79 / 368
第3話:『中央道カーチェイサー』
◆07:オーナーズトーク−1
しおりを挟む
おれ達が夜の中央道で、本人達は至って真剣な、そして傍から見れば迷惑かつ滑稽極まりない戦いを繰り広げていた頃。
その目標地である東京千代田区神田の喫茶店、『古時計』では、一見西洋人と見まがうばかりの見事な銀髪と彫りの深い顔立ちのマスターが、熟練の手さばきでコーヒーを淹れていた。神田と言えば書店街が有名である。ここも普段は、近くの書店で買った本をじっくりとコーヒー片手に読み耽るお客のために開かれている店だが、いまこの時は若干様相が異なっていた。
本来は閉店している時間だが、今夜だけは特別に早朝まで営業を続ける事になっている。落ち着いた雰囲気の店内で、それぞれ一杯目のコーヒーを飲み干そうとしているのは、二人の男と一人の女性だった。
「……で、今のところどちらが優勢なのかね」
ゆるやかな時間を楽しむための店内で、こつこつと忙しなくテーブルを叩き野暮な雰囲気を作り出しているのは、五十過ぎの中年の男だった。深夜を過ぎてもスーツ姿なのは、職場ではともかく今この場では随分と浮いて見えた。
「連絡によれば、そちらのエージェントが原稿を両方とも所持されているとか」
淡々とコーヒーを味わいながら、『フレイムアップ』の嵯峨野浅葱所長は答える。本来片方のチームにメンバーを派遣している身として中立の立場ではないのだが、この度、両サイドの当事者から請われたため、立会人としてここに居るのだ。
「そうか、それはでかした!『ミッドテラス』め、役立たずがが雇ったのはやはり役立たずだな!」
下品な笑い声に、マスターがわずかに顔をしかめた。わかりやすいと言えばわかりやすい反応を示すこの中年男は、ホーリックの現編集長である。造反して『ミッドテラス』を立ち上げた先代の編集長に替わって就任した男で、もとはビジネス誌を担当していた。
もっとも、経済に対するセンスなど皆無で、その昇進の理由はひたすら社長に対して言ったイエスの回数と下げた頭の回数に拠る。そんな情報を脳裏に納めつつも、浅葱所長はあくまでも業務用の表情を崩さない。
「なあに、安心しろ伊嶋ァ。俺が勝ったら、ちゃんと『えるみか』はお前達のところに渡してやるさ。ロイヤリティつきで、な」
俺達、ならまだしも俺、という一人称に、この男の器が良く現れている。
「いつまでも上司面はやめてください。かつてはともかく、今は同じ編集長ですからね」
対するもう一人は、いかにも普段私服で仕事をしているといった雰囲気の三十代の男だった。伊嶋勝行。かつて、何人もの有望な新人を発掘し、『あかつきマンガ』の立役者となった男だ。『えるみか』の作者、瑞浪紀代人も彼が発掘したのである。
「裏切り者がでかい面をしおって。あの気持ち悪いマンガを売り払ったら、お前達なぞ……」
それ以降の罵倒はさっさと耳から遮断し、浅葱所長はコーヒーのお代わりを頼んだ。
今回の勝負で、彼女達『フレイムアップ』が協力しているホーリックが勝利した場合。『えるみかスクランブル』の著作権はこれまで通り、すべてホーリックに帰順する。だが、誰にも未だ知られていないことだが、それから数ヶ月後には『えるみか』は『あかつき』ではなく『ルシフェル』に掲載されることになるのだ。
ただし、あくまでも『ホーリックの作品を、ミッドテラスが掲載する』という形で。そこには膨大なロイヤリティが発生するはずで、結果、邪魔者を追い出しつつ利益を確保できるホーリックは万々歳、ということになる。
「まだ勝負はこれからだ。瑞浪のためにも、あんた達のやり方の下でいつまでも『えるみか』を描かせ続けるるわけにはいかない」
「ふん、どうせ勝てたところで、『えるみか』から名前を変えるんだろうが」
編集長の指摘に、伊嶋が歯をきしらせる。
その目標地である東京千代田区神田の喫茶店、『古時計』では、一見西洋人と見まがうばかりの見事な銀髪と彫りの深い顔立ちのマスターが、熟練の手さばきでコーヒーを淹れていた。神田と言えば書店街が有名である。ここも普段は、近くの書店で買った本をじっくりとコーヒー片手に読み耽るお客のために開かれている店だが、いまこの時は若干様相が異なっていた。
本来は閉店している時間だが、今夜だけは特別に早朝まで営業を続ける事になっている。落ち着いた雰囲気の店内で、それぞれ一杯目のコーヒーを飲み干そうとしているのは、二人の男と一人の女性だった。
「……で、今のところどちらが優勢なのかね」
ゆるやかな時間を楽しむための店内で、こつこつと忙しなくテーブルを叩き野暮な雰囲気を作り出しているのは、五十過ぎの中年の男だった。深夜を過ぎてもスーツ姿なのは、職場ではともかく今この場では随分と浮いて見えた。
「連絡によれば、そちらのエージェントが原稿を両方とも所持されているとか」
淡々とコーヒーを味わいながら、『フレイムアップ』の嵯峨野浅葱所長は答える。本来片方のチームにメンバーを派遣している身として中立の立場ではないのだが、この度、両サイドの当事者から請われたため、立会人としてここに居るのだ。
