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第四十五話 涙の意味

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 またお前一人だけ助かった。
 仲間を見捨ててお前一人だけが助かった。
 お前はいつもいつも自分が助かる為に仲間を見捨てていく。
 歩いた後にどれだけの屍を敷き詰めて道を作っていく。
 誰もお前の後になどに続きはしない。
 ただ一人屍の道を往く。
 それがお前の人生だ。

「違うっ」
 悪夢に目が覚めると同時に近付く気配に気付いた。
 ここは天井は高く広い空間に木箱やら物が雑多に置かれた倉庫の中、壁により掛かって寝ていた俺は毛布を剥ぎ取ると同時に剣を手元に引き寄せた。そのタイミングで出入り用のドアが開けられスティンガーが入ってきた。その顔に一気に緊張感が高まる。
「こんなところにセーフハウスを用意しておいたのか。抜け目の無い奴だ」
「良くここが分かったなとは言わないさ」
 ここは行商人コロウとして利用している貸倉庫。それなりに手を尽くしてクストーデと関係の無い業者から借りた倉庫だが、まあ街全体が敵になっとあれば見つかるのは時間の問題だったろう。倉庫にある天窓からは日が入り込んでいる。寝ている間に夜は明けていたようだ。窓から差し込む日差しの角度的にまだ午前中か、それでも二~三時間は眠れたようで体はぐったりとまだ鉛気味のようだが頭はスッキリしている。むしろ、これだけ寝られて上出来といったところだ。もう一時間早かったら意識は泥沼の其処に沈んだままで、近付く気配にすら気付けなかったかも知れない。一人の時にこれだけ深く眠るのは危険な賭だったが、眠らなければならないほどに疲れていた。
「でっ何のようだ。こっちは折角の段取りに横槍を入れられて頭にきているんだ。やり合うなら大歓迎だぜ」
 俺は剣を取って立ち上がった。此奴が余計なことをしなければヴァドネーレ達があんな死地に来ることは無かったはずだ。今頃どっかでのんびりと俺の悪口を言いながら身を隠していたはずだったんだ。
「おっと勘違いするなよ。女達を捕まえにいったのが俺でなかったら、女達はバーホに献上品として差し出されただけだったぜ」
「お前等如きに捕まるようなヴァドネーレ達じゃ無いぜ」
「自分の女達を信頼するのはいいことだ。ならまずは約束を果たさせて貰う」
 パチンとスティンガーが指を鳴らせば、ティラとヴィオーラが怖ず怖ずと倉庫に入ってきた。
「お前等無事だったのか」
 ほっとした声を出してしまった俺の方にティラとヴィオーラは近付いてくる。
仕掛けるならこのタイミングか、人質解放の瞬間こそ気を引き締めないと。即応できるように僅かに腰を落としておく。二人は丁度壁のように俺の前を塞いでしまいスティンガーをブラインドしてしまうが、そこはそれ胸と腰のラインを結ぶ二人の曲線が描く楕円の穴からスティンガーを見据える。二人がスタイル良くて助かったぜ。
「私とヴィオーラは裏切られた時の為の保険として残っていたんだ」
 何事も無く俺の前に立ったティラが後ろめたそうに告げる。明るいお姉さんの感じだった顔に影が射している。スティンガーから大体の話は聞いているのだろう。
 普通に考えれば、あの爆発の中心にいては助からないだろう。バーホを道連れに出来たのがせめてもの慰めか。慰めか? バーホの命とヴァドネーレ、シーレ、ベレッタ三人の命が釣り合うとでも俺は思っているのか?
