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1年生編
マイシスター
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-side 田島亮-
嵐(咲)が去った後、俺は担当医の先生から今回の事故が俺の身体にどんな影響を及ぼしたのかを病室で説明された。先生によると、俺の身体には記憶喪失以外にも重大な異変が起きたらしい。
その異変とは右足に重度の怪我を負っているということだった。 治療期間とリハビリ期間を考えると二ヶ月間は入院する必要があるらしい。また、リハビリを終えれば普通に歩けるようにはなるが、怪我の後遺症の影響で以前のように走ることは二度と出来ないということを宣告された。
二ヶ月という入院期間にはさすがに驚かざるを得なかった。
しかし、走ることに対する執着が今の俺にはそれほど無かったので、二度と走れないという宣告に対してはそれほどショックを受けなかった。
先生は怪我についての説明を一通り終えると、記憶を無くした俺の今後の振る舞い方についてアドバイスをくれた。
「記憶喪失以前の君を知らないのは今の君だけだ。君に関わるその他大勢の人達は当然だが以前の君を知っている。だから君は周りの人達には一言こう言えばいい。
『記憶は失ったけど以前と同じように接してほしい』
と。君だって周りの人が君への接し方に困るのを見るのはつらいだろう?」
「......確かにそうですね」
俺は先生の言葉に納得した。ここは民主主義国家、日本である。多数決がモノを言う国なのだ。以前の俺を知っている人が圧倒的多数なのだから俺が彼らに調子を合わせるのが道理である。まあ俺の気持ちとしても家族や友人に気を遣わせることは避けたいというのが本音なのだ。
「じゃあお大事に」
説明を終えると先生は病室を出て行った。そして数時間ぶりに病室で一人になった俺は今後について考えてみることにした。
記憶喪失のことを友人達に伝えるのは直接会った時にするつもりだったが、それはやめた方がいいだろう。
『お、ひさしぶり。俺記憶喪失なんだわ』
とかいきなり面と向かって言われても困惑するだけだろう。もっと早く気付くべきだった。
というわけで俺は二ヶ月入院している間にSNSを通じて友人達に記憶喪失のことを打ち明け、記憶喪失以前の彼らとの関係性を尋ねてみることにした。ってことは女子にも俺との関係性を聞く必要があるな。よっしゃ合法的に女子と近づくチャンスだぜバンザイ。あ、咲さんは一旦スルーでお願いします。
まあ実際に彼ら、彼女らと会うのは退院して学校に行けるようになってからでいいだろう。心苦しいが見舞いに来るのは遠慮してもらうか。
今後の方針は決まった。早速友人達に連絡を入れるとするか。
そう考えて携帯に手を伸ばした時だった。
「おっす、兄貴。着替え持ってきたよ。ベッドの下においとくからな」
病室に入ってきたのは田島友恵、俺の妹だった。
「おう、サンキュー」
友恵はおそらく美人の部類に入ると思う。だが、彼女を女性として意識することは全くなかった。友恵と家族だった頃を忘れていれば美人な女性として意識してしまいそうなものなのだが、それが全くないのである。家族とは不思議なものだな。
「妹よ、少し話をしないか」
「えっ、いきなりどうしたの」
記憶喪失になって以降、友恵と二人きりになったのは初めてだった。良い機会だ。友恵と話をすることにしよう。
-side 田島友恵-
母に頼まれたので渋々兄貴の着替えを届けに病室を訪れると、いきなり兄貴から話をしないかと誘われた。病院の先生には以前と同じ感じで接するように言われていたけど、記憶喪失後に二人で会話をするのは初めてだから少し緊張してしまう。
「で、話ってなによ」
緊張を隠すように平静を装い、兄貴に尋ねてみる。
