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「送れないメール」夜が嫌いだ。
しおりを挟む漆黒の中で目を覚ます。
隣で寝ているお嫁さんを起こさないように、そっと布団から抜け出す。
リビングの時計は6時前だ。・・・レースのカーテンから陽が入っている。
・・・・携帯を掴んで仕事部屋に入る。
電源を入れた。・・・・夜、寝る時には電源を落としている。
画面を立ち上げ、メールを打つ。
「あーきぃーおはよー 今日も愛してるからねー💕」
送信。
・・・・すぐに返事が来た。
「カズくん おはよー 私も愛してるからねー💕」
首都高速。
プリウスを走らせる。
空に飛行機が飛んでいく・・・・着陸待ち、待機中の飛行機が旋回している。
羽田空港下のトンネルに入っていく。
片道3車線。
壁面に取り付けられた照明が流れていく・・・・
・・・東京に戻った。
いつもの日常に戻った。
亜貴を世界で一番愛していた。・・・その亜貴に愛されていた。
幸せだった。
片時も離れたくなかった。常に繋がっていたかった。
時間があればメールした・・・・
コンビニ駐車場。
休憩時間。
すぐに亜貴にメールを打つ。すぐに返事がくる。
ジョージアブラックを飲みながら亜貴の声を聞いた。
時間があればメールする。
時間があれば声を聞いた。
幸せだった。
客先ミーティング。
仕事は忙しかった。
震災から2ヵ月近い。
余震は続いている。・・・毎日、毎日、地面は揺れている。・・・それでも復興に向け動き出している。
次から次へと案件が持ち込まれた。
・・・・だが・・・苦しかった。
心が、ここになかった。
この東京の地にボクの心はなかった。
首都高を走る。・・・客先でのミーティング・・・・
そこに心はなかった。
心は、身体と共になかった。
心は、亜貴と共にいた。
この地球上で、心と身体が別々の場所に存在していた。
心をなくした身体が、東京を夢遊病者のように彷徨う。
身体から離れた心は、東北の亜貴のもとを彷徨う。
心と身体、バランスを崩して、今にも壊れてしまいそうだった。
・・・どちらの現実が現実なのか・・・東京の生活・・・・?
東北の亜貴への想い・・・・?
身体が何をしていても、心は亜貴を想った・・・
亜貴はボクのものだ。
最愛の亜貴をこの手で抱いた。
「愛してる」
「愛してる」
お互いに何度も確認しあった。・・・身体が絡み合い、貫き、抱かれ・・・ひとつに溶けていった。
「愛してる」
「愛してる」
嬉しいことなのに毎日が苦しかった。
お嫁さんが大好きだった。
・・・・何より、こんなボクと結婚してくれた天使だった。
罰が当たる。
自分が最低だと思った。
・・・だから・・・・だから・・・気持ちにけじめをつけるために亜貴に会いに行った。絶対にフラれると自信があった。
最低な考えだ・・・しかし、亜貴に会って・・・フラれて・・・改めて己を知って、お嫁さんに感謝の気持ちをもって毎日を過ごしていきたいと思った。
なのに・・・どうして受け入れられてしまったんだ・・・
「どうして今なんだ・・・」
もっと早く亜貴と出会いたかった・・・・
学生の時に出会っていれば・・・独身の時に出会っていれば・・・
・・・いや、でも、その時なら、亜貴は、ボクなんか相手にしなかったんじゃないのか・・・
考えてもしようがない事を考える。答えのない堂々巡りばかりが頭を過る。
・・・・どうすればいいんだ・・・
ボクは、どうすればいいんだ・・・
「浮気」
そんな気持ちで済むものじゃない。
日々の心の支え・・・そんな綺麗事で済む存在じゃない。
・・・ボクは、ボクはどうすればいい・・・・?
時間があればメールした。時間をやりくりして声を聞いた・・・
渇いた。癒されなかった。
どれだけメールをしても、どれだけ声を聞いても癒されなかった。
なお一層渇いた。亜貴を求めた。
メールをすればするほど・・・・声を聞けば聞くほど渇いた。
電話をすれば、切った瞬間に切なさがこみ上げる。切ったそばから、もう声が欲しかった。
繋がれば繋がるだけ「生殺し」になる。
・・・・亜貴を求めた。身体が疼いた。
会いたい・・・
亜貴に会いたい・・・亜貴が欲しい・・・
亜貴を抱きたい・・・それ以外、この渇きは癒せない。
性欲は普通だと思う。
成人男子の普通。・・・・精力は強くない。
1日に何回もなんてできやしない。
これまでの人生で、1日に何回も求めるなんてなかった。したいと思ったこともなかった。
・・・・亜貴に出会うまで。
亜貴を抱いた。
1日に何度も果てた。
果てても果てても、果てた瞬間から亜貴を求めた。
亜貴を貫き、
亜貴に蹲り、
亜貴に抱かれ、
亜貴の身体、その全てを味わいたかった。
・・・1時間・・・・2時間・・・3時間・・・時間の感覚を失うほどに抱き続けた。
・・・・そして、至福の中で果てる。
亜貴は、その数倍、ボクで果てた。
シーツを手繰り寄せ、髪を振り乱し、仰け反り、絶叫し、ボクの背中に爪を立てて果てた。
何度も何度も、声が枯れるほどに鳴き声を上げ、果てた。
・・・・果てた瞬間から、さらに亜貴を抱いた。
亜貴の身体、全てに舌を這わせた。
時間の許す限り、亜貴を愛し続けた。
果てた亜貴はボクの胸で眠った・・・文字通り寝息を立てて眠った。
「ごめんね・・・カズくんといると安心するんだよね・・・」
揺れる地面のなか、亜貴が微笑んだ。
女の人が寝顔を見せるのは、よっぽどの事だろう。安心しきっている証拠だろう。
・・・・亜貴が愛おしかった。堪らなく愛おしかった。・・・・そして身体が疼いた。
狂おしいまでに亜貴を求めた・・・・
リビング。
お嫁さんと並んで晩御飯を食べていた。
テレビからは震災のニュースが流れている。
当たり障りのない会話をしながら晩御飯を食べた。・・・喋って・・・笑って・・・いつもと変わらない風景。
・・・・夜が嫌だった。メールできない夜が嫌だった。
・・・亜貴が旦那さんといる・・・・
亜貴は、笑顔で旦那さんといる。
ボクの大好きな亜貴の笑顔が、旦那さんに向けられている。
ご飯を食べ、テレビを観て、旦那さんといる・・・・
「旦那さんとSEXするよ。夫婦なんだから当然でしょ」
亜貴の言葉が胸に突き刺さる。
ボクにヤキモチを焼かせるために言ったんだと白状された。・・・・その通りなんだろう。
・・・でも、亜貴は、これまで旦那さんとSEXしてたんだ・・・
求められたらしていたんだ。・・・・夫婦なんだから当然だ。
旦那さんとのSEXは妻の務めだ。
・・・・じゃあ、今日はどうなんだ・・・・?