「そうか」
 俺は自問を抱えつつ言った。それにしても、ヴァドネーレも脳筋のようでちゃんと善後策を考えていたんだな。衛生兵のヴィオーラは戦闘力が無いから待機として、万が一の時にはハンターで一番潜伏や潜入に長けているティラを残したのか。
「でっでも、ヴァドネーレ達が・・・」
 ヴィオーラが泣きそうな顔をしていたので、思わず手が出てしまった。
「お前達が無事で、俺は嬉しいよ」
 頭を撫でられ優しい声を掛けて貰える。ヴィオーラは天地がひっかく返ったとばかりに目をまん丸にして固まっている。
 そんなに驚くのかよ、まあ思わずしてしまった俺自身も驚いているけどな。この俺がヴィザナミ人の女に優しくするなんてな。だがこの胸に渦巻く気持ちに答えが出た。いや出てしまった。出てしまった以上もう自分を誤魔化し続けられるほど俺は強くない。
「ふふん~いいな~お姉さんには優しくしてくれないの?」
 笑いながらじゃれついてきたティラには優しくその突き出たおっぱいをむにゅっと揉んでやった。
「いやん」
 甘い声を出すティラを胸を押しながら押しのけ、俺は二人を背後に一歩前に出る。
「まあ何にせよ、これで後腐れ無し。心ゆくまで決着を付けられるな」
 渦巻くこの思い、それは怒り。
 俺の女達を巻き込むのも構わず爆弾を投げ込んだ此奴に怒りが収まらない。
 例えそれが、そうしなければプスィッタに全員殺されるだけだったとしても。
 例えそれが、スティンガー自身すら死を覚悟した賭だったとしても。
 例えそれが、女達を守ってやれなかった不甲斐ない俺自身への怒りだとしても。
 知るかっ、この怒り吐き出さなければ心が死ぬ。
「おいおい、血の気が多すぎないか。俺はお前と戦う気はない」
 スティンガーは戦う気はないとばかりに両手を挙げた。
「なら何しに来た?」
 約束を守る為? 此奴がそんな玉か、役に立たなければ切り捨てる。それが俺のスティンガーに対する評価だ。
「手を組まないか」
「今更組んで何をする。もう大勢は決した、覆せまい」
 俺が生きていようがスティンガーが生きていようが、この街は戦場になる。後は誰が生き残れるかくらいだ。
「いや未だだ。バーホの生死は不明だが、その後の動きが無いことから手傷は負わせているはずだ」
それがどうした。今更そんな些細なこと。
「俺はこれから抗戦派を集めて、バーホに付くことを決めた連中を始末していく。お前も手を貸せ。勝った暁にはそれなりの地位をくれてやるぞ」
 未だ権力闘争をするつもりかこの男は。例え握れたところで戦争という荒波に攫われる砂上の椅子だというのに。
「くだらない」
「なんだとっ」
「あきらめの悪い男は嫌いじゃ無いが、大局が見えていないな。その程度の器なら大人しく街の隅にでも隠れていろ」
「俺に向かってそんな口を・・・」
「そもそも、その言いぐさが気に入らない。
 俺がお前の下、逆だろお前が俺の下に付け」
 俺はスティンガーに向かってサムズダウンしてやった。
「なるほど、これはどちらが上か躾けてやる必要があるな」
 スティンガーから殺気が膨れ上がる。
 いいぞ、ここで流されたら俺もお手上げだからな。流石に戦う気のない者に斬りかかるようなマネは出来ない。
「ここで二人が潰し合う。其処に何の利も無いことが分かっていて敢えて乗る。所詮はその程度の器とも言えるが。
腑抜けじゃ無いことは認めてやるよ」
「差し出した手を払いのけたこと、後悔するがいい」
 スティンガーは手を下ろすと同時に懐から銀色に輝く銃を取り出した。銃、それも貴族が護身用に懐に忍ばせている単発式じゃない。あの中央部にある円筒形の部品、リボルバータイプ。しかも銃身部はナイフと一体になっている。
「おいおい、凄いじゃ無いか。遺跡から発掘したのか?」
 あの精巧さ、今の工業力で作り出した物にある稚拙さが一切無い。神は細部に宿るという格言を体現しているかのような銃だ。
「違う。これは魔王大戦時に戦士だった祖先が残した家宝だ」
 銃弾も厄介だとして、あの一体になっているナイフ。下手をすれば俺の相棒と同じ強度を持っている可能性がある。こんな数打ちの剣じゃ数合も打ち合えないぞ。
 だがそれがいい。弱い者いじめじゃこの怒りは晴れやしない。
「その顔。この銃の価値を分かっているようだな。今なら笑って許してやるぞ」
「嫌だね~たまにいるんだよな。武器の凄さを自分の力と勘違いして調子に乗っている奴。
 いいさ、ハンデだよ坊や」
「勘違いかどうかその身をもって教えてやるぞっ」
 軽口を真に受け激高するとは、戦いは剣を抜いてから始まる物じゃ無い用意ドンで始まる物じゃ無い、それが分かってないから坊やなんだよ。頭も切れ、体格も良く、才能もあるのだろうが、あの銃を持つには格が無かったな。