「俺ってもしかして女の子苦手だったりする? L◯NEに友だち登録されてる女の子3人だけなんだけど」
...思っていたより軽い話題ね。
「別に苦手ってことはなかったと思うけど」
「だったらなんでこんなに少ないんだ? 普通の男子高校生ならもっといるものなんじゃないのか?」
「そんなの私が知るわけないでしょ。兄貴が普通の男子高校生じゃないだけなんじゃない?」
「なんてこと言いやがる」
兄貴は別に女子が苦手だったというわけではないし、人並みに女子には興味を持っていたと思う。認めたくはないけど運動神経もいいし、顔も悪くないんだからそれなりにモテたはず。だから兄貴の周囲に女の子が少ないのは兄貴のせいじゃないわ。原因は他にあるのよ。
その原因っていうのは幼馴染の咲さんの存在。昨年、部活の先輩から聞いた話によると、咲さんは兄貴がクラスの女の子と仲良く話しているのを見ると、負のオーラ全開にして不機嫌になるらしい。そんな咲さんを恐れた女子たちは兄貴に近づかなくなったみたい。
多分高校でも同じような現象が起きているんじゃないかな。咲さん同じクラスらしいし。だから兄貴には女友達が少ないんだと思う。
でもこんなこと兄貴には言えないでしょ? そんなことしたら咲さんが死を選びかねないよ。
だからこの時私は兄貴の質問に答えるわけにはいかなかったわけ。
「で、話ってそれだけ?」
「いや、もう一つ聞きたいことがある」
「なによ」
「なんか俺二度と走れなくなったらしいんだけどさ」
「はぁ!?」
そんなの初耳なんだけど。さては母さん知ってて私に伝えるの忘れてやがったな。
「一応確認だけど俺が走れないことって誰かに影響与えたりするか? 俺自身はそんなに走ることに拘りないんだけど」
「多分一番影響受けるの兄貴だと思うよ」
「え、なんで」
「兄貴は特待生として天明高校の駅伝部に入ってるから」
「確かに走れなかったら困るな」
「いや、困るなんてレベルじゃないでしょ。天明高校って進学校だよ? 勉強もできなくて走れもしなくなった兄貴が天明高校に残れるの?」
「なん...だと...」
天明高校側もさすがに事故に遭った生徒を退学させることはないだろう。なんかイライラしたからちょっとジョークで兄貴をおどかそうとしただけだ。記憶無くしてるくせに妹のことについて何も聞いてこない兄貴が悪いのよ。自分の妹をもう少し気にかけなさいよ。
ていうかジョークなのにもしかして真に受けてる? まあ、いいや。面白いから放っておこう。
「じゃあ私帰るから」
「お、おう...」
兄貴の狼狽えた顔を見て機嫌を良くした私は病室を後にした。
-side 田島亮-
やばい。マジやばい。ほんとにやばいって。
友恵が帰った後、俺は記憶喪失になって以降、今までで一番焦っていた。
いや、高校残れないとかマジ笑えない。今から転入試験受けるとかマジ無理だから。多分俺バカだからどの高校受けても落ちちゃうでしょ。
不安になった俺は母さんに電話で高校のことについて確認してみることにした。
「もしもし、今ちょっと話せるか?」
「話せるけど一体何の用?」
「俺って天明高校に残れるのか?」
「は? いきなり何言ってるの? 残れるに決まってるじゃない」
「へ?」
「事故の被害者を退学させるなんてさ、人の心を持ってたら普通できないでしょ。一応今朝高校に事情話してその辺の確認はしたし」
「......じゃあ俺普通に高校通えるのか?」
「だからそう言ってるじゃない」
「友恵あいつぅぅぅぅ」
「友恵? あんたもしかしてあの子に何か言われたから電話かけてきたのかい?
ふふ、冗談を真に受けるのは記憶失っても変わらないのね」
「うがあぁぁぁぁ!!」
「じゃあ切るね。また明日」
...いや俺だって冗談言うのは別にいいと思うんだよ?
でもあいつの冗談重すぎない? リアル過ぎるだろ。
こうして俺は妹との距離感を知ることに成功した。
ちくしょう、出来ることなら知りたくなかったぜ...
