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第十六話 底なしの悪意

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「それでティンピーラだが、野郎供に行方を調べさせた」
 アパートから出たところでアゼルが報告してきた。
 こいつは無骨のようでいて手回しがうまい。家が潰れなかったら、いい当主になっていたかもな。
「でっ?」
「どうも、ささやか亭に向かったらしい」
「いい根性してるぜ」
 ささやか亭はラット地区で比較的治安がいい所にあるスマイリーが働いている酒場だ。
 俺達はささやか亭に急行した。
 ささやか亭は、一階は酒場、二階は宿屋件御休憩所になっている、まっそういう店だ。スマイリーがここで客を取っているかどうかは知らない、聞く気もない。俺達は底辺だ、綺麗事だけじゃ生きていけない。俺だっていつ路傍の土に帰るか分からない身だ、軽々しく干渉してはいけない。いい男を捕まえて欲しいと願うだけだ。しかし、これがなかなかに難しい、なんと言っても筋金入りの駄目男吸引器だからな~。俺とアゼルが何度裏で男を追い払ったか。
「ふう~さて駄目男退治と行きますか」
ささやか亭に入ると既に隅で四人ほどでテーブルを占拠して飲み出しているティンピーラがいた。ここで彼奴が呑んでいるのは偶然じゃ無い、スマイリーがここでは働いているのを知っていて呑んでいる。多分、適当に飲み食いした後店に嫌がらせをする、スマイリーの名前を出して。そうしてスマイリーを店に居づらくして生活圏を徐々に奪っていく。
奴らは相手が弱いとみると何でもする。何でこんなにも悪意を振りまける、俺にとって魔族なんかより、よっぽど人間の方が怖い。
そう怖い、だが今はその恐怖を越える怒りが俺を突き動かす。
 つかつかと寄っていく。
「ご機嫌だな。ティンピーラ」
「てめえはシチハ」
 ご機嫌だったティンピーラの顔が俺を見て驚きに変わり、また強気に変わっていく。流石顔が売り物の竿師、コロコロ表情豊かで。
「俺は今回の功績で正式にヴィアの構成員になったんだぜ」
 立ち上がったティンピーラは胸に付けられたバッチを俺に見せつけてきた。拳を型取った意匠だが、それが何なのか知らない俺に見せつけてどうする。
「俺に手を出したらどうなるかわかってるよな? ん」
 だから知らねえって。
 俺は今目の前にいるお前と対峙しているんだ。それが分かっていないティンピーラは俺の知らないバックで俺を威圧して、汚ねえ面を俺の前に突き出してくる。
 イラっときたので、頬を気絶しない程度に加減して叩いてやった。
「てってめえ、俺に手を出したら」
 頬を抑え怒鳴ってティンピーラの顔が迫ってくる。これ以上見たくなかったので、足を引っかけ転ばしてやった。
「どうなるって?」
 転んだティンピーラの顔を踏みつけ俺は問う。
「てってめえ」
「そのヴィアってのは死んだ下っ端の仇を討ってくれるのか?
 死んだ部下を生き返らせてくれるのか?」
「えっ」
 今更気付いたような顔するなって。
 俺はお前を前回みたく脅しに来たんじゃない、命のやり取りに来たんだ。
「店主、迷惑をかける。こいつらの飲み代は後でキッチリ払うから」
「かまわねえよ。うちの店員に手を出したんだ、俺も無関係じゃねえ」
 あの様子、此奴等が暴れ出したらいい口実と潰す気だったな。流石ラット地区で商売をするだけのことはある。
「ありがと」
 俺はティンピーラの髪を掴むと、そのまま引き摺って行く。
「いたたたたっ痛い痛い離せって」 
店の出口まで来たところで希望通り道に放り投げてやった。
 さてどうしてやるかと転がっていくティンピーラの方に歩いて行くと店内にいた屈強な男が十人ほど、ぞろぞろと外に出てきた。四人以外は、どうやら別のテーブルで呑んでいたようだ。この人数、店への嫌がらせだけじゃない、俺を返り討ちにする気だったな。
「おいおい、それでもヴィラの正式構成員なんだ。手を出した以上、見せしめてやらねえといけないんだよ」
 そう思うなら、ここまでされる前に助けてやれよ。ティンピーラ人望無いな。
「おおっひゃひゃくおれをたしゅけろ」
 男達は俺とティンピーラの周りを囲みだした。そしてティンピーラは俺が視線を外した一瞬で男達の後ろに逃げ込んだ。
「度胸がいいね~兄ちゃん。そういう奴俺は嫌いじゃないぜ。此奴よりよっぽど好感が持てる。が、それは別にしてヴィアが舐められるのはまずいんでな」
「人気商売は大変だな」
「全くだ。俺の名はシャンタ。どうよ、ここで詫び入れて手を引くなら見逃してやるぜ」
 此奴逃げ道を用意して俺の心を折りに来たな。この場は見逃しても、後日追い込みを掛けないとは言ってない。心の緊張が切れたところで、奴らはやってくる。そして、一度逃げてしまえば、もう踏ん張りはきかない、後はズルズルと奴らの要求を呑み続けて落ちていくだけ。
 考えすぎだと思うか?
