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1年生編

母曰く幼馴染

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-side 田島亮-

 命の危機に瀕した際には走馬灯が見えると聞いたことがある。周囲の動きがスローモーションに見えたり、一瞬で記憶映像が流れ込んでくるとかいうアレだ。

 --だが、どうやらそれは嘘っぱちだったようだ。

 トラックに跳ねられても視界が回転しただけで走馬灯なんて見えやしない。ただただ体が苦痛に苛さいなルビまれるだけなんだな、コレが。まあ不思議なことに思考だけは冷静なんだけど。

 頭が割れるように痛い。足の鈍痛が酷くて全く動けない。道路の真ん中に倒れている俺を見て人が駆け寄ってきているみたいだが、視界がボヤけていて今の状況がよく分からない。

「田島くん! ねえ田島くん! 私の声が聞こえる!? 聞こえてるなら私の手を握って!」

 どうやら俺の傍では女の子が泣きながら俺の名前を呼んでいるようだ。聞き覚えのない声だな。一体誰なんだろう。

「ぐすっ...うぅ...私のせいだ...私のせいで田島くんが...」

 ああ、そうか。この子はさっき俺が車庇った女の子なのか。良かった。無事生きているみたいだな。俺の自己犠牲は無駄にならなかったみたいで何よりだ。
 
「ごめんなさい...ごめんなさい...ごめんなさい...」

 そんなに謝らないでくれ。君を助けた後車を避けられなかった俺が悪いんだ。全部俺の意思でやったことだ。君は何も悪くない。

「き、気に...」

「良かった! まだ意識はある! でも今は無理して話さないで!」

 ダメだ。頭は回っているのに口が全然動かない。ただ一言『気にするな』と言いたかっただけなのにそれすら言えない。

 ああ、なんか意識が遠のいてきたな。死ぬ寸前ってこんな感覚なのか? なんかこれから先俺が生きているってビジョンが全く思い浮かばないや。


(まあ1人の女の子のヒーローとして死ねるなら悪い人生じゃなかったかもな...)

「...え? 田島くん! お願い目を開けて! 死んじゃダメだよ田島くん!!」

 そして俺の意識は少女の悲痛な叫び声と共に闇の中に消えていった。


---------------------------






 記憶喪失という言葉は皆さんご存知だろう。

 でも実際に記憶喪失になった人はほとんどいないのではないだろうか。いや、記憶喪失の知り合いすら普通いないよな。

 俺、田島亮はその滅多にない事象である記憶喪失になってしまったらしい。

 自分に関わる人間関係及び彼らとの思い出を全て忘れ去ってしまった。今の俺に残っているのは言語能力、一般常識、高校一年生相応の学力くらいである。要するに普通に暮らしていける程度の能力は残っているということだ。

 このように、頭の中のセーブデータを消された俺であるが、原因は三日前の朝に起きた交通事故らしい。そこから病院に搬送され、丸一日目を覚まさなかったそうだ。記憶喪失と判明したのは一昨日の朝のことである。

 なんでも通学途中の女子高生を軽トラから庇って代わりに俺が事故に遭ったそうだ。なにそれ俺超カッコいいじゃん。助けた子から告白されたりしねえかな。

 そんな取るに足らないことを病室のベッドの上で考えていると病室の扉が開く音がした。

「亮、具合はどう? リンゴ買ってきたけど食べる?」

 病室に入ってきたのは戸籍上俺の母親に該当する人物だった。一昨日に目を覚ました後に家族構成についての説明を受けたばかりなのでどうしてもよそよそしく接してしまう。

「ああ、結構調子は良いよ。リンゴいただこうかな」

 俺の記憶喪失で悲しんでいるのは俺よりもむしろ周囲の人々だと思う。だから出来るだけ親しみを込めて母親に返事をする。

「そういえばアンタ、目覚ましてから携帯見てないんじゃない? 寝てる間の通知の量すごかったわよ」

「そういや見てなかったな」

 目を覚ました直後は色々考え込んでしまって携帯を見る余裕なんて無かったな...