嵐(咲)が去った後、俺は担当医の先生から今回の事故が俺の身体にどんな影響を及ぼしたのかを病室で説明された。先生によると、俺の身体には記憶喪失以外にも重大な異変が起きたらしい。
その異変とは右足に重度の怪我を負っているということだった。 治療期間とリハビリ期間を考えると二ヶ月間は入院する必要があるらしい。また、リハビリを終えれば普通に歩けるようにはなるが、怪我の後遺症の影響で以前のように走ることは二度と出来ないということを宣告された。
二ヶ月という入院期間にはさすがに驚かざるを得なかった。
しかし、走ることに対する執着が今の俺にはそれほど無かったので、二度と走れないという宣告に対してはそれほどショックを受けなかった。
先生は怪我についての説明を一通り終えると、記憶を無くした俺の今後の振る舞い方についてアドバイスをくれた。
「記憶喪失以前の君を知らないのは今の君だけだ。君に関わるその他大勢の人達は当然だが以前の君を知っている。だから君は周りの人達には一言こう言えばいい。
『記憶は失ったけど以前と同じように接してほしい』
と。君だって周りの人が君への接し方に困るのを見るのはつらいだろう?」
「......確かにそうですね」
俺は先生の言葉に納得した。ここは民主主義国家、日本である。多数決がモノを言う国なのだ。以前の俺を知っている人が圧倒的多数なのだから俺が彼らに調子を合わせるのが道理である。まあ俺の気持ちとしても家族や友人に気を遣わせることは避けたいというのが本音なのだ。
「じゃあお大事に」
説明を終えると先生は病室を出て行った。そして数時間ぶりに病室で一人になった俺は今後について考えてみることにした。
記憶喪失のことを友人達に伝えるのは直接会った時にするつもりだったが、それはやめた方がいいだろう。
『お、ひさしぶり。俺記憶喪失なんだわ』
とかいきなり面と向かって言われても困惑するだけだろう。もっと早く気付くべきだった。
というわけで俺は二ヶ月入院している間にSNSを通じて友人達に記憶喪失のことを打ち明け、記憶喪失以前の彼らとの関係性を尋ねてみることにした。ってことは女子にも俺との関係性を聞く必要があるな。よっしゃ合法的に女子と近づくチャンスだぜバンザイ。あ、咲さんは一旦スルーでお願いします。
まあ実際に彼ら、彼女らと会うのは退院して学校に行けるようになってからでいいだろう。心苦しいが見舞いに来るのは遠慮してもらうか。
今後の方針は決まった。早速友人達に連絡を入れるとするか。
そう考えて携帯に手を伸ばした時だった。
「おっす、兄貴。着替え持ってきたよ。ベッドの下においとくからな」
病室に入ってきたのは田島友恵、俺の妹だった。
「おう、サンキュー」
友恵はおそらく美人の部類に入ると思う。だが、彼女を女性として意識することは全くなかった。友恵と家族だった頃を忘れていれば美人な女性として意識してしまいそうなものなのだが、それが全くないのである。家族とは不思議なものだな。
「妹よ、少し話をしないか」
「えっ、いきなりどうしたの」
記憶喪失になって以降、友恵と二人きりになったのは初めてだった。良い機会だ。友恵と話をすることにしよう。
-side 田島友恵-
母に頼まれたので渋々兄貴の着替えを届けに病室を訪れると、いきなり兄貴から話をしないかと誘われた。病院の先生には以前と同じ感じで接するように言われていたけど、記憶喪失後に二人で会話をするのは初めてだから少し緊張してしまう。
「で、話ってなによ」
緊張を隠すように平静を装い、兄貴に尋ねてみる。
「俺ってもしかして女の子苦手だったりする? L◯NEに友だち登録されてる女の子3人だけなんだけど」
...思っていたより軽い話題ね。
「別に苦手ってことはなかったと思うけど」
