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「嫉妬」棘。

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プリウスから見える繁華街のネオンが眩い・・・時計は20時を回っていた。
・・・今日の仕事は終わった。

帰ってきた。
マンションの駐車場に入っていく。
狭い。・・・しかも駐輪場でもあるため、乱雑にとめられた自転車が邪魔をした。
数度の切り返しをして、ようやく所定の位置に収まった。

朝の出発時。夜の帰宅時。毎日の小さなストレスだった。

・・・・もっといいところに住みたい・・・

東京の住宅事情を考えればしょうがない。

築40年、2DKのマンションの家賃が11万円。
車1台に3万円近くの駐車場代がかかった。

それでも、東京では安い方で・・・朝晩のストレスは、その代償だった。


東京に住むのは固定費がかさむ。

・・・それでも東京にへばりついていた。

18歳。高校を卒業して、すぐに田舎を棄てた・・・棄てざるを得なかった。


玄関を開けると、お嫁さんのスニーカーがあった。
珍しく、お嫁さんの方が早く帰っていた。

お嫁さんは19時半くらいに帰ってくる。
いつも、ボクは19時には帰っていた。

12月。師走の渋滞が始まっていた。
いつもより時間がかかった。


お風呂に入った。
野菜ジュースを飲んで喉を潤す。

家でアルコールは飲まない。

アルコールに弱いわけじゃない。
・・・・おそらく強い方だとは思う。

飲むという習慣がなかった。
・・・意識はしていなかったけれど、どこかで「酒」に対しての嫌悪感があるのかもしれない。


夕飯のオカズは、お嫁さんがパート先でもらってきた唐揚げ。

テレビのバラエティ番組を見ながらご飯を食べた。

お嫁さんが隣で笑っていた。

・・・笑うようになったな・・・
ようやく落ち着いてきたかな・・・

お弁当屋さんのパートは1年を超えたか・・・デスクワークより、お客さん相手の方が向いてるんだろう。
・・・やっぱり、お嫁さんは笑顔が似合う。

・・・お嫁さんの笑顔が好きだった・・・


・・・・今日も1日が終わった・・・・



23時。

ふと、ボクは仕事部屋に入った。
PCを立ち上げ、ピグの部屋に入った。・・・ボクの部屋だ。

ゆい がいた。
ゆい が置いていったクッションにチョコンと座っていた。
ゆい が自分専用として置いていったクッションだ。

「誰にも座らせちゃいけないんだからね」

ゆい が笑って置いていったものだ。


「どうした・・・?」

ピグのカズくんが立ったまま言った。

「ううん、ブログ書いてたから・・・」

ゆい が寂しそうに見えた。

・・・・ピグはピグでしかない。
人間のように微妙な、感情の機微のようなものは見えない。

「笑う」は笑う。
「泣く」は泣くという動作でしかない。

・・・・しかし、人間の感情の機微が見えることがある。

「会えて嬉しい・・・」

ゆい が言った。

「うん、会えてよかった」


毎日話していた。
1日に何度も話していた。

お互いに、家族と話す時間より長い時間をふたりで話していた。
今日も、朝、そして夕方に1時間話していた。


・・・・また、ピグで話す。

何ということもない会話。

画面では、テーブルに「カズくん」と「ゆい」が仲良く座っている。


時間は23時を回っている。

こんな時間にPCを立ち上げているのは不自然だ。
こんな時間に仕事をするわけはない・・・・

今までの生活で、お嫁さんとご飯を食べた後、自分の部屋に行くことがなかった。
ご飯を食べた後に仕事をすることはなかった。

どんなに忙しくても、夜までも仕事をするということはなかった。

それが、最近は「残業」と称して、20時くらいまで仕事部屋に籠っていることが多かった。

「ゆい」と会っていた。

しかし、さすがに23時を過ぎたことはない。

お嫁さんが何かを感じるかもしれない・・・・
ボクは、早く切り上げなきゃいけないと、少し焦っていた・・・・

そんな感情の機微は「ピグ」に出るのかもしれない。


窓からは、街の年末の飾りつけが見えた。
マンションのベランダのイルミネーション。

「おせち作るの?」

「一応つくるよ、この辺は、鰈の煮つけを作るの」

鰈の煮つけのおせち。初耳だ。

「なめた鰈っていって・・・お正月は、すごい値段があがるの、だから、みんな、正月前に買って冷凍で保存しとくんだよね(笑)」

それは知らなかった。
日本も広い。
まだまだ知らないことがたくさんある。

「旦那さんが大好きなんで多くつくる。旦那さんは正月中そればっかり食べてるよ(笑)」


・・・・・なんとなく辛くなってきた。

・・・そう、嫉妬していた。
そうなんだ。ゆい は人妻だった。他人の奥さんだった。


ボクは嫉妬していた。
ゆい の旦那さんに嫉妬していた。
180cmを超えるスポーツマン。
建てたばかりの家で ゆい に毎日ご飯を作ってもらえる旦那さん・・・・

ブログには、美しくて、美味しそうな料理が並んでいた。

普通の家庭料理。
それが見事に美しかった。
・・・・ホテルのレストランのようだった。

建てたばかりとはいえ、キッチンには染みひとつなかった。
もちろん、ブログに画像をアップするんだ。それなりにキレイに掃除したに違いない。
・・・しかし、その美しいキッチン、そして部屋は、付け焼刃の掃除で美しさを保っているんじゃないに違いない。
ゆい の家事能力の高さだろう。

ボクにとって ゆい は「高嶺の華」・・・「花」じゃなくて「華」
そうとしか表現できない存在だった。


ボクは162cmのチビでしかない。
住んでいるのは築40年の賃貸住宅だ。
キッチンには、長年染み込んだ汚れがこびりついていた。

部屋の隅々には埃が溜まっていた・・・

カビが染みつき汚れた風呂場。
・・・そしてトイレ。

・・・いつも見るたびにウンザリしていた。

家事は、ほとんどをボクがやっている。

お嫁さんは掃除が苦手だった・・・・



「カズくん、お正月は実家に帰ったりするんでしょ?どっちの実家に帰るの?」

会話に「棘」があった。

「行かないよ、正月仕事だもん」

嘘だった。
正月は、毎年ボクの実家に帰る。

ボクのお嫁さんは、喜々としてボクの実家に行ってくれた。
ボクの母も、お嫁さんを実の娘以上に可愛がっていた。
お正月。炬燵に入って、ふたりでテレビを見ながら楽しそうに話していた。

そんな、ふたりを見ているのがボクは好きだった。

「そーなんだー 仕事なんだー 大変だね」

ゆい の素っ気ない言い方。
まるで興味がない。どーでもいいと言わんばかりだった。


言葉に「棘」があった。


話したい時に話せない関係だ。
夜はリアル家族との時間だ。

そして、年末年始は・・・クリスマス、お正月・・・リアル家族との大事な、大事なイベントの日々だ。
家族の実感を、夫婦である実感を噛みしめる日々だ。


ゆい の言葉が・・・小さな棘がボクの心を引っ掻いた。


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