「うっわ、マジで通知の量すごいな」

 L◯NEを開くとトーク欄に大量のメッセージが届いていた。

 いや、マジで通知の量すげえ。でもまあ知り合いが意識不明になったらそりゃ心配するか。なんか皆に申し訳なくなってきたな...

「でも俺この人達のこと全然覚えてねぇんだよな...」

 俺を心配してくれたのは本当にありがたいし、とても感謝している。でも彼らのことを忘れてしまったという現実はどうしても覆らない。今の俺にはこの人たちがどういう人間なのか全くわからないのだ。

 ...よし、まずは自分の人間関係を把握することから始めよう。女の子の友達が何人居るかも気になるし。メッセージを返すのはその後だ。

 よし、まずはL◯NEの友達一覧(主に女子)を見てみよう。

 えーっと、友だちは全部で102人でそのうち女子は...

 市村咲、仁科唯、岬京香、田島友恵か。

 あ、最後のは俺の妹だろうな。ということは俺の友だちの女の子は全部で3人か。ふむふむ、102人中3人ね...

 って3人!? 少なっ! どんだけ俺女子と関わりないんだよ! えぇ...なんか今からメッセージ返す気失せてきたな...女子からのメッセージだけ返して寝ようかな...

 というのはまあ冗談だ。届いたメッセージ一つ一つにはちゃんと返信するさ。もちろん女子は後回しで。いや、楽しみって最後までとっておくものじゃん?

 トーク欄をざっと見たら家族以外のやつが全員メッセージをくれていた。え、俺の友達いい奴ばっかじゃん。泣けてくるんだけど。

 メッセージといっても大抵が『 絶対死ぬなよ』的な内容だったのでとりあえず今は記憶喪失のことを伏せて俺が目を覚ました旨を返信していく。記憶喪失のことは直接会った時に話すべきだろう。

  さあ、野郎共には返信し終わった! お楽しみタイム、もとい女子に返信タイムだ!

 というわけでまずは市村咲さんとやらに返信するか。さて、どんなメッセージをくれたのかな。ワクワク。

『あんた意識不明なんだって?』

『ねえなんとか言ったらどうなのよ』

 え、これでメッセージ終わり? てか、履歴遡ったらめっちゃ罵倒されてるし。もしかしなくても俺ってこの子に嫌われてる? 意識不明の時でも心配されてないってどういうこと? え、俺この子に何したの?

 てか意識不明のやつになんとか言えっていう無茶ぶり凄いっすね。まあ女子からの無茶振りとかむしろウェルカム。もっとちょうだい。

「うーん、コレどう返信すればいいんだ...?」

 マジでどう返せばいいか分からない。そもそも俺を嫌ってそうな子に返信していいのかも分からない。

 ...え、マジでどうしよう。

 そんな風に迷っていた時だった。

『今から病院行くから』

 いきなり市村咲さんからメッセージが届いた。どうやら彼女は今から病院に来るらしい。

 ...へ!? なんだこれどういうこと!? 俺とこの子ってそんなに近しい関係なの!? いや、でも俺ってこの子に嫌われてるんじゃなかったっけ...  え、マジで訳が分からんのだが。

