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第三十六話 夜遊びと男の甲斐性

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 俺とクラウンが小屋から出ると、慌てたように物陰から武装した者達が飛び出てきた。その数ざっと10人ほど。
「殿下どちらに行かれるのですか?」
 俺達を包囲するように囲む者達の中から、30ほどの男が一歩抜き出てきて尋ねてきた。表家業との兼業が多いクストーデにあって、堅気お仕事には厳しい面構えをしている。ざっと見、この男がこの場のリーダーだな。
「ん? ちょいとにいちゃんと思いで作りにな」
 クラウンは顎髯を摘まみながら好色そうな顔を晒す。流石年の功の芸達者、演技をしているように見えない自然体。
「殿下は女をご所望だ。折角だ、どっかいい店に案内しろ。何なら接待してくれてもいいぜ」
 そして俺は馬鹿殿の腰巾着を演じる。虎の威を借り、居丈高に言う。下手より上からプレッシャーを掛けた方が反応が見やすい。
「ご冗談を」
 男は苦笑いしながら答えた。
「冗談じゃないっ。何日も監禁されてこちとら女に飢えてんだよ」
 クラウンは両手をわなわなさせつつ地団駄を踏んで見せた。迫真の演技だ、分かっている俺ですら演技と見抜けない。
 本当に演技だよな? さっきの俺とヴァドネーレに当てられたわけじゃないよな?
「しかし店は戒厳令で全て閉められています」
「なら、女連れてこいよ。お前達ならそういうツテあるだろ」
 ああ言えばこう言う、いい横暴振りだ。
「しっしかし」
 男は困惑している。嘘でも何でも分かりましたとでも言えばこの場は収まるだろうに言わないのは頭が回らないのか、適当なこと言ってクラウンの怒りを後で買いたくないのか。後者だったら俺達を裏切るつもりは無いと言うこと、俺の早合点を心に秘めて大人しく小屋に戻ればいい。だが、その判断を下すのはまだ早計、もう少し情報が欲しいと、残りのメンバーをざっと見るとリーダーが困っていても助け船を出そうともせずフォーメーションを崩そうとしない。このフォーメーションはクラウンを外敵から守る為のものじゃ無い、こちらを包囲し逃がさないフォーメーション。俺達を敵と見なす意思が感じられる。ならなぜ仕掛けてこないで、こちらの三文芝居に付き合う?
 時間稼ぎ!! 援軍待ちか。
 どうする? これだけの情報で裏切ったと決断するか。
 無理だ。俺は其処まで頭がよくない。
ならもう一手、こちらから踏み込む。
「なんなら、そこの女が相手しろ。下賤の身で殿下に抱かれるなら光栄だろ」
 俺はこちらを包囲している中にいた一人の20代前後の女を指差しつつ傲慢そうな笑みを浮かべてみせた。
「私ですか」
 適当に選んだが、何気にこの女フォーメーションの中心にいるな。
「なかなかの器量だ。お前なら殿下の相手が勤まるだろ」
 なんか、敵対して無くても敵に回してしまいそうな傲慢な態度で挑んでいる。やり過ぎかも知れないが、悠長にゆっくりと時間を掛けてる暇は無い。ぐいぐい押して、反応を引き出してやる。
「あらあなたこそ私の相手が勤まるのかしら」
 俺に指差された、栗色のセミロングに軽くパーマを掛けた女はにこっと笑うと長刀をこちらに構えた。
 相手をするのは俺じゃ無いんだが、何か俺が女を抱きたくてクラウンを焚き付けていると思われてるのか?
