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第2話:『秋葉原ハウスシッター』
◆05:お宅訪問(深夜)-3
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「さっさとしやがれ、ビビッたじゃないか」
おれは憎まれ口をたたき、折れたモップを放り捨てて直樹の後ろに周る。
「精神年齢を若く保つコツは、刺激のある毎日を送ることだそうだぞ」
言いつつも、倒れた男から目を離さない。
「……大丈夫かよ」
「かすり傷、というには少々きついがな。致命傷ではない」
シャツの一部が破れ、赤いものがにじんでいるのが認められた。だが今はそんなことにかまっている暇は無かった。男が恐ろしい勢いで腹筋を収縮させ跳ね起きると、直樹に向かって右手を振りぬいたのだ。先ほど扉越しに直樹を打ち抜いたあの技か。だが一撃目と異なり、今度は直樹の方にも準備が十分出来ている。何かはわからないが、右手から一直線に放たれた攻撃をかわし、すでに懐に入り込んでいた。
両手に短く握ったブラシの柄が、男の鳩尾に深々と食い込む。そして開いた間合いにねじ込むように逆手を振りぬくと、ブラシがさながら槍の石突のごとく撥ね上げられ、男の顎に叩き込まれた。さらに開く間合い。
すでにその時、直樹は魔法のようにモップを旋回させ、サーベルのごとく持ち替えている。長く構えられたブラシが一閃。再び刺突が男の喉を抉る。ど派手な音がして、男がキッチンになだれ込んだ。深夜のマンションで騒ぐと近隣からの苦情が怖いんだがなあ。
「お前いつのまにそんな技マスターしてたんだよ」
「杖術など紳士の嗜みの一つに過ぎん」
男が再び起き上がった。強烈な突きを二発喉に喰らってなお、呻き声一つ上げない。こいつ本当に人間か。そう思う間もなく、男の左手が空を切った。その狙いはおれ達ではなく……天井の照明!けたたましい音と共にガラスが砕け、あっという間に周囲に闇が満ちる。
「気をつけろ、来るぞ」
直樹の押し殺した声とほぼ同時に、じゃ、と風が闇を裂く。かろうじて間に合ったのか、直樹のブラシと何かが衝突する音が響く。攻撃が来た方向に直樹がブラシを振るうが、すでに相手はそこには居ない。またしても攻撃。男は暗闇の中の戦闘に慣れているのか、音も立てず移動しこちらの死角から攻撃をしかけてくる。
流石の直樹も、相手が攻撃をしかけてくる方向が読めない以上、一拍以上の遅れが出ることになる。カウンターを取るどころの話ではない。四度、五度と攻撃が繰り返されるうち、次第に直樹が劣勢になってきた。六度目の攻撃を捌ききれず、直樹の右手がブラシから弾き飛ばされる。がら空きになった直樹の胴に迫る七撃目!
ずるん、べったん。
擬音で表現するとこんなところか。男が派手な音を立ててスッ転んだ。
「もう少し早く出来んのか。流石に焦ったぞ」
ブラシをたぐりよせつつ直樹がぼやく。
「精神年齢を若く保つコツなんだろ?」
おれは空になったフローリング用のワックスの缶を放り投げた。男は慌てて起き上がろうとして手をつくが、すでにそこもワックス塗れ。無様にもう一度地面に這った。闇の中とはいえ、その隙はあまりに致命的だった。インペリアルトパーズの瞳孔が開き、微かな明かりを増幅し金色に煌めく。
「……!!」
鈍い音が一つ。闇の中、共用廊下の僅かな明かりでも直樹の刺突は正確無比だった。男は今度は玄関まで吹き飛ぶ。
「裏事情をきりきり吐いてもらわんとな」
「この床もきっちり後始末してもらわねえとな」
ここが勝機。逃すわけにはいかない。おれ達は間合いを詰める。男はすでに起き上がっていた。にらみ合いが三秒ほど続く。だが、三度目の突きを喰らい、流石に体力も限界に達していたのか。男はくるりと踵を返すと、共用廊下の向こうに姿を消した。
「待てっ!」
直樹が追う。しかしそこで奴が見たのは、廊下の手すりを軽々と飛び越え、五階の高さから真っ逆さまに落ちてゆく男の姿だった。その時にはおれも直樹に追いつき、二人そろって下を覗き込む。男はまるで、何事も無かったかのようにマンション前の道路を走り、闇夜の中に消えていった。
十秒ほど間抜けな顔をしておれ達は階下を見詰めた後、どちらともなく口を開いた。
「「知ってたか?」」
そして互いの顔を見やり、深々とため息をつく。
「ああ、結局こうなるのかよ!今回こそは冷房の効いた部屋で寝て金が貰えると思ったのに!」
「『あの所長が持ってくる仕事はまともだったためしがない』か。一体何時までこの言葉は継続されるのやら」
「おれ達の任務達成率が百パーセントを割るときじゃないのか?」
「何はともあれ、だ」
「ああ」
