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第五章

第二十九話

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 ♢♢♢

 そして、瞳を開いた瞬間だった。

「ぬ──ぁ、はッ!!」

 眼前に迫る鋭い先端を、頭を横に動かして躱す。グサッと、それは地面に突き刺さり、間髪入れずに俺は叫んだ。

「ボルトアクセルッ!!」

 足で掴み手を弾き、回転するようにし起き上がり構える。
 チラリと横目を向けるとシリウスもまた、同様に身構えていた。

「本当に敵襲じゃねぇか……しかも、なんだこいつら」

 寝込みを襲ってきた二人の敵と対峙する。
 敵は魔族ではなく人間の女だった。
 ジッと無表情のまま、俺とシリウスを見つめ、太い槍を構えている。
 ……なんだ、コイツらは。まるで生気が感じられない。
 けど、無気力というわけじゃなくて、その構えに一切の隙は無かった。

「……俺が見る。シリウス」
「分かりました、数分下さい!」
「あぁ」

 後ろではシリウスがアンドロディアの封印の解除を始めた。が、敵に動きはない。
 どうやら、俺を二人掛かりじゃないと倒せない敵だと判断したみたいだ。なるほど、馬鹿じゃない。

「夜這いは遠慮してるんだが、ここは一つ引いてくれないか?」
「…………」
「俺はお前らを最終的に助けるためにここに来たんだぞ? だったら協力しても──ッお!?」

 問答無用と言わんばかりに、尋常じゃないスピードで迫る槍。強化された反射神経でもギリギリ躱せるかの速さ。
 横にステップを踏み、腹部への直撃コースを避ける──だが。

「服が、溶けた!?」

 しっかりと避けた筈なのに、服の脇下部はジリっと消滅する。
 炎が燃え広がる隙もない、超高火力が凝縮された槍……コイツら。

「今までの奴とはレベルが違うってことか──ッとあ!」

 俺が避けると、もう一人が的確にその場へ槍を突き刺さしてくる。完璧な連携だった。

「ッ、一つギアを上げる……リニア・アクセル!!」

 磁気を身体に纏わせ、更に加速。
 連続で押し寄せる必殺の一撃を躱し続けた。
 コイツら、炎属性の魔法を使うのか……しかも、シルクが殺意に目覚めた時よりも、何倍も強力な魔力を自在に操っている。
 もしや、魔王が作っている対勇者様の女か。

「くっ、ッ……よっ、と」

 ちッ……反撃の隙がない。
 一対一なら負けることはないだろうが、この二人の連携攻撃は抜群で元の力を倍にして襲い掛かってくる。

「ふ、ぁぁあ! シャバだぁ!」
「イットー、封印解除完了だ」
「アンドロディア、コイツらは一体なんだ!? めちゃくちゃに強いぞ!」
「そりゃそうさ、彼女らは勇者の第一世代……一番力を強く引き継いでいる子なんだから」
「第一世代、なるほど……なッ!」

 危ねぇ、会話する隙さえ与えてくれないのか。第一世代ってことはおおよそ80歳は超えてると思うのだが……まだ全然若いじゃ無いか。

「……いや、そうでもないか」

 見た目こそ若いが、確かに老いているのかもしれない。
 まだ数分しか戦闘していないのに、一気に攻撃の勢いが衰えてきた。

「よし、イケるぞ!」
「まぁ、彼女たちも所詮は出来損ないだからねぇ。といっても、油断は禁物だよ? ほら、あそこあそこ」

 そろそろ攻めに移ろうとした時、アンドロディアが指を刺した方向へ視線を向ける。

「な──はぁ!?」

 そこには同じように無表情の女がこっちに向かって走って来ていた。
 しかも一人や二人じゃない。十や二十と桁が違うじゃ無いか。
 あんな大軍相手にしたら、絶対に敵わないぞ。

「なんだってんだよぉ! チィ、お前らはいい加減寝ていろ!」
「は、がはッ──」

 槍が引かれたと同時に深く踏み込み、二人の腹部に掌底をぶち込んだ。
 電撃が身体中に流れ、痙攣しながら呆気なく倒れる。防御力は全く無いに等しい……攻撃特化型の使い捨てかよ。
 って、そんな事考えてる場合じゃねぇ