 被害妄想だと思うか?
 違う、考えなさすぎの楽観的すぎるだ。
 奴らの悪意は俺の予想の底を抜けていく。地獄だと思った更に底に突き落とされていく人を数限りなく見てきた。
 魔族に滅ぼされても同情できないほどに人の持つ悪意は底がない。
「おっお前何を言って」
 シャンタの台詞の真意が読み取れないティンピーラは抗議の声を上げる。なんかティンピーラ偉そうにしていたけど、どう見てもシャンタの方が上なんだが。煽てられて調子に乗っただけか。まっそれでもスマイリーに手を出した事実は変わらない、落とし前は付けさせて貰うぜ。
「そいつはどうも。だが、俺は悪くも無いのに詫びる気はない」
「ヴィラに推薦してもいいぜ。今勢いのある組織だ、お前なら成り上がれるぜ」
 俺を認めた甘い言葉に乗って舎弟に成ったが最後、骨の髄までしゃぶり啜られる。
「悪いがお断りだ。お前如きの舎弟になる気はない。
この溜まった怒りさっさと吐き出したいんだ。とっととやろうぜ」
これ以上彼奴等の悪意を浴びてたら、酔ってしまいそうだぜ。 
「そうそう、待ちくたびれたぜ」
 常に俺をフォローするように背後にいたアゼルが言う。此奴も今の話を聞いていただろうに、逃げないとは馬鹿だな。
「後ろは任せたぞ」
「任せろ」
「言っとくが、この程度の相手に負けても助けないぞ」
「はいはい、きびしいねえ~兄弟は」
「ちっ粋がるなよ」
 若造如き軽く騙そうと思っていた当てが外れたシャンタが顔を顰めて攻撃態勢に移ろうと腰を沈めようとするタイミングで、すっと間合いに入り込み膝裏に蹴りを叩き込んだ。
「へっ」
 シャンタが何が起こったのか理解するより早く、低くなった米神に回し蹴りを叩き込む。白目を剥いて崩れ落ちていくシャンタの髪を掴むと、俺はそのまま振り回す。
呆然としていた残りに向かって投げつけようとしたが、その前に髪の毛が抜けてすっとんで行ってしまった。
「うぎゃ」
 それでも一人には当たったから良しとする、ついでに禿げたらご免ねシャンタさんってね。俺はナイフを抜こうとした一人がナイフを抜くより早く必殺ブーツキックを叩き込む。ボキグキと肋を砕く確かな感触に安心して足を引き抜き、残り二人に向き直す。
 二人は既にナイフを抜いて腰だめに構えていた。
 やはり暴力に生きる男、ここで覚悟を決めたか。二人は防御を考えない相打ち狙いの鉄砲玉アタックをするつもりだ。
「死ねやっ」
「くたばれ」
 二人同時に俺に向かって突進してくる、対する俺は。
「こいやおらー」
 俺自ら相手に向かって走り出した。
「なっ」
 思いがけない行動に男の一人が驚愕し、一人は構わず突進してくる。
 俺は迷わず突進してくる男に向かって跳躍し、そのまま伸ばした足で無防備になっていた顔面にブーツキックを叩き込む。
「ぐぼっ」
 蹴り込んだ反動を利用して再跳躍、驚くもう一人の男の顔面にもブーツキックを叩き込んだ。
「ば~か、そんな特攻が効果あるのは最初だけだよ」
 そう俺は既に一度この攻撃を食らったことがある。その時は革ジャンを突き破り、少し腹から血が出たっけな。あの時は痛くてしょうが無かったが、何とか生き残り今こうしてその経験が生きている。
「さて、これで終わり」
 最後に俺はシャンタの下から這い出ようとしていた男の顔を踏み潰してノルマを終わらせた。
 後ろは振り返らない、真っ直ぐティンピーラの元へ向かう。
「さてと、やっと本来の目的が果たせる」
「ばっばきゃな、う゛ぃあのこうせいいがあっというまに」
俺は腰を抜かして地面にへたり込んでいるティンピーラの前に立った。
「さて、俺は言ったよな。2度とスマイリーに手を出すなと。
 こんな簡単な約束すら守れないなら、もう殺すしかないよな」
