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第五十二話 積み上げてきたもの
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音羽に連れられて前埜ビルの地下にある道場に来た。500平方はあるかという広さで板張りになっている。隅にはサンドバックやら巻き藁やら畳などの器具が置いてあったり、入った左側の壁一面が鏡張りになっていたりと、なかなかの充実した施設だ。
ここで前埜ビルに勤めている探偵や警備員の人達が訓練をしているのだろうが、今は誰もいない。地下だからだろうが窓も無く外の喧噪も全く響いてこない空間、世界から隔離されている気分になる。どうせならこんな野郎で無く時雨さんと世界から隔離されたかった。
音羽は道場の隅の方に行くと着替えることは無くショルダーバックを置く。これから始まる戦闘で服が汚れる心配も無いと言う訳か。俺もコートを脱ぐこと無くその近くにショルダーバックを置き、コートの内側に仕込んでいた七段警棒を取り出して置いた。
「そんな物を持ち歩いているのか」
音羽は少し驚いたように言う。
「良くお前みたいな奴に絡まれるんでね」
「ふんっまあいい。ハンデだ、使ってもいいぞ」
「そりゃどうもっ」
俺は音羽を無視して警棒を置いたまま道場の中央にさっさと向かいつつ、鏡張りの面を右手に来るようにする。勝負が始まったら左回りに移動して音羽に鏡を背負わせるようにしないとな。
「思い上がりやがって」
苛つく音羽も俺に続き、互いに3メートルの距離で向かい合った。
「断っておくがここについて来た以上、これはお互い同意の上での稽古だ」
何が稽古だ明らかに俺に対するリンチだろうに。こういう奴ほどぐだぐだ逃げ道だけは用意してい置く。そして誰も助けちゃくれない、正義の味方はこの世にはいない。っと思っていたんだけどな、時雨さんに出会えるまでは。
それでもここで時雨さんの助けを期待するようじゃこれから隣に立つ資格は無い。
「覚悟が足りないな。これは決闘だろ」
此奴にとっては弱い者苛めの遊びでも、俺にとっては命を賭けた決闘。
何をしようとの負けられないんだよ。
「ふふん決闘」
音羽は俺の覚悟を鼻で笑う。その隙に俺は左側に躙り寄っていく。
「一分で終わらせてやるよ」
「!」
言った瞬間音羽が俺の視界から消えた。
どこだ?っと音羽の姿を探そうとした瞬間腹に衝撃を受けた。
「ごふっ」
くの字に曲がって晒された顎を下から掌底で吹っ飛ばされた。
「がはっ」
脳がガンッと揺らされ酩酊、このまま気持ち良く意識とおさらばしていく。
負ける。このまま手も足も出ず負ける。
思い上がっていた。スキンコレクターと少しは戦えた経験からもう少し勝負になると思っていたが、まるで相手にならない。
冷静に考えれば当たり前のことが当たり前に起こっただけのこと。才能がある上に積み重ねてきた者達とまともに戦って勝負になるわけが無い。
結局、俺は俺が積み重ねてきたもので勝負するしか無いということだ。
俺が人を凌駕する積み上げてきたもの。
それは、地獄。
思い出せ、今でも時々魘される心が張り裂けるほどの闇を。
ぎゅっと胸がブラックホールに呑み込まれる苦しさに、意識が繫がった。
足を踏ん張り、目を見開く。
「ほう、気絶しなかったのか」
「うおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
雄叫びを上げた。そうで無ければ意識が闘志が消えてしまう。
「頑張る番張る」
馬鹿にする音羽の前で俺は辛うじて立っていた。
足がぷるぷる生まれたての子鹿のように震えているが立っている。
それでも、俺はまだ立っているんだっ。
音羽はつかつかと無防備に近寄ってくるが俺は立っているのがやっと何も抵抗できない。
「はっは、ほら褒美をやるぞ」
音羽は俺に屈辱を与えるべく拳で無く平手で俺の頬を数回叩く。俺に屈辱を刻み嗜虐心が満足したのか音羽は頬が腫れる俺の襟首を両手で掴み上げた。