おれ達は後ろを振り返った。そこに広がるは、照明を砕かれて闇に満ちた室内と、ぶちまけられた大量のワックスであった。
「一体どうしたものやら」
おれは憎まれ口をたたき、折れたモップを放り捨てて直樹の後ろに周る。
「精神年齢を若く保つコツは、刺激のある毎日を送ることだそうだぞ」
言いつつも、倒れた男から目を離さない。
「……大丈夫かよ」
「かすり傷、というには少々きついがな。致命傷ではない」
シャツの一部が破れ、赤いものがにじんでいるのが認められた。だが今はそんなことにかまっている暇は無かった。男が恐ろしい勢いで腹筋を収縮させ跳ね起きると、直樹に向かって右手を振りぬいたのだ。先ほど扉越しに直樹を打ち抜いたあの技か。だが一撃目と異なり、今度は直樹の方にも準備が十分出来ている。何かはわからないが、右手から一直線に放たれた攻撃をかわし、すでに懐に入り込んでいた。
両手に短く握ったブラシの柄が、男の鳩尾に深々と食い込む。そして開いた間合いにねじ込むように逆手を振りぬくと、ブラシがさながら槍の石突のごとく撥ね上げられ、男の顎に叩き込まれた。さらに開く間合い。
すでにその時、直樹は魔法のようにモップを旋回させ、サーベルのごとく持ち替えている。長く構えられたブラシが一閃。再び刺突が男の喉を抉る。ど派手な音がして、男がキッチンになだれ込んだ。深夜のマンションで騒ぐと近隣からの苦情が怖いんだがなあ。
「お前いつのまにそんな技マスターしてたんだよ」
「杖術など紳士の嗜みの一つに過ぎん」
男が再び起き上がった。強烈な突きを二発喉に喰らってなお、呻き声一つ上げない。こいつ本当に人間か。そう思う間もなく、男の左手が空を切った。その狙いはおれ達ではなく……天井の照明!けたたましい音と共にガラスが砕け、あっという間に周囲に闇が満ちる。
「気をつけろ、来るぞ」
直樹の押し殺した声とほぼ同時に、じゃ、と風が闇を裂く。かろうじて間に合ったのか、直樹のブラシと何かが衝突する音が響く。攻撃が来た方向に直樹がブラシを振るうが、すでに相手はそこには居ない。またしても攻撃。男は暗闇の中の戦闘に慣れているのか、音も立てず移動しこちらの死角から攻撃をしかけてくる。
流石の直樹も、相手が攻撃をしかけてくる方向が読めない以上、一拍以上の遅れが出ることになる。カウンターを取るどころの話ではない。四度、五度と攻撃が繰り返されるうち、次第に直樹が劣勢になってきた。六度目の攻撃を捌ききれず、直樹の右手がブラシから弾き飛ばされる。がら空きになった直樹の胴に迫る七撃目!
ずるん、べったん。
擬音で表現するとこんなところか。男が派手な音を立ててスッ転んだ。
「もう少し早く出来んのか。流石に焦ったぞ」
ブラシをたぐりよせつつ直樹がぼやく。
「精神年齢を若く保つコツなんだろ?」
おれは空になったフローリング用のワックスの缶を放り投げた。男は慌てて起き上がろうとして手をつくが、すでにそこもワックス塗れ。無様にもう一度地面に這った。闇の中とはいえ、その隙はあまりに致命的だった。インペリアルトパーズの瞳孔が開き、微かな明かりを増幅し金色に煌めく。
「……!!」
鈍い音が一つ。闇の中、共用廊下の僅かな明かりでも直樹の刺突は正確無比だった。男は今度は玄関まで吹き飛ぶ。
「裏事情をきりきり吐いてもらわんとな」
「この床もきっちり後始末してもらわねえとな」
ここが勝機。逃すわけにはいかない。おれ達は間合いを詰める。男はすでに起き上がっていた。にらみ合いが三秒ほど続く。だが、三度目の突きを喰らい、流石に体力も限界に達していたのか。男はくるりと踵を返すと、共用廊下の向こうに姿を消した。
「待てっ!」
直樹が追う。しかしそこで奴が見たのは、廊下の手すりを軽々と飛び越え、五階の高さから真っ逆さまに落ちてゆく男の姿だった。その時にはおれも直樹に追いつき、二人そろって下を覗き込む。男はまるで、何事も無かったかのようにマンション前の道路を走り、闇夜の中に消えていった。
十秒ほど間抜けな顔をしておれ達は階下を見詰めた後、どちらともなく口を開いた。
「「知ってたか?」」
そして互いの顔を見やり、深々とため息をつく。
「ああ、結局こうなるのかよ!今回こそは冷房の効いた部屋で寝て金が貰えると思ったのに!」
「『あの所長が持ってくる仕事はまともだったためしがない』か。一体何時までこの言葉は継続されるのやら」
「おれ達の任務達成率が百パーセントを割るときじゃないのか?」
「何はともあれ、だ」
「ああ」
おれ達は後ろを振り返った。そこに広がるは、照明を砕かれて闇に満ちた室内と、ぶちまけられた大量のワックスであった。
「一体どうしたものやら」
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