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第三十九話 怒り

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 時雨は水底に沈められ掻き回される。
ぐるんぐるっと遠心力を感じるほどに回され平衡感覚を狂わされていく。
 このまま時雨も巨大な洗濯機の中。
 服を洗い剥ぎ取られ。
 脱水というより遠心分離器。
 超強力な遠心力。
 目玉が飛び出し。
 骨が砕かれ粉となり。
 内蔵が口から吐き出され。
 汚物と血があらゆる穴から絞り出され
 綺麗に皮だけになってしまうのか。
 このままだったらそうなるだろう。
 渦に飲まれる前なら何とかなったかも知れないが、渦に呑み込まれもはや打つ手は無い。何の足場も無い水の中少女が掻き出す力でこの渦からの脱出は不可能。
(みんなの仇も取れないまま終わるの?)
 十代の少女が持つ白磁のように何の引っかかりも無い滑らかで全ての光の跳ね返す白い肌、それを覆い隠すものは汚れと認識されるのか服は段々と剥がれ落ちていきブレザーの残骸から下着が垣間見える。
(砂府さん、キョウちゃん)
 走馬燈のように浮かぶ二人。
 物干し竿に無残に吊されていた砂府。
 暗く冷たい水の底に沈められていく矢牛。
(あああっあああああああああああああああああああ)
 二人の無残な最後に胸が渦を巻いて陥没し死にそうなほどに苦しい。
 このまま苦しみに飲まれてしまえば楽になる。
 そう思った時雨の心だが超重力で潰れて超新星になるように、潰されそうなほどに何かの切っ掛けで点火されれば逆となる。
(許せない)
その一念。狂いそうなる心を怒りで爆発させ真っ赤に染まった目が見開く。
(二人とも殺されていい人じゃ無い。ボクが仇を討つ)
 心を爆発させた種火、それは胸に手を当て瞼に浮かぶもう会えない愛しき人達の笑顔、人を思いやる心だけが放てる怒りに時雨の体に残されていた力がマグマの如く噴き出した。
(何か手は有る)
 はずじゃ無い確信を持って時雨は活路を探す。今の状態は最後の蝋燭に等しい、一時過ぎればもう指一本動かす体力すらなくなる。
 1秒とて無駄に出来ない時雨は全神経を廻らせる。
 暗い水の底においてなお先を見通そうとする時雨の目にチャンスが見えた。
 車。
 時雨の目に同じく渦に呑み込まれ流される車が見えた。
 ワンボックスカーは形状的に水の抵抗が大きく僅かに時雨の方が早く流される。
 交差するは一瞬、チャンスは一回。
 時雨はタイミングを計ろうと目を凝らすが、暗い上に渦のうねりで光が屈折し車との距離が正確に測れない。
(なら)
 時雨は目を瞑った。
 狂った視界を捨て、時雨は己が最も頼りにする耳を済ました。
 暗い海底では光より音の方が正確。潜水艦がソナーで獲物を狩るように時雨は耳で対象との距離を測る。
 時雨の耳に響く。
 水の流れ。
 車にぶつかり発生するカルマン渦の音。
 その周期性をリズムに乗せて時雨は決死のタイミングを計る。
 くる
 くる
 くるん
 くる
 くる
 くるん
 くる
 くるるるん
 時雨が近付くことで互いに惹かれるようにカルマン渦の周期がズレた。
(今だっ)
 時雨は目を見開いた。
 時雨は体を丸め、くるっと回った勢いを付けて両足を車のボンネットに叩きつけた。
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