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雨は女の涙

第百七十八話 布石

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 柄作が人でごった返す宵闇の繁華街を歩いている。
 柄作は中堅どころのホストで普段は繁華街で働いていることは調査済みだ。高校卒業後売れないホストとして燻っているときに合谷と出会い仲間に引き入れられたらしい。腐ってもホストで顔の良さと女を擽る話術の巧みさで獲物の女の物色や調査、時にはナンパなどにに活躍しているらしい。
 こんな人混みの中で襲われることは無いと高を括っているのか、その歩く姿に警戒している様子はなく無防備だった。
「よう、柄作じゃないか久しぶりだな」
 そんな柄作に親しげに近寄ってきた青年が声を掛けると同時に首に腕を回した。よほど親しい関係に見えるが、よく見れば柄作の方は声を掛けてきた男に覚えがないとばかりに困惑している。
「だっ誰だよお前」
「そんな連れないこと言う奴は、おしおきだ」
 青年は巫山戯るように柄作の腕や腰を押さえ込むと柄作を路地裏に連れて行く。柄作は必死に抵抗しているが、青年の方は笑いながらも上によほど格闘術に精通しているのか柄作の力点を抑えてしまい全然力を入れているように見えない。これでは傍目には男同士じゃれ合っているようにしか見えず、欲望にギラギラする繁華街で気にする者はいなかった。
「離せよ」
 柄作は観念したのか口のみで抵抗し、華やかな表と違い据えた生ゴミと体臭の臭いが染みつき薄暗い路地裏へとドンドン引きづり込まれてくる。
「やあ、昨夜はどうも」
 連行されてきた先には俺が待ち構え、軽い挨拶をした。
「お前、鏡剪!? 昨日の報復ならお門違いだぞ。俺は何にも知らない、合谷が勝手にやったことだ」
 本当にそう思っているならもっと堂々とするべきだな。そのきょどりまくった態度では疑うなと言う方が難しい。
 ここで連行してきてくれた影狩は柄作を解放すると、さり気なく逃走路を塞ぎつつ周りを警戒してくれる。流石元エリート抜かりない、こんな人材を手放すとは自衛隊も勿体ないことをする。
 まあ資金繰りがショートするその日まで俺が使い倒してやろう。
「50万摘まませてあげましょう、私に協力しなさい」
 俺は後戻り出来ないカードを切った。ノーと言えば始末する。営業スマイルを浮かべて拒否を許さない命令をする。
「50万!? 突然何を言っているんだお前」
「柄作さん、このままだと林野や朝瑠のように山の養分になってしまいますよ」
「なっなんだよそれ。林野は兎も角、朝瑠は逃げただけだぞ」
 そう俺が擬装しただけだ。
「強がりはやめましょうよ。あなただって薄々気付いているんでしょ。
 50万あれば関西にでも行って十分やり直せますよ」
 調べたところ此奴には何の資産もない、仕事で期待されているわけじゃない。
 あるのは合谷達との日頃の鬱憤を晴らすような悪徳だけ。
 この地に未練は無いだろ。
「50万で裏切れと言うのか」
 そこまでは言ってない、内心自分が助かるのなら裏切る気満々という訳か。話が早くていい。
「おやおや私は裏切れなんて一言も言ってないですよ。私に協力して欲しいと言っているだけですよ」
 幾ら此奴でも裏切れと言えば心理的に抵抗があるだろうし、土壇場で日和る可能性もある。だから言わない。あくまで俺に協力して欲しいとだけとお願いする。
「具体的には何をさせる気だよ」
 乗ってきた。
「聞きましたよ。あなたが次のターゲットを決めるとか」
「そうだが」
 柄作は何処でその情報を知ったという顔をしているが、流石に俺に問い糾すことはしないで、素直に認める。
 もう50万に目が眩んで俺に協力する気満々なのが透けて見える。いい、下手に渋る演技をして値を釣り上げてこようとしないところがいい。