「お前がな」
 俺が剣の柄に手を掛けた瞬間。
「やめなさい」
 鋭い一喝が響き、見ればレーネが入口にいた。
「何をしに来た」
 剣は柄から親指一本分引き抜かれ、スティンガーは指を引き金に掛けている。まさしく引き返せない一歩手前で掛かった声、くだらないことなら今度こそ思い知らせてやる。
「これを見なさい」
 レーネが俺とスィティンガーに紙を放った。戦闘態勢を崩さない俺にティラが拾うと俺の方に掲げて見せた。紙はアーグレ都市政府が出したが出したお触れだった。
『昨夜、アーリア姫は三名の部下と共にバーホ様を殺害しアーグラを支配すべく謀反を起こした。幸い勇敢なるバーホ様によりその陰謀は砕かれた。
アーリア姫はバーホ様の妹君とは言え、その罪は重く第一級犯罪、国家反逆罪に匹敵する。よって、本日アーリア姫及びヴァドネーレ、シーレ、ベレッタの4名を市中引き回しの後、中央広場に到着後陵辱刑に処する。
また、この他にもこの犯罪に荷担した者がいる模様で目下犯人を捜査中であり、情報の提供を求める。
なお、己がこの犯罪に荷担してないと身の潔白を立てたいならば、成人男子は中央広場に集まりこの罪深き女達を犯せ。そして、バーホ様への忠誠を示せ』
「なるほど、バーホは人間の弱い部分を付いてくるのがうまい。案外アーグラをまとめ上げるかもな」
 お触れを読んだスティンガーが感心したように言う。
「まとまるですって!? こんな下劣な奴を認めるっていうの」
 レーネがスティンガーの言葉に憤慨する。同じ女として思うところがあるのだろう。
「これは反対派を誘き出すのが目的じゃ無い。誘き出されなかったとしてもだ、バーホとしてはいいのさ」
「どういうことよっ」
「バーホはアーグレの民全員と犯罪意識を共有する気なんだろ。三人は兎も角、今まで人気のあったアーリア姫を犯したとあっては罪の意識を抱く、後ろめたさを抱える。そうすれば今後バーホを悪として反抗しにくくなる」
「街のみんながこんな醜悪なことに参加するとでも」
「するさ。参加しなければ目を付けられて反逆者として逮捕される」
「でもみんながしなければ」
「無理だね。最初の一人は辛いだろうが、一人出れば同調圧力で雪崩を打ったように出てくるさ。砂糖に群がる蟻の如く女に男が群がっていくさ」
「だからそんな最初の一人になるなんて恥知らずなことを誰がするのよっ」
「お前のオヤジさ」
「えっ」
「他の市民が続きやすくする為に、最初はバーホに寝返ったこの街の有力者連中にやらせるだろうな。踏み絵だ」
「まってそれじゃあお父さんは」
「アーリア姫を犯すか、その場で処刑されるかの二択だ。その二択なら、お前のオヤジはアーリア姫を犯すだろうさ」
「そんな」
 レーネもスティンガーの筋道通った話と父親の性格からその未来図を思い描けたのか、ぐったりと膝を付いた。
「くっく、こりゃ仲間割れをしている余裕は無いな。なあ、おまえ・・・」
 スティンガーが俺の顔を見て絶句した。
「お前、泣いているのか?」
 スティンガーに言われ頬に手を当てて初めて悟った。この生暖かい水滴、俺は泣いていたのか。
 ヴィザナミ人に対する俺の怒りは未だ色褪せない。
 ヴィザナミ人など滅べばいいと思っている。
 これがヴィザナミの女なら恥辱ショーを笑いながら見学していただろう、間違いない。
 だがいつの間にかヴィザナミの女という記号からヴァドネーレ、シーレ、ベレッタという生きた女になってしまっていた。
 これは罠。待ち構えるはバロン級。
 勝ち目はほぼ無い。
 スティンガーを笑ったように大局を見るなら逃げるべきだ。
 俺の大局、それは孤児院をソネーレを守ること。
 プスィッタをハメて配下にする計画が崩れた以上、近い未来に始まるヴィザナミ軍とプスィッタの戦いの戦火から俺は孤児院をソネーレを巻き込まれないように立ち回らなくては成らない。
 俺は今死ぬわけにはいかないんだ。



 そうやって言い訳して俺は屍の道を築いていく。
 国が滅ぼされたとき、俺は何も出来ない子供だった。
 だが今の俺は無力な子供じゃ無い、頭も手もでかくなった。
 プスィッタには敵わない、だがそれは武力での話だ。単に戦闘力が高い生物だけが生き残るなら地球上に数億の種類の生物は存在しない。とっくに人間と家畜だけになっている。ルールが決められたゲームじゃ無いんだ、無限の選択肢があり、その中には求める未来をたぐり寄せる選択肢は必ずある。
 人生七転八倒、窮地にて九起は必ずある。
「それでお前はどうするんだ?」
 5人の視線が俺に集まった。
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