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第五章

第三十話

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 すると、即座に別の術式が展開された。
 更に複雑に、何重にも魔法陣が現れミイラの身体を包み込んだ。

「まさか失敗したか!?」
「いや、イットー……違う」
「シリウス?」
「術式が複雑過ぎる……何これ、時間軸への干渉が魔法で可能なの、か……?」

 あの博識なシリウスでも知らない高度な魔法。そして、見る見るうちに元の姿を取り戻していく身体。
 気が付けば、赤髪をした美しい少女が俯き立っていた。
 はぁはぁ、と息を切らし、パンッと頬を叩いた後、全力で叫ぶ。

「すぅぅーーー……私、何人産んだんだァァァァァァ!!!!」
「……は?」

 復活して一番最初に叫ぶ言葉がそれ……?
 フレイヤと呼ばれた女性は、アンドロディアの存在に気が付くと、肩を掴み噛み付くように言った。

「おい、シルク! 何人だ、言え!」
「ん~101人かな」
「くぁ~101人母さんかぁー! きっついなぁ~。んで、私の可愛い娘達は?」
「魔王の兵隊か、子供産んでおばあちゃんになってる」
「なッ!? そんな事に……つか、そもそもお前が捕まんなければなぁ~!!」
「ごめんごめんて。反省してるから」

 会話を聞いていると普通の、テンション高めな女の子という印象を受ける。
 けれど、彼女を見ているシリウスの毛は逆立ち、警戒レベルマックスという感じだ。

「はぁ……まぁいい。んで、そこの二人は……?」

 ようやく女の目線がこっちを向く。
 かなり予想とは違うが、この人は多分。

「あの、フレア・マナ・アースさん……ですよね?」
「ん、あぁそうだけど。まだその名前、生きてんだ」
「女勇者様が……まだ、生きていた……?」

 やっぱりそうだ。
 第一世代と戦っていた時に感じた違和感。
 本当に彼女たちには時間という概念は、通用しないのかもしれない。

「エルフ、勇者の名前は捨てた。今はただのフレイヤ……コイツの嫁」
「痛ッ! ちょっとフレイヤ、頭叩かないでよぉ~」
「100年振りで嬉しいんだよ。うりゃうりゃ~」
「うぅー僕も嬉しいよぉ~!」
「…………」

 俺は今、何を見せられているんだ。
 目の前で、いちゃいちゃきゃっきゃしやがって。状況わかってんのか。

「ちょっと邪魔して悪い」

 二人の間に手を挟み、グッと引き剥がす。埒があかねぇ。
 と思った瞬間、身体がガチッと固まった。
 そして、信じられない程、全身が震え始める。

「なんだ、男。私の身体を触るとはいい度胸じゃないか」

 鋭い深紅の瞳が俺を睨み付けると、思考回路は自然と「死」を導き出す。
 確信した、間違いなくこの女は勇者だ。飄々としているが、その気になれば魔力全開の俺でさえ、一瞬で消し炭にする力を持っている。

「わわ、フレイヤ、たんまたんま! この人は、僕を助けて、更にはフレイヤも助けてくれた恩人なんだよ!?」
「え、この冴えない男、シルクの眷属じゃないのか?」
「彼はイットー! 今の世界の理を変えるために頑張ってる人!」
「へぇ~以外だなぁ……どれ」

 フレイヤの手が俺の頭を掴む。
 すると、脳の情報が乱反射し、頭がクラッとした。
 なんだこれ……情報が、吸い取られてるのか!?

「……なるほどね。偏屈な奴だけど、悪い奴じゃないんだ。それに、転生者とは面白い」
「き、記憶を……?」
「そっちのシルクは可愛いじゃない。私らの邪魔はするくせに、よちよちよちよちしやがって」
「な──状況が違うだろ! 状況がッ!」
「まぁ、なんだ。お前の願いは理解したし、感謝もしているよ。サンキューな」

 全く、なんて女だコイツ。
 莫大な力を持ってるくせに、見下した態度も取らず、まるで旧友のようにウザ絡みをしてくる。
 掴みどころがない……というか、アンドロディアと一緒で凄い「自由」って言葉が似合う。

「だったら──」
「あぁ、私の力を持ってすれば魔王なんて小指一本で倒してあげよう。世界だって、元通りさ……だがぁ~」
「だが?」
「……こほん、あれ、お前の記憶にあった言葉でぇ~えっと『大いなる力には大いなる責任が伴う』的な? つまり、この力を
貸すにはイットーという男を見定める必要がある」
「すげー似合わない台詞だな。適当言ってんだろ……」
「私は蜘蛛男じゃないから。でも、適当じゃない」

 そう言うと、フレイヤは初めて真剣な眼差しをした。

「嫌いなんだよ。魔族だの、人間だの、結局は奪い、殺し、支配したいだけじゃん」
「だから中立の立場に立ったのか」
「そーだね、私がいると魔族は確実に滅びてたし、魔族が滅ぶとコイツが悲しむし」
「……難儀だな」
「本音を言えば、興味がないだけ。私は私で生きるし、自分で生き方は決める。でも、今の世界じゃ楽しくなさそーじゃん」
「だったら、答えは一つじゃないのか?」
「あぁ、魔王はやり過ぎた。だから、もう倒しちゃう。けれど、それじゃあ次の魔族の王は誰になる?」
「それは……」
「魔族を滅ぼすのが君の目的か? 違うだろ、世界を変え頂点に立つのが目的の筈だ。関係のない者を巻き込むなよ」
「だが、奴らは──」

 俺は勇者の言葉に反論しようとしたが、細い指で口を押さえられる。

「人間を食らっていた、といいたいかい? だが、人間だって動物を食べるだろ?」
「……」
「自然の摂理、君の主観にしか過ぎない。知らないだろうが、オークのような乱暴者ばかりじゃなく、家族を愛し、娘を溺愛する魔族もいるんだぜい?」

 俺の主観……確かにそうだ。
 動物から見れば、人間だって悪魔のような存在の筈。自分が人間だから、魔族は悪魔に見えるだけ。

「でも、このまま野放しにはしておけないだろ!」
「だから、主犯は私が倒してあげる。問題は、その後」
「後?」
「王がいなくなり、状況は更に混沌とするだろう。その世界を、この世界の生物は、生きていかないといけない」
「……何が言いたい?」
「要は、世界のバランスを保つ監視者が必要なんだ。どちらの種族に傾くこともなく、悲しみも、怒りも、喜びも背負える者が」
 
 つまり、100年前の勇者のような存在でなければ、力は貸せないってことか。

「イットー、君はそれに値する男かな。こーなってしまった以上、魔王との戦いは避けられないけど、それだけは確認したくてね」
「どうやって?」
「こーやって。えぃ!」
 
 パチンッ!
 フレイヤはフィンガースナップを鳴らした。と、同時に景色は一変する。

「──へ、ぁ!? ぃ、イットー様!?」
「ぃ、ぁ!? し、シルク!?」

 そう、彼女は一瞬にして俺たち全員を宿まで転移させたのだ。
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