「ぐほごほ」
ただでさえ呼吸が苦しいのに首が絞まって苦しい。
「これで俺とお前の格の違いが分かっただろ。
時雨と別れろ」
俺は音羽の腕を掴み引き剥がそうとするがビクともしない。呼吸がまともに出来なくて力が入らないのもあるが、根本的に腕力が違う。何か特殊な技で腕力を引き上げているな。
「無駄な足掻きを。その根性に免じて、今時雨と別れると言えば、病院送りだけは許してやるぞ」
「病院送りとは優しいねえ~」
俺は最高にかっこつけてニヒルに笑って見せた。
「ん?」
「俺は殺す気だぜ」
「どういう意・・・ぐぎゃあああああああああああああああああああ」
音羽の体中にパチパチと黄金に輝くスパークが無数に湧き上がった。
「俺は弱者だからな勝つまで追撃の手を緩めないぜ」
バッテリーが一瞬で空になる最高出力の一撃を受けて白目に成り棒立ちになった音羽の顔面に拳を固め俺の全体重、いや俺の全てを乗せた渾身の一撃を叩き込む。
「はあはあ」
俺の足下には気絶した音羽が転がっている。勝負は付いたがここで油断はしない、俺はコートから梱包用のスナップバンドを取り出し音羽を縛り上げる。便利な時代で捕縛術のない俺でも簡単確実に捕縛できる。
音羽は俺が七段警棒を置いたことで俺を素手だと錯覚した。あれは正々堂々戦う為じゃない、俺が素手だと思い込ませるトラップ。それでも此奴が本気で攻めていれば、そんな小細工が発揮される暇も無かっただろう。掴み掛かるくらいは出来るかと思っていた俺は姿を捕らえる暇も無くテクニカルノックアウトになった。さっさと病院送りにすればいいものを勝利を確信し俺をいたぶりだした。おかげで特製射出式スタンガンを叩き込めた。
俺は弱者、最初から打てる手は全て打って挑んでいた。なのに此奴は俺を舐めきっていた。その心構えの差が勝負を分けた。
どんなに鍛え上げようと人間という枠組みから逸脱しない限り人は人を倒せる。
さて勝つには勝ったが、この後の処理をどうする?
こういう手合いは必ず復讐に来る。
これは同意の上での稽古、事故はつきものだな。
「何をしているっ」
前埜が血相を変えて道場に入ってきて怒鳴った。その後からキョウが続いてくる。
ちっまだ処理をしてないのに、いや逆かうまくいけば穏便に処理できる。
「ちょうどいいぜ」
「これは、君がやったのか?」
「そうだ」
不思議なことに前埜さんは俺が音羽を倒したというのにそんなに驚いていない。
「嘘、音羽を倒したというの」
対照的にキョウは神の奇跡を目撃した表情で俺を見ている。驚きすぎだろ。
「言っておくが正当防衛だ。仕掛けてきたのは此奴だぜ」
「それは分かっている」
「そうだ。早速、借りを返して貰おうか」
「借り?」
「前埜さんの仕事を引き受けただろ」
「そうだったね。それで?」
「代わりに俺の仕事も引き受けてくれ、当然報酬も払うぜ」
「何をしろと」
「俺の弁護人頼む。此奴が何かいちゃもん付けてきたら弁護を頼む」
此奴自身には勝ったが、此奴の背後には名家の力がある。こういった手合いが俺に負けた後に取る行動は決まっている。恥も無く上の力を使う、先生だったり先輩だったりチンピラ仲間だったり。決して一人でやり返しに来ない。
「それは正式な依頼かい?」
「そうだ。500万から依頼料は引いておいてくれ」
「引き受けよう。
だが料金は入らない。彼の監督責任は私にある」
なんだ此奴もまだまだ半人前じゃ無いか。
「そういうのは入らない。俺はプロとして前埜さんを雇いたい」
「分かった。後で請求書を送ろう」
前埜さんは料金を受け取った。つまり仕事だ。仕事である以上前埜さんは力の及ぶ限り俺を守ってくれるだろう。俺も恥も外聞も無く強者に縋るぜ。ただこれで益々俺は前埜さんに頭が上がらなくなるな。
「ありがとう。それじゃ俺はこれ以上厄介になる前に消えるわ」
俺はさり気なくカバンを二つ持つとさっさと退散しようとした。
「ちょっと待ちなさいよ。ふらふらじゃない。私が付き添ってあげるわよ」