「えぇ...俺とこの子って一体どんな関係なんだ...?」

「どうしたのよ亮。いきなり唸ったりして」

 ベッドの上で1人頭を抱えていると、俺の隣でリンゴの皮を剥いている母親に声をかけられた。どうやら今考えていることが表情に出ていたらしい。

「なあ母さん、市村咲っていう名前に聞き覚えは無いか?」

 脳内セーブデータリセット状態の俺が1人で考え込んでも埒があかないだろう。一応母さんにも市村咲さんについて尋ねておこう。

「ああ、咲ちゃん? そういや説明してなかったね。うちのお隣の娘さんだよ。アンタの幼馴染」

 ほう、なるほど。俺の幼馴染か。なら今から見舞いに来るのもまあ分からなくはない。

 つまりこういうことだろう。

俺、目を覚ます

市村さんの親御さんがその知らせを聞く

市村母「咲! アンタお見舞い行ってきなさい!」

市村咲「なんでよ」

市村母「いや、アンタ幼馴染でしょ。行ってきなさいよ」

市村さん、不本意ながらも病院に居る俺の元へ

 ということだろう。これなら俺のことを嫌いでも病院に来るのもまあ納得できなくはない。

 ...なるほど。今から女の子が嫌そうな顔をしながら俺のお見舞いに来るわけか。あっはっは、なるほどなるほど。

 ...あれ? なんか目から汗が...

「そういやアンタが目覚ましたってことをさっき電話で伝えたらお見舞いに来るって言ってたわね」

「なぜ先に話さない」

「アッハッハごめんごめん」

 いや、笑い事じゃねえっつーの。重大イベントじゃねえか。普通すぐ俺に伝えるだろ。俺の母親って意外とテキトーなんだな...


「記憶喪失のことについては説明したのか?」

「そのことについては事前に詳しく説明してるよ。じゃあ、そろそろ咲ちゃん来るだろうし私は帰るね。リンゴ、ここ置いとくから咲ちゃんと一緒に食べなさい」

 すると母はリンゴが乗った皿をベッド横の棚上に置いてから病室を出て行ってしまった。

 へー、さっきはテキトーだなとか思ったけどウチの母親意外と気を遣えるじゃねえか。わざわざ2人きりにしてくれるなんて。

 ...いや、待て。コレ多分そういう訳じゃないわ。コレ多分俺への気遣いじゃなくて市村咲さんへの気遣いだわ。


---------------------------


 母が退出して数分後、病室をノックする音がした。

「どうぞ」

「し、失礼します」

 俺が応答すると制服姿の女子高生が病室に入ってきた。そして無言でこちらへ近づくと、ベッドの横の椅子に腰掛けた。きれいな黒髪のショートカットで二重の大きい目が可愛らしく、ちょっと背が低めな清楚系美少女だ。なんか思ってたより可愛い。

「...モロ好み」

「ふぇ!?」

「いやなんでもない」

 いかんいかん、つい心の声が出てしまった。ギリギリセーフ。(アウト)

 いや、めっちゃかわいいじゃん。胸の大きさはちょっと控えめだけど。

 ...え? ちょっと待って俺この子に嫌われてんの? なにそれ。死にたくなってきたんだけど。もう1回軽トラに跳ねてもらおうかな。

 そんな風に勝手に1人で絶望していると市村さんが俺に話しかけてきた。

「ね、ねえ亮。記憶喪失って本当なの...?」
 
 挨拶もなしにいきなりそれ聞いちゃうのね...

「ああ、本当だよ」

「私のこと覚えてないの?」

「...ごめん、覚えてない」

「そっか...」

 俺が一通り質問に答えると市村さんは暗い表情を浮かべて黙りこんでしまった。そりゃ嫌いなやつとは喋りたくないよね。もう帰りたいよね、うん(泣)

「フフ...」

 え? なんか突然市村さんが不敵な笑みを浮かべてるんだけど。ちょっと待ってなんか怖い。

 ...あ、分かった。嫌いな幼馴染である俺を今から殺そうとしてるのか。なるほどなるほど。美少女に殺されるのならば我が人生に一片の悔いは無し。いやぁ、短い人生だったなぁ。(錯乱)

 などと考えて狼狽えていたら急に俺の腕に市村さんが抱きついてきた。

「え、ちょ!? 市村さん!?」

「市村じゃないもん。咲だもん」 

「急にどうしたん!?」

「前みたいに名前で呼ばないと許さないからぁ」

 彼女は上目遣いしながら甘い声でそう囁いてきた。

 いや、マジでわけわからん。なんか急に懐かれた。俺嫌われてたんじゃなかったの?


 ...でもかわいいからいいや。ウヘヘ、控えめな胸の感触も悪くないしもっと続けてくれてもよろしくてよ。
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