「だったらなんでこんなに少ないんだ? 普通の男子高校生ならもっといるものなんじゃないのか?」
「そんなの私が知るわけないでしょ。兄貴が普通の男子高校生じゃないだけなんじゃない?」
「なんてこと言いやがる」
兄貴は別に女子が苦手だったというわけではないし、人並みに女子には興味を持っていたと思う。認めたくはないけど運動神経もいいし、顔も悪くないんだからそれなりにモテたはず。だから兄貴の周囲に女の子が少ないのは兄貴のせいじゃないわ。原因は他にあるのよ。
その原因っていうのは幼馴染の咲さんの存在。昨年、部活の先輩から聞いた話によると、咲さんは兄貴がクラスの女の子と仲良く話しているのを見ると、負のオーラ全開にして不機嫌になるらしい。そんな咲さんを恐れた女子たちは兄貴に近づかなくなったみたい。
多分高校でも同じような現象が起きているんじゃないかな。咲さん同じクラスらしいし。だから兄貴には女友達が少ないんだと思う。
でもこんなこと兄貴には言えないでしょ? そんなことしたら咲さんが死を選びかねないよ。
だからこの時私は兄貴の質問に答えるわけにはいかなかったわけ。
「で、話ってそれだけ?」
「いや、もう一つ聞きたいことがある」
「なによ」
「なんか俺二度と走れなくなったらしいんだけどさ」
「はぁ!?」
そんなの初耳なんだけど。さては母さん知ってて私に伝えるの忘れてやがったな。
「一応確認だけど俺が走れないことって誰かに影響与えたりするか? 俺自身はそんなに走ることに拘りないんだけど」
「多分一番影響受けるの兄貴だと思うよ」
「え、なんで」
「兄貴は特待生として天明高校の駅伝部に入ってるから」
「確かに走れなかったら困るな」
「いや、困るなんてレベルじゃないでしょ。天明高校って進学校だよ? 勉強もできなくて走れもしなくなった兄貴が天明高校に残れるの?」
「なん...だと...」
天明高校側もさすがに事故に遭った生徒を退学させることはないだろう。なんかイライラしたからちょっとジョークで兄貴をおどかそうとしただけだ。記憶無くしてるくせに妹のことについて何も聞いてこない兄貴が悪いのよ。自分の妹をもう少し気にかけなさいよ。
ていうかジョークなのにもしかして真に受けてる? まあ、いいや。面白いから放っておこう。
「じゃあ私帰るから」
「お、おう...」
兄貴の狼狽えた顔を見て機嫌を良くした私は病室を後にした。
-side 田島亮-
やばい。マジやばい。ほんとにやばいって。
友恵が帰った後、俺は記憶喪失になって以降、今までで一番焦っていた。
いや、高校残れないとかマジ笑えない。今から転入試験受けるとかマジ無理だから。多分俺バカだからどの高校受けても落ちちゃうでしょ。
不安になった俺は母さんに電話で高校のことについて確認してみることにした。
「もしもし、今ちょっと話せるか?」
「話せるけど一体何の用?」
「俺って天明高校に残れるのか?」
「は? いきなり何言ってるの? 残れるに決まってるじゃない」
「へ?」
「事故の被害者を退学させるなんてさ、人の心を持ってたら普通できないでしょ。一応今朝高校に事情話してその辺の確認はしたし」
「......じゃあ俺普通に高校通えるのか?」
「だからそう言ってるじゃない」
「友恵あいつぅぅぅぅ」
「友恵? あんたもしかしてあの子に何か言われたから電話かけてきたのかい?
ふふ、冗談を真に受けるのは記憶失っても変わらないのね」
「うがあぁぁぁぁ!!」
「じゃあ切るね。また明日」
...いや俺だって冗談言うのは別にいいと思うんだよ?
でもあいつの冗談重すぎない? リアル過ぎるだろ。
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