キョウが心配そうに言う。今思い付いたが、キョウが前埜さんを呼んできてくれたのかな。だったら、此奴にも借りが出来たな。
「甘えさせて貰う。お礼はデラックスパフェでいいか?」
「馬鹿」
ここで前埜ビルに勤めている探偵や警備員の人達が訓練をしているのだろうが、今は誰もいない。地下だからだろうが窓も無く外の喧噪も全く響いてこない空間、世界から隔離されている気分になる。どうせならこんな野郎で無く時雨さんと世界から隔離されたかった。
音羽は道場の隅の方に行くと着替えることは無くショルダーバックを置く。これから始まる戦闘で服が汚れる心配も無いと言う訳か。俺もコートを脱ぐこと無くその近くにショルダーバックを置き、コートの内側に仕込んでいた七段警棒を取り出して置いた。
「そんな物を持ち歩いているのか」
音羽は少し驚いたように言う。
「良くお前みたいな奴に絡まれるんでね」
「ふんっまあいい。ハンデだ、使ってもいいぞ」
「そりゃどうもっ」
俺は音羽を無視して警棒を置いたまま道場の中央にさっさと向かいつつ、鏡張りの面を右手に来るようにする。勝負が始まったら左回りに移動して音羽に鏡を背負わせるようにしないとな。
「思い上がりやがって」
苛つく音羽も俺に続き、互いに3メートルの距離で向かい合った。
「断っておくがここについて来た以上、これはお互い同意の上での稽古だ」
何が稽古だ明らかに俺に対するリンチだろうに。こういう奴ほどぐだぐだ逃げ道だけは用意してい置く。そして誰も助けちゃくれない、正義の味方はこの世にはいない。っと思っていたんだけどな、時雨さんに出会えるまでは。
それでもここで時雨さんの助けを期待するようじゃこれから隣に立つ資格は無い。
「覚悟が足りないな。これは決闘だろ」
此奴にとっては弱い者苛めの遊びでも、俺にとっては命を賭けた決闘。
何をしようとの負けられないんだよ。
「ふふん決闘」
音羽は俺の覚悟を鼻で笑う。その隙に俺は左側に躙り寄っていく。
「一分で終わらせてやるよ」
「!」
言った瞬間音羽が俺の視界から消えた。
どこだ?っと音羽の姿を探そうとした瞬間腹に衝撃を受けた。
「ごふっ」
くの字に曲がって晒された顎を下から掌底で吹っ飛ばされた。
「がはっ」
脳がガンッと揺らされ酩酊、このまま気持ち良く意識とおさらばしていく。
負ける。このまま手も足も出ず負ける。
思い上がっていた。スキンコレクターと少しは戦えた経験からもう少し勝負になると思っていたが、まるで相手にならない。
冷静に考えれば当たり前のことが当たり前に起こっただけのこと。才能がある上に積み重ねてきた者達とまともに戦って勝負になるわけが無い。
結局、俺は俺が積み重ねてきたもので勝負するしか無いということだ。
俺が人を凌駕する積み上げてきたもの。
それは、地獄。
思い出せ、今でも時々魘される心が張り裂けるほどの闇を。
ぎゅっと胸がブラックホールに呑み込まれる苦しさに、意識が繫がった。
足を踏ん張り、目を見開く。
「ほう、気絶しなかったのか」
「うおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
雄叫びを上げた。そうで無ければ意識が闘志が消えてしまう。
「頑張る番張る」
馬鹿にする音羽の前で俺は辛うじて立っていた。
足がぷるぷる生まれたての子鹿のように震えているが立っている。
それでも、俺はまだ立っているんだっ。
音羽はつかつかと無防備に近寄ってくるが俺は立っているのがやっと何も抵抗できない。
「はっは、ほら褒美をやるぞ」
音羽は俺に屈辱を与えるべく拳で無く平手で俺の頬を数回叩く。俺に屈辱を刻み嗜虐心が満足したのか音羽は頬が腫れる俺の襟首を両手で掴み上げた。
「ぐほごほ」
ただでさえ呼吸が苦しいのに首が絞まって苦しい。
「これで俺とお前の格の違いが分かっただろ。
時雨と別れろ」
俺は音羽の腕を掴み引き剥がそうとするがビクともしない。呼吸がまともに出来なくて力が入らないのもあるが、根本的に腕力が違う。何か特殊な技で腕力を引き上げているな。
