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その出会いが発火点

第1話 火中の栗を拾うもの

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 我が輩はカグリ、カタカナで表記する。
 昔は漢字もあったが捨てた。
 なぜならカタカナの方が格好いいからだ。
 グローバル時代に合っているだろ?

 パンッ。
「そのトラブル拾いましょう」
 心地いい柏手の音と共に俺は力強く答えた。
 俺はオールバックで決めた30代前半くらいの粋な男、黒のスーツと相まって外連味に溢れているが、それが外連味溢れる行動をすればマイナス掛けるマイナスがプラスになるように信頼できる誠実さを演出すらからあら不思議。
 尤もここが夕日テレビ局会議室という世界で最も虚実溢れる空間という舞台装置の影響も侮れない。
 「ほっほんとですか、どこも断られて困っていたんです。本当に助かります。では、お願いします」
  今にも死にそうな顔で話していた男の顔に生気が戻った。目の前にいる胡散臭い男を前にして救世主にでも出会ったかの如き顔で言う。そして逃がすまいと縋り付く口調で言葉を続けていく。
「同伴するスタッフについては当日に顔合わせするということでよろしいですか?」
「問題ない」
 頼られたとあっては依頼される側だろうが俺は完全に上からの態度で答える。
「分かりました。スタッフを搬送する車はこちらで用意しておきます」
「頼む。手はずが整ったらまた連絡する」
 出来る男を演出して俺はシステム手帳にスラスラ如何にも高級そう、そう一本数万円はしそうな黒光りする万年筆で書き込みながら答える。正直万年筆よりボールペンの方が手軽で使い易く安くメンテナンスフリーといいこと尽くめなのだがのだが、演出力が足りない。道具一つにも細心の注意を施す、まさに匠。
 演出は十分と、さらさらと踊っていたペンを止め俺は仰々しく手帳を閉めると優雅に立ち上がった。
「では失礼します。風見さん」
「それではカグリさん、よろしくお願いします」
 最後の演出で俺は風見と固い握手をすると会議室を出た。
 俺の名刺に刻まれた肩書きはコーディネイター。虚実溢れる芸能界で必要な物の入手、宿の手配、通りすがりの訳知りを用意したり、トラブル解決などすることを生業としている。コーディネイターのようでありネゴシエイターのようなこともする、その実何をしているのか不明な怪しい男でありながら、怪しい芸能界においては重宝されこの世界で生きている。

 今日の主な用件は終わった。後は帰る前に何かネタが転がってないか局内を一回りしてから帰るとするか。
 幾らまともな世界では役立たず、虚実溢れる芸能会では水を得た魚の俺でも油断大敵、経営努力を惜しんではいけない。
 そうだな今日は焼き肉にしよう。
 やくたいもなく第4スタジオの方に向かって歩き出した。歩き第4スタジオが近づくにつれ、番組収録の活気とは違う喧噪が聞こえてきた。 
 何事かと騒ぎの方に向かっていくと、大部屋に大勢が集まっており一人の少女が叱責を受けていた。
「どうしてくれるんだっ」
 中心人物らしき貫禄のある腹の出た初老の男が怒声を上げていた。確か最近名が売れてきた鑑定軍のプロデューサー仲島だったかな。そうか今日は何でも鑑定軍の収録日だったのか。
「でっでも美希奈、何もしてないし~」
 ハーフっぽい金髪の少女が怒られながらもどこか惚けた様子で抗弁している。
 日本人ほどに平たくも無く西洋人ほどにメリハリが無い、いいところに収まった目鼻立ちで東洋人のような滑らかな肌でいて白い。上手く売ればブレイク間違いない逸材の卵、追加で一味歌がうまいかダンスが上手いか演技が優れているかすればトップスターも夢じゃ無い。
「壺が倒れたとき近くにお前しかいなかったことは、ここにいる全てのスタッフが証言しているんだぞ」
「でも美希奈、触れてないし」
「そんな稚拙な言い訳が通るわけ無いだろ。お前が割ったんだ。
 これは、この後の鑑定軍に出す予定の国宝級の高い壺なんだぞ。幾らすると思ってるんだ」
 小娘相手に仲島は昭和のオヤジの如く遠慮無く怒鳴り散らす、もはや叱責するのが目的のようにも感じる。
「でも美希奈割ってないもん」
 強いな。自分の父親くらいの男にあれだけ怒鳴られても萎縮していない。
 肝の太い、スターの素質ばっちりだな。
「ああ、じゃあ壺が勝手に倒れたとでも言うのか。この壺が割れたとき近くにはお前しかいなかった。地震が合ったわけでも風が吹いたわけでもない、それとも何か周りにいるスタッフ全員が嘘を吐いているとでも言うのか」
 周りを囲むスタッフらしき群衆は熱弁を振るう仲島に同調するように頷き美希奈という少女に圧を掛けていく。
 魔女狩りを彷彿させる光景。
 下手に美希奈を擁護すれば擁護した者も魔女裁判に掛けられリンチにある。正義を唱え仲島というこの場での絶対権力者に逆らうようなスタッフはいない。
 実に素晴らしい火中の栗じゃないか。さぞや真っ赤な火に炙られ甘みが内部に凝縮されているのだろう。
「これは我が家に伝わる家宝で、明時代の壺で国宝級なんだ。億はくだらないんだぞ」
 このお宝を持ってきたらしい男が仲島に歩調を合わせ美希奈を責め立てる。お宝鑑定軍に出るゲスト芸能人なのだろう、確か高小路だったか
「君が割った事実はどう足掻いても変わらない。どうやって弁償するかよく考えるんだな」
 仲島は嫌みたらしくも高圧的な口調、実に絶妙のブレンドで少女に言う。
「む~~」
 美希奈は下唇を嚙んで必死に反撃の糸口を探っている。たまにチラッと視線をスタッフに向けて味方してくれないかサインを送るが誰一人答えるスタッフはいない。
「さあさあ、黙っていれば許されると思うなよ。
 さあどうする? なんならその・・・」
 仲島が舌舐めずりして美希奈に手を伸ばそうとするところで俺は動く。
「そのトラブル私が拾いましょう」
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