「何の真似だ?」
「あら、男ならまず抱く資格があることを示してくれませんか?」
 女の子らしいフレアが付いた可愛い緑のワンピースを着たお嬢さん、街を普通に歩いていそうな格好をしておいて、長刀を構える姿は中々様になっている。流石民衆に紛れるクストーデ、このお嬢さんの方がリーダーの男よりクストーデらしい。
 この女、俺が主体だと見抜いているのか、頭が切れる女だ。
「ふっ身の程知らずが。殿下暫しお待ち下さい。この生意気な女を直ぐさま裸にひん剥いてやりますよ」
 煽るだけ煽って俺は一歩前に出る。
俺の目も曇ったもんだ、さっきの男じゃ無い、この女こそこの場のリーダー。つまりこの女の反応を見ればクストーデの意思が分かる。
「その下品な口切り落としてあげるわ」
 矛先をこちらに向けたまま、女は摺り足で躙り寄ってくる。
「安い挑発に乗るなっ」
 マギレウの一喝が響いた。
「マギレウ様」
「父さん」
マギレルが倉庫の影から出てきた、隠れて様子を見ていたな。ボスの所に行っていたはずなのに隠れて包囲網を構築していた。もし裏切ってないなら、何よりもまずクラウンに結果を報告するはず。つまり、裏切ったと言うことか。
まっそれはそれとして、今父さんって聞こえたぞ。パーマのねえちゃんはマギレウの娘なのか。
「よう、マギレウ。ボスの所に行ってたんじゃないのか。何か時間が掛かりそうだから俺と殿下はちょいと息抜きに出かけるから、手筈が整ったら迎えに来てくれ」
「街をうろつかれては困ります。衛兵に見つかったらどうします」
 マギレルは俺を無視してクラウンに話しかける。
「大丈夫だろ。衛兵は今城壁の防衛で大忙しだ」
 無視されても構わず俺は答えて一歩前に出る。
「それでも、万が一がある」
「でも殿下が溜まって大変なそうだぜ。やっぱり、そっちの女が相手してくれるか?」
「ぶっ殺すぞてめえ」
 大人の対応をしていたマギレウが突然顔を真っ赤にして怒鳴った。
「えっ」
「コホンッ。兎に角大人しくしていて下さい」
「なら別の女用意しろよ。そうすれば性欲の塊の殿下も大人しくなる」
  「おい、俺のイメージ悪く成り過ぎないか」
 クラウンが小声で抗議してくるが、構ってられない。それに別にオッサンのイメージがどれだけ悪くなろうが、俺関係ないし。
「分かりました。女を用意しますから、大人しく小屋に戻って下さい」
「了解。殿下は小屋に戻ってくれますか、女は俺が責任を持っていいのを選んできますから」
「ん? お前付いてくるつもりか」
「ああ、大事なのは殿下だろ。俺は出歩いたって問題ないだろ」
「お前には殿下の護衛を」
「そりゃ~此奴等に任せるよ。なんといっても秘密裏に護衛してくれてたんだろ? 感謝感激、殿下も後で褒美くれるぜ。
 っでお役御免となった殿下一の家臣たる俺としては、女でも見繕って点数を稼ぎたいわけだ。っと言うわけで女選び俺も付いていくぜ。
 あっ何なら俺も金を払うから気に入った娘がいたら、買ってもいいか」
「それ・・・」
「拒否はしないよな」
どんな風に女選びに俺を連れて行けない理由をこね上げるのかお手並み拝見。
「お前性格悪いな~」
 またオッサンの小声が聞こえるが無視。
「もはやここまでか。包囲を察知されて時点で勝負は付いていたか。
殿下、申し訳ありません。連行させて頂きます」
マギレウがさっと手を翳せば、成り行きを見ていた者達はさっと武器をこちらに向け、包囲網が完成した。
 それでも、こちらを囲んでいるのは10名ほど、倉庫にいた人数よりは少ない。命令に忠実な部下だけを揃えてきたということは、クラウンの連行は全員の同意を得られてないということか。
速攻で動いて正解だったな。
10人程度、しかも奇襲も防がれた状態では、こちらを圧倒できるとは思っていまい、むしろ戦力は互角とマギレウは考えているはず。
ならば、交渉は出来る。相手が殴り返せると思えば、人は話し合う。まだ決定的な破局を避けられる可能性がある。
「見損なったぞ。バーホにならまだしも、魔族に媚びを売るか」
 俺はマギレウを弾劾、やましいと思っているであろう部分を攻撃した。
「逆だ。バーホなんぞには殺されても媚びを売るか、魔族だからこそバロン級だからこその苦渋の決断だ」
「なぜなんだ。勝つ必要がないことは分かったはずだ。俺達を街の外に出してくれさえすれば、絶対に帝都に辿り着いてみせる。中央軍を動かしてみせる。それで助かるんだぜ。
それとも、そんなに俺が信用できないか」
「ふっ私はお前が思っている以上にお前を買っている。誰もが自分の生活が大事だと見放した孤児院をお前は支え続けた。シスターがいなければ娘のレーネの婿にしてもいいと思ったくらいだ。
 お前ならきっとやり遂げるだろう」
 マギレウは真っ直ぐ俺の目を見て言い切った。その目に嘘は見えない。
 アルヴァヴィーレの民であり、敗戦国の民である俺にそこまで言ってくれるのか。
「その言葉嘘とは思わない。だからこそなぜだっ」
「確かに中央軍が動けば魔族は退治されるだろう」
「いいことじゃないか」
 それの何が不満なんだ、何が不安なんだ? 