ボクを愛してると言った今・・・・それでも亜貴は旦那さんに抱かれるのか・・・・?
・・・断れるのか・・・・?
いきなり断れば旦那さんはどう思う・・・・?
じゃあ・・・亜貴は、旦那さんとSEXするのか・・・・?
今日は・・・・? 明日は・・・・? 明後日は・・・?
絶対に、亜貴は旦那さんとSEXするんだ・・・・
いつかは絶対に旦那さんとSEXするんだ。
・・・・・それは今日かもしれない・・・
今夜なのかもしれない・・・・
今・・・今・・・この瞬間なのかもしれない・・・
亜貴の真白な裸体が脳裏に蠢く・・・
夜が嫌いだった。
世界で一番愛してる亜貴が・・・旦那さんに・・・ボク以外の男に抱かれる。
・・・・亜貴が浮気する。
嫌だ。
疼いた。亜貴を想って身体が疼いた。・・・嫉妬に狂う。
亜貴の笑顔は、ボクのものだ。・・・・ボクだけのものだ・・・ボクだけに向けられればいいんだ。焦燥感に身を焦がす。
亜貴を想うだけで下半身が疼いた。今すぐ亜貴の奥の奥が欲しかった。・・・亜貴の身体の奥の奥・・・
亜貴の膣の奥底に自分を突き立てたかった・・・・亜貴を支配したかった。
亜貴で気持ち良くなりたかった・・・亜貴を弄り、亜貴を玩び、亜貴の全てに口づけをし、亜貴の全てに舌を這わせたかった。
亜貴の美しい顔を快楽で歪ませたい・・・亜貴を快楽の獣にしたかった・・・絶叫させて果てさせたかった・・・
亜貴はボクのものだと・・・・亜貴はボクだけのものだと世間に知らしめたかった。
世界中に宣言したかった。
真暗な部屋。
寝室。
隣でお嫁さんが寝息を立てていた。
・・・・眠れなかった。
毎晩眠れない。
少し微睡んでは目が覚める。
・・・だからといって部屋を出るわけにもいかない。
身じろぎもせず天井を見て過ごした。
欲情のステージが上がっていた。禁断の扉が開いてしまった。
今まで経験したSEXとはまるで違った。別世界の扉が開いた。
・・・・渇いた。
身体が渇く。喉が渇くように身体が渇く。
亜貴が欲しい・・・・亜貴が欲しい・・・・亜貴が欲しい・・・
亜貴の文字が欲しい。
亜貴からのメールが欲しい・・・
亜貴の声が欲しい。
亜貴と電話したい・・・・
・・・亜貴は、今、旦那さんと一緒にいる・・・
旦那と一緒にベッドにいる。
亜貴は無事なんだろうか・・・・浮気してないだろうか・・・
・・・それよりも、旦那さんの腕の中で眠っていたらどうしよう・・・
・・・・繋がれない夜の闇が切ない。
人間は、知ってしまえば、知らなかった過去へは戻れない。
亜貴を知ってしまった。亜貴とのSEXを知ってしまった。
細心の注意を払って寝室を抜け出す。
電気も点けず、仕事部屋で携帯を開いた。
「亜貴・・・愛してる・・・愛してる・・・旦那さんとSEXしちゃ嫌だ・・・・」
送信ボタン・・・・押せない・・・
書いたメールの文字を消した。
・・・送れない。
何度も書いて、何度も消した。
毎日書いて、毎日消した。
毎晩書いて、毎晩消した。
送れない。
・・・・毎夜、同じことを繰り返す。
送ってどうする・・・言ってどうなる・・・亜貴は何と返事をしてくる・・・
・・・・ボクは、どうすればいいんだ・・・
ボクは、ボクは、ボクは・・・・いったい、どうすればいいんだ・・・・
・・・・ボクは・・・間違いなくクズ野郎だ。
真暗な仕事部屋。
窓から、微かな公園の外灯の光。
風に揺れる木々。
流れる雨垂れ。
携帯を握り絞める。
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