 いい子には褒美にいい幻想を見せてあげよう。
「そこでお願いです。
 この女をターゲットにして貰うだけでいいです。お膳立ては此方でしましょう」
 俺はある女が写っている写真を渡す。
「お前に何の得が?」
 柄作は写真を見ながら探るように言う。
「それはあなたが知らなくていいことですが、まあ有り体に言えば恨みがあるんですよ。
 どうですターゲットとして申し分ない女だと思いますが」
 くせっ毛の強いセミロングに気怠そうに垂れた目つきだが、よく見れば顔付きも可愛く躰付きも中々そそる。
 恨みがあるのは嘘じゃない。少し探せばいるような中の上くらいの女が、日本では探しても中々居ないスナイパーだとは誰も思わないだろうな。この女こそ昨夜俺を狙撃しようとしてくれた女スナイパーだ。
「簡単でしょ。私はどうせ女を襲うならその女にして欲しいと言っているだけです」
「それだけでいいのか?」
 労力と報酬が釣り合わない。流石の柄作も話がうますぎると思ったか俺に疑いの目を向けてくる。
 ちっ金で簡単に転ぶと思ったから最初から高めで提示したのが裏目に出たか。半端に賢いというか、こういう小狡い奴特有の小心から来る警戒心か。
「それだけでいいのかと言いますが、それは貴方の役割の過小評価ですね」
「過小評価?」
「簡単なようでいてこの仕事貴方しか出来ないんですよ」
「俺しか出来ない」
 よいしょはここまでにしておくか、あまり煽てると調子に乗る。煽てた馬鹿は何をするか分からないからな。
「まあ、それだけで心苦しいのでしたら、この間訪問させて頂いたときに気になったあの封鎖された部屋には何があるのか教えてくませんか?」
「ああ、あれか。あれは拷問部屋だ。たまにそういうのが好きな濃い客用にそういう動画を撮るための拷問具が色々と用意してある」
「ほう。ならもう一つ注文ですね。是非この女を拷問に掛けて下さい」
 これなら合谷達はその場で強姦せずマンションに拉致しようとするだろう。出来るだけ動いて貰った方が都合が良い。
「それは合谷さんと相談しないと何とも言えないな」
「そうですか、まあ私も無理にとは言いません。ただ成功したらもう十万上乗せしましょう」
「ひゅう~あんたよっぽごこの女に恨みがあるんだな。いい是俺に任せろ、最高の動画を撮ってやるよ。何ならあんたも参加するか?」
 俺も女の拷問に参加して、フォンとの関係について吐かせる。それで済むなら簡単だが最後の手段ともいえる。そこまでやったらフォンとは決定的になる。
 やるなら最後の最後にだな。
「いえいえ流石にそれは遠慮します。私はシャイなのでやるなら独りでやりますよ、ええ独りで徹底的にね」
「・・・・」
 何を俺に感じたのか柄作が引いているのが分かる。
「そうですね。事が終わった後に出来たら私のところに連れてきて貰えると助かります」
「まあ俺達は基本その日のうちに解放するからな。上手くいけば可能だな。
 ただその場合・・・」
「分かってますよ。ボーナス20万です」
 柄作に先を言わせることなく提示してやる。
「よっしゃー。80万か、それだけあればやり直せる」
 それはどうかな。大阪までは約束通り逃がしてやるが、そこまでだ。
 雨女が大阪に逃げたくらいで見逃してくれるか俺は関与しない。
 寧ろ自首した方が命だけは助かるかも知れないが、俺はアドバイスしない。
「やる気が出てきたみたいで私も嬉しいですよ。
 では成功を祈っています」
 こうして闇に潜むフォンに対する布石を一手一手打ち込んでいく。
 しかし全く安心できない。
 俺は未だフォンの手の内を全く知らず、いうなれば自分の中で膨らむフォンという虚像なる巨像を相手に独り相撲をしているのかもしれない。
 まあいい、俺の想像が及ぶ最大の敵を葬り去ってやるまでだ。

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