「無駄な足掻きを。その根性に免じて、今時雨と別れると言えば、病院送りだけは許してやるぞ」
「病院送りとは優しいねえ~」
俺は最高にかっこつけてニヒルに笑って見せた。
「ん?」
「俺は殺す気だぜ」
「どういう意・・・ぐぎゃあああああああああああああああああああ」
音羽の体中にパチパチと黄金に輝くスパークが無数に湧き上がった。
「俺は弱者だからな勝つまで追撃の手を緩めないぜ」
バッテリーが一瞬で空になる最高出力の一撃を受けて白目に成り棒立ちになった音羽の顔面に拳を固め俺の全体重、いや俺の全てを乗せた渾身の一撃を叩き込む。
「はあはあ」
俺の足下には気絶した音羽が転がっている。勝負は付いたがここで油断はしない、俺はコートから梱包用のスナップバンドを取り出し音羽を縛り上げる。便利な時代で捕縛術のない俺でも簡単確実に捕縛できる。
音羽は俺が七段警棒を置いたことで俺を素手だと錯覚した。あれは正々堂々戦う為じゃない、俺が素手だと思い込ませるトラップ。それでも此奴が本気で攻めていれば、そんな小細工が発揮される暇も無かっただろう。掴み掛かるくらいは出来るかと思っていた俺は姿を捕らえる暇も無くテクニカルノックアウトになった。さっさと病院送りにすればいいものを勝利を確信し俺をいたぶりだした。おかげで特製射出式スタンガンを叩き込めた。
俺は弱者、最初から打てる手は全て打って挑んでいた。なのに此奴は俺を舐めきっていた。その心構えの差が勝負を分けた。
どんなに鍛え上げようと人間という枠組みから逸脱しない限り人は人を倒せる。
さて勝つには勝ったが、この後の処理をどうする?
こういう手合いは必ず復讐に来る。
これは同意の上での稽古、事故はつきものだな。
「何をしているっ」
前埜が血相を変えて道場に入ってきて怒鳴った。その後からキョウが続いてくる。
ちっまだ処理をしてないのに、いや逆かうまくいけば穏便に処理できる。
「ちょうどいいぜ」
「これは、君がやったのか?」
「そうだ」
不思議なことに前埜さんは俺が音羽を倒したというのにそんなに驚いていない。
「嘘、音羽を倒したというの」
対照的にキョウは神の奇跡を目撃した表情で俺を見ている。驚きすぎだろ。
「言っておくが正当防衛だ。仕掛けてきたのは此奴だぜ」
「それは分かっている」
「そうだ。早速、借りを返して貰おうか」
「借り?」
「前埜さんの仕事を引き受けただろ」
「そうだったね。それで?」
「代わりに俺の仕事も引き受けてくれ、当然報酬も払うぜ」
「何をしろと」
「俺の弁護人頼む。此奴が何かいちゃもん付けてきたら弁護を頼む」
此奴自身には勝ったが、此奴の背後には名家の力がある。こういった手合いが俺に負けた後に取る行動は決まっている。恥も無く上の力を使う、先生だったり先輩だったりチンピラ仲間だったり。決して一人でやり返しに来ない。
「それは正式な依頼かい?」
「そうだ。500万から依頼料は引いておいてくれ」
「引き受けよう。
だが料金は入らない。彼の監督責任は私にある」
なんだ此奴もまだまだ半人前じゃ無いか。
「そういうのは入らない。俺はプロとして前埜さんを雇いたい」
「分かった。後で請求書を送ろう」
前埜さんは料金を受け取った。つまり仕事だ。仕事である以上前埜さんは力の及ぶ限り俺を守ってくれるだろう。俺も恥も外聞も無く強者に縋るぜ。ただこれで益々俺は前埜さんに頭が上がらなくなるな。
「ありがとう。それじゃ俺はこれ以上厄介になる前に消えるわ」
俺はさり気なくカバンを二つ持つとさっさと退散しようとした。
「ちょっと待ちなさいよ。ふらふらじゃない。私が付き添ってあげるわよ」
キョウが心配そうに言う。今思い付いたが、キョウが前埜さんを呼んできてくれたのかな。だったら、此奴にも借りが出来たな。
「甘えさせて貰う。お礼はデラックスパフェでいいか?」
「馬鹿」
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