまざまざと味わっていたおれがふと我に返った時には、やつはまたもラインを阻止する軌道に戻っている。先ほど奴から繋げられた通話がまだ生きている事を確かめると、おれは唸った。

「……は。いいバイクじゃないか。お前にしちゃ趣味がいい投資だな」

 たっぷり皮肉をまぶしたコメントは、同じ類のコメントで迎撃された。

『たわけ。借り物に決まっているだろう。こんなものを買う金があれば、アメージングフェスティバルでアラサキの新作をその場で買い占められるわ』
「なんだそのアラサキって」

 『隼』の軌道に被せるように車線を変更する『カミキリムシ』。

『フィギュア造型の第一人者に決まっているだろう』

 さいですか。ンな向こう側の常識はどうでもいい(っていうか買い占めるのに新型リッターバイクと同じくらいの金が必要なのか?)。

「で。……何故こんな所にいる?」

 おれは冷たいものを潜ませて声を放った。仮にこいつと本気で殺し合いが出来る可能性があるのなら――機会を逃すつもりは毛頭ない。

「あ。もしかしてあの所長、ついに依頼の二重取りに手を染めやがったか?」

 ひとつの派遣会社が敵対する双方の組織にエージェントを派遣するのは『二重取り』と呼ばれる。派遣会社は一件で二人を派遣出来る代わりに、依頼人は常に、エージェント同士で情報が漏れているのではないか、という疑いに苛まれることになるため、業界全体の信用を落とすとして忌み嫌われるやり口である。

『そうではない。これは俺が個人的に、今回限りで引き受けた仕事だ』
「へぇ?友達の居ないお前に頼みごとをするような伝手があったっけ?」
『『あかつき』の伊嶋編集とは、イベントでな』

 何のイベントだ。威嚇するかのようにウィリーする『隼』、振り下ろされる前輪を、冷静に最小限の動きでかわす『カミキリムシ』。

『今回は彼のたっての頼みということで引き受けた。うちは他の派遣会社への二重登録は禁止だが、別のバイトの掛け持ちは禁止されていないはずだ』
「そりゃまあそうだが……」

 そこまで言って、唐突にひらめいた。

「待て、お前、報酬は何を持ちかけられた?」

 奴は誇らしげに答えたものだ。

『第十二堕天使サルガタナスことサリっち役の声優、七尾朝美さんの目覚ましCDを……な』

 語尾の「……な」に、万感の思いが乗せられている模様。

「良くわからんが、それって店で売ってるんじゃねえのか?」
『阿呆!俺の為に特別に収録してくれるのだぞ?サリっちが『さっさと起きなさいよ、このバカ直樹!』と毎朝叫んでくれるのだぞ?ならば命を懸けるしかないではないか!』

 仕える女王の賜う杯のために命を懸けた騎士は知っていたが、アニメキャラが罵倒するCDのために命を懸ける吸血鬼を、幸運にしておれはまだ知らなかった。というか生涯知りたくもなかったのだが。いずれにしても、確かなことはひとつ。奴はこの任務で退くつもりは毛頭ないということだ。


「――いずれはと思っていたが。意外と早かったな」


 もはや何度目か、おれは意識を飛ばし、鍵を取り出す。それを察して向こうの声にも霜が降りた。

『修理中の骨董品に負けてやるほど落ちぶれてはいないつもりだがな』

 直樹と『カミキリムシ』の姿が白く曇ってゆく。己の能力と本性を開放した吸血鬼が作り出す冷気の渦が、高速で流れる周囲の空気と混じり白い霧を作り出している。

 ははん。いきなり本気ってワケね。じょーとー上等。ならこちらも出し惜しみはやめようか。おれは取り出した鍵を持ちかえた。周囲の世界ではなく、古ぼけた抽斗の鍵穴に――



『すまん、遅くなった!』

 意識が途端に引き戻される。前方から響く急ブレーキの音についで、質量を備えた鋼鉄の箱が空間をえぐってゆく。強烈な既視感を覚える光景だが、今度登場したのは頼もしい味方だった。

「見上さん!」
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