 俺はティンピーラの胸倉を掴んで無理矢理立たせた。
「言う言うから、お前の嫁はボルサネーラのヴィア支部にいる。
 勿論俺は手なんか出してないぞ、その前にガイフの親分に献上しちまったんだよ」
「知るか。誰がシーラの話をしている、俺はスマイリーの話をしている」
 頭の悪い奴と話すのはイライラする。俺はティンピーラの顔面を殴りつけた。
「はがががっ」
 自慢の顔は砕け少し陥没したかな。
「痛みは噛みしめたか? それがお前がこの世で感じる最後の感覚だ」
 言って分からない奴は、殺すしかない。1度はチャンスをやったんだ、ここじゃ聖人って呼ばれても不思議じゃないほど慈悲深いぜ。
 俺は殺意を込めた拳を振り上げ、その拳が掴まれた。
「辞めとけ兄弟」
 振り返れば見える多少殴られた顔をしているアゼルにますます苛立つ。
 ちっなんで俺がアゼルが怪我して苛つくんだよ、ヴィザナミ人の落ちぶれ貴族様なんてどうなったっていいだろ。いいんだよっ。
「離せっ」
「幾らここがラット地区でも真っ昼間のこんな往来で堂々と殺人はまずい」
「かまうか。
なら込み上がる怒りを俺はどうやって晴らせと言うんだ、飲み込んで我慢するのか?
 冗談じゃない、ご免だね。
 ティンピーラを殺す、でなければこの怒り消せやしない」
「仲間のためなら激怒する兄弟は好きだぜ。でも兄弟が捕まったらスマイリーが悲しむぜ。勿論俺もマシェッタもだ」
 怒りで真っ赤に滾る脳裏に、スマイリーの顔が浮かぶ。
 ついでだが、アゼルにマシェッタ。
 けっクソくだらねえしがらみだ。俺のしがらみはあの日全て燃えた。全てを無くした。
 なのに気付けば新たなしがらみだ。
 それもヴィザナミ人とのしがらみだと、お笑いだぜ。この際だこの一撃で粉々に砕いて精算してやるぜ。
 それで万事うまくいく。
 ティンピーラを殺す決意で睨み付ける。
 なのに拳はぴくりとも動かない、動かせない。
「言っとくが、兄弟がどう思うとも俺はこの手を離さないぜ」
 振り返ればアゼルが必死の思いを込めて俺の拳を掴んでいる。
「ならこの糞虫をどうする? 此奴は逃がせばまたやってくる。今回は良かったが、次は取り返しの付かない事になるかも知れないんだぞ。それこそお前のマシェッタに累が及ぶかも知れないぞ。
 誰かが甘さを捨てなきゃならないんだよ」
 甘さは美徳じゃ無い、非情こそ人を救う。
 同盟を過信した甘さで国が滅んだ。
 神様が助けてくれるなんて道徳を守っていたら、孤児院の連中は今頃餓死か良くて奴隷だ。
 このしがらみを守りたいなどと甘い幻想を抱いて甘い対応をすれば、それこそ取り返しの付かないしっぺ返しが来る。
 なら例えアゼル達と二度と会えなくなろうとも。
そんな悲しみは時間が癒やしてくれる。世の中、時間で癒やせない悲しみがある。そんなもん俺はこれ以上抱えたくないんだよっ。
「だからといって、兄弟が全てを背負う必要は無い」
「ならお前がどう背負ってくれる?」
 返答次第では俺はアゼルをぶっ飛ばしティンピーラを殺す。この禍根は絶対ここで断つ。
「奴隷商に売ろう。その金でスマイリーや嫁さんにいい物喰わせてやれよ」
「お前悪魔か」
 思いがけない発想だった。俺では絶対に思い付かない。
 奴隷商に売る。
 あの外道共に売る。
 こんな事思い付くなんて、此奴は悪魔か。
 だが悪魔の発想だけに俺の心にストンと落ちた。
「此奴には死ぬより辛いかもな」
 俺の手から力が抜け、ティンピーラがストンと地面に落ちた。
「あっ」
 俺の怒りもストンと落ちて、冷静に
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