「そうか、それはでかした!『ミッドテラス』め、役立たずがが雇ったのはやはり役立たずだな!」
下品な笑い声に、マスターがわずかに顔をしかめた。わかりやすいと言えばわかりやすい反応を示すこの中年男は、ホーリックの現編集長である。造反して『ミッドテラス』を立ち上げた先代の編集長に替わって就任した男で、もとはビジネス誌を担当していた。
もっとも、経済に対するセンスなど皆無で、その昇進の理由はひたすら社長に対して言ったイエスの回数と下げた頭の回数に拠る。そんな情報を脳裏に納めつつも、浅葱所長はあくまでも業務用の表情を崩さない。
「なあに、安心しろ伊嶋ァ。俺が勝ったら、ちゃんと『えるみか』はお前達のところに渡してやるさ。ロイヤリティつきで、な」
俺達、ならまだしも俺、という一人称に、この男の器が良く現れている。
「いつまでも上司面はやめてください。かつてはともかく、今は同じ編集長ですからね」
対するもう一人は、いかにも普段私服で仕事をしているといった雰囲気の三十代の男だった。伊嶋勝行。かつて、何人もの有望な新人を発掘し、『あかつきマンガ』の立役者となった男だ。『えるみか』の作者、瑞浪紀代人も彼が発掘したのである。
「裏切り者がでかい面をしおって。あの気持ち悪いマンガを売り払ったら、お前達なぞ……」
それ以降の罵倒はさっさと耳から遮断し、浅葱所長はコーヒーのお代わりを頼んだ。
今回の勝負で、彼女達『フレイムアップ』が協力しているホーリックが勝利した場合。『えるみかスクランブル』の著作権はこれまで通り、すべてホーリックに帰順する。だが、誰にも未だ知られていないことだが、それから数ヶ月後には『えるみか』は『あかつき』ではなく『ルシフェル』に掲載されることになるのだ。
ただし、あくまでも『ホーリックの作品を、ミッドテラスが掲載する』という形で。そこには膨大なロイヤリティが発生するはずで、結果、邪魔者を追い出しつつ利益を確保できるホーリックは万々歳、ということになる。
「まだ勝負はこれからだ。瑞浪のためにも、あんた達のやり方の下でいつまでも『えるみか』を描かせ続けるるわけにはいかない」
「ふん、どうせ勝てたところで、『えるみか』から名前を変えるんだろうが」
編集長の指摘に、伊嶋が歯をきしらせる。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
悠久の機甲歩兵
竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。
※現在毎日更新中
首を切り落とせ
大門美博
経済・企業
日本一のメガバンクで世界でも有数の銀行である川菱東海銀行に勤める山本優輝が、派閥争いや個々の役員たちの思惑、旧財閥の闇に立ち向かう!
第一章から第七章まで書く予定です。
惨虐描写はございません
基本的に一週間に一回ほどの投稿をします。
この小説に登場する人物、団体は現実のものとは関係ありません。
新世代劇画作家出世ストーリー 第1巻 21世紀の劇画ヒットメーカーへの発進!
中込 浩彦 ☆ 自由出版 ☆
経済・企業
無から有を生み出す!!!
世にも稀な "巨大なるスモール・ビジネス" ――高精細液晶ペンタブ一台、机椅子一組と自らのあふれるような表現意欲と華やかな創造的才能一つで、取り巻く状況は、空前のメガヒットへと動き出す――現代劇画ビジネス業界。
そこに創造的才能未知数の新星が、自らのあふれる若さだけを頼りにして、決然と飛び込む!
東京都立目黒第一高等学校を、卒業後、渋谷区代々木タレント・アカデミーのコミック作家養成コースを修了し、勇躍、乗り出す21世紀初の年に生まれた主人公=上原 純。
「作画力以外は、素人」
「読者や世間、社会どころか、好きな女の気持ちもわかりません」
そんな今どきの西東京なら、どこにでもいるような一人の典型的若造主人公の彼を中軸として描かれる――様々な涙あり、笑いあり、冒険あり、恋愛ありの人間模様ドラマ。
様々な人々の出会い、長く曲がりくねった旅、激烈で理不尽な闘いを通して、誰かを熱く愛し、誰かに深く愛され、「この仕事には、自分が託せる理想がある」と言えるほどの一人の青年にまで成長し、「彼女は、一生の伴侶」と呼べるほどの心から愛する女性と知り合うまでを、様々なエピソードを通して、活写する。
☆
どんな社会を理解し、どれほど世間から理解されないのか?
何を受け入れ、何から拒否されたのか?
どこの誰を愛し、どこの誰から愛されたのか?
☆
世の中の"何かを表現する"という仕事を愛し、人生の"何かに感動する"という生きがいに愛された男の生涯とは、どんなものなのか?
若造主人公の軽快ハードボイルドな一人称文体で、輝く未来へ向けて、躍動する"創造の魂の軌跡"を生き生きと描き尽くす――新世代劇画作家の華やかで、鮮やかなビジネスサクセス・ストーリー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる