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序章

第16話 尾行

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「では失礼します」
「うむ、気を付けてな」
 竹川邸を竜乃宮が辞去し、その足取りに乱れは無く平素通りで辺りを警戒する様子は無い。
 普通、得体の知れない奴に正体を暴かれたら、逃走とか上司に連絡するとかと直ぐさま行動に移すだろう。
 だが俺の目的を知り更に三日の猶予まで与えられた。
 ぎゅっと追い詰めてからの弛緩、これで必要以上に心に余裕が生まされた。
 だから、今の生活を守れるという心理からいつも通り過ごしてしまう。それからでも間に合うと、この後で上と会ってゆっくりと善後策を相談するのだろう。
 やはり青い、甘い。
 才気溢れる少年なのは確か。
 だが経験が足りない。
 大人は才能の差は経験値と狡猾で補うんだよ。
 俺が産ませたその余裕に付け込ませて貰う。

 探偵業もこなす御簾神さん、尾行術もお手の物と竹川邸を辞去した竜乃宮の跡を付けさせてもらう。
 だが油断しているとはいえ才気溢れる竜乃宮は感覚が鋭い、加えて夜の高級住宅街となれば人通りも少ない。
 迂闊に僅かでも気配を感じさせれば尾行は失敗に終わるだろう。
 そこで俺は竜乃宮から見えなくなる上に気配すら感じさせないようにワンブロックほど距離を取って尾行する。
 見えないのにどうやって尾行するかだって?
 そこはそれ狡い大人の狡猾さ、手渡した名刺には超薄型の発信器が仕込んであるので大丈夫。電波が弱いのであまり離れると直ぐ感知できなくなってしまうが絶妙の距離加減出来るのが俺さ。
 竜乃宮はありがたいことに空を飛ぶことも地に潜ることもせず、普通に歩いて駅に向かって行く。
 駅か。
 電車に乗るというならそろそろリスクを取って距離を詰める必要がある。下手に離れていて同じ電車に乗れなかったらあっという間にバイバイだ。
 まあ日頃の行いのいい俺に天は味方し時間帯が良かった。ラッシュとまでは行かないが帰宅サラリーマンがほどほど居る。これなら視界にさえ入らないように気を付ければ近付いても気配を悟られることは無い。
 ここからは本当の尾行術が試される。
 巧みに人影を利用して竜乃宮を尾行していき、悟られること3~4両離れた同じ電車に飛び込むことが出来た。
 乗ってから車両間隔を詰めていき、流石に同じ車両からでは気付かれるだろうと今は隣の車両から監視している。
 竜乃宮は普通の少年のようにスマフォを弄っている。ソシャゲでもやっているのか?
 いいぞ、そのままゲームに集中していて貰いたい。
 気付かれる心配が減った分俺は竜乃宮の降りる気配を読むことに集中する。ここまで来て一人電車に取り残される失態は晒したくない。
 何処まで行くのだろうと観察をしているとスマフォから顔を上げた。
 動くか?
 竜乃宮はドアの方に向かっていく。フェイントで無ければ降りるようだな。
 まあここでフェイントを掛けられるようならばれているということで、どっちにしろ尾行は失敗だけどな。
 杞憂で済んでフェイントで無く竜乃宮は飯田橋の駅で降りた。
 そして地下鉄に向かう。
 ここの地下鉄は複雑なんだよな。数千年後に発掘されれば冒険者達が挑む地下迷宮としてスポットになっているだろう。
 肉眼でしっかり捕らえて尾行していかないと、あっという間にどの路線に向かったのか分からなくなる。
 幸い人で混み合っているので何とか通りすがりのサラリーマン達を盾にして尾行を続けていく。
 東西線に向かい、そこからぐるっと回って、南北線かと思えばそこは過ぎていく。
 大江戸線か?
 予想通りここで地上に出るというフェイントは無く大江戸線に向かうエスカーターを無視して健康のためかわざわざ地下へと潜っていく階段を竜乃宮は利用した。
 エスカレーターを利用して先回りするかと一瞬考えたが、ここはオーソドックスに尾行を続けることにした。
 ここまで来れば乗り込む路線は一つだけ。ここで焦る必要はまるで無い。
 健康志向か階段も中々混み合っていて間に5~6人入れることは容易だった。
 辛うじて後頭部が見える程度の距離をキープしていく。
 この人混みというのは全く美しくない。
 人が持つ個性を無視され人をまるで全体の一部と見なされパーソナルスペースを遠慮無く侵略される。個性派の俺としてはイラッとする。
 それでもこれで軍隊の行進のように揃っていれば美しいとも思えるが、全体の流れと耳為されながらも川を流れる水粒子のように揃うことはなくカオス。
 美しくない。
 まあ今はおかげでいい隠れ蓑になってくれるのであまり文句も言えないが。
 竜乃宮の後頭部を見つつ階段を降りていき、踊り場に着けば人混みに流されつつぐるっと回って更に階段を降りていく。
 それにしても竜乃宮はこの後何処に向かうのだろうか?
 上野か六本木か築地か、まあ何処だろうと構わない。俺は一度狙った獲物は食らい付くまで執念深く追い詰める。
 前方の人影が沈んでいくのが止まる。
 もう直ぐ下に付くようだ。
 っと思っている内に流れが変わり竜乃宮の後頭部が人混みの流れに消えた。
 見失うわけにはいかないと、少しスピードを速めてフロアに降りて改札口の方を見渡せば、竜乃宮の姿はなかった。
「えっ?」
 忽然と消えた竜乃宮。
 あれだけ追いかけていた後頭部がない!?
 もう見つかってもいい覚悟でフロア中央に飛び出し辺りを360°回って見渡すが、いない。
 慌てて発信機の電波を見る。
 消えている。
 尾行はばれていた?
 階段を降りているとき俺は竜乃宮を尾行していたがいつの間にかすり替わっていた。そして竜乃宮は人混みに塗れ悠々と俺の前から消えた。
 いつからだいつからばれていた?
 まさか竹川邸を出たときからか? 
 だったからここ飯田橋まで来たのは欺瞞行為。
 全くの徒労。
 ・
 ・
 ・
「くっくっく」
 突然笑い出した俺をすれ違う通行人がぎょっと見ていく。
 くっく、面白いじゃ無いか。
 俺は尾行がばれるようなマヌケか?
 俺は尾行対象を見失うようなマヌケか?
 否否否。
 俺はそんなマヌケじゃ無い。
 俺が竜乃宮を見失ったのはフロアに着く直前のこと。
 それまでは絶対に気付かれてないし見失っていない。
 つまり俺はマヌケじゃ無いという真理に基づいて推理を構築するべきだ。
 俺はマヌケじゃ無い。
 尾行はばれてないのなら竜乃宮はやはりここに用が合った。
 だが階段を降りている最中に忽然と消えた。
 結論。
 この階段に何か秘密がある。
 いいだろう神を暴く男御簾神 伊座巳、秘密一つや二つ暴いてやろうじゃないか。

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