俺はマギレウの続く言葉を判決を聞く受刑者の心境で待った。
「だが、軍が来るまでどうする? もし軍が動くことを知った魔族が怒りに我を忘れて街に報復したらどうする。止める術などない我々は軍が来る前に滅ぶ。バロン級とはそういった力を持つ魔族なんだぞ。我々の目的は魔族退治ではない、街を守ることだっ」
「単なる問題の先送りだろ」
「先送りの何が悪い。滅ぼされたら先送りすら出来なくなるんだぞっ」
「先送りしている間に未来を失う者達がいないとでもいうのか?」
 確かに先送りをすれば街は延命するだろう。だが確実に個で犠牲になる者が出てくる。その者達は自分が犠牲になって街を生きながらえさせることに納得するのか?
いや犠牲になった本人だけじゃ無い、その縁者だって納得するのか?
少なくても俺は孤児院が犠牲になって街が生きながらえることを認めない。
「それでもだ、全てを失うよりはいい」
「お前やお前の家族が生け贄になっても同じ台詞を言えるのなら尊敬してやるよ」
 犠牲は貴いという奴に限って、自分や家族に番を回さないように誰よりも必死になる。
「余所者が街の未来に口を出すなっ」
 マギレウは俺に揶揄に怒鳴り返した。
「誤魔化すなよ。
 それに余所者にだって守りたいものはあるんだぜ」
「故郷を滅ぼされる辛さは、お前が一番分っているんじゃないのか」
「だからこそ、守るべきものは間違わないつもりだぜ」
「どうあっても引かぬか」
「お前こそ引けっ。先送りにして永遠に魔族に嬲らるれつもりか。自由も誇りも失い、家畜として生きるか」
「そんなことはさせない」
「どうやって。ここに殿下がいる最大のチャンスを自ら潰そうとするお前達がこの先どんなチャンスが来たら動くんだ?
伝説の勇者がふらりと立ち寄って魔族を滅ぼしてくれる奇跡を待つのか?」
「勇者なんぞ来なくても、いずれ中央も異常に気付く。そうなれば極秘裏に軍を動かしてくれる」
「他力本願に楽観論極まりだな」
「お前こそ、その綺麗事のもとに決起した暁にはどれだけの犠牲が出ると思っているんだ。お前こそ孤児院さえ助かればいいと思っているんだろうがっ」
「それの何が悪い」
「開き直ったかっ」
「別に最初からだぜ。お前だって街だ何だ言いながら、結局は自分の娘が助かればいいと思ってんだろ。
 違うというなら、その女をバーホに差し出せよ」
「何の意味がある」
「代わりに俺は中央に駆け込むのは辞めてやるよ。
 おっと嫌がらせで言ってるんじゃないぜ。その器量なら、バーホが嬲るのに飽きるまで、いち、いや二週間は時間が稼げる。その間孤児院には手を出さないだろ。その稼いだ時間で俺は別の方法で孤児院を救う」
「おっおまえ」
「お前は上として範を示せる。街も滅ばない。孤児院も助かる。
 ウィンウィンウィンの策だろうが。
 さあどうするマギレウさんよ」
「そんな条件飲めるか」
「やっぱり身内は可愛いか。恥じることは無いぜ、それが人間さ。
 じゃあ、やるか」
 俺はマギレウとの決定的破局を選んだ。マギレウにはマギレウなりの正義があり、俺には俺の正義がある。互いの正義がぶつかるとき、古来より戦いが始まる。
「思い上がるなよ若造。勝てると思っているのか」
「強がるなよ老害。その程度の人数で俺をどうこうできる積もりか。俺に動きを知られる前に人数を揃えられなかった時点でお前の負けなんだよ」
「舐めるなよ。10対7とは言え、彼等とてクストーデの精鋭決して遅れは取らぬ。
 ん? そう言えば女共はどうした?」
 ここに来て初めてマギレウはここまでの騒ぎになっても女達が出てこないことに疑問を持った。
「さあな。俺のセクハラに耐えられないって三行半を突きつけられてな、出てってちまったよ」
「おっお前、女共をまず逃がしたというのか。この交渉も時間稼ぎ?」
「殿下、申し訳ありませんが、殿下は男の子、自分の道は自分で切り開いて下さい」
「分かってるよ」
 クラウンは俺の提案に何の反対もしなかった。むしろ逃げろっと命令した俺にヴァドネーレの方がごねたくらいだ。
 いいオッサンだ、出来れば死なせたくない。もし生き残ったら酒でも飲み合いたいぜ。
「おっお前こそ馬鹿だ。殿下を自分を囮にしてどうするんだよ。本末転倒だろうが」
 マギレウの言うことは正論だ。街を救いたいならまず殿下を守り切らないといけない。でもな俺はさっき言ったとおり、守りたいのは街では無いんだ。つくづく俺は上に立つべき人間では無いな、身内贔屓が過ぎる。
 そんな俺だからこそ譲れない一線はある。
「男が女を守って何が悪い?」
 俺は啖呵を切ると同時に決別の意味を込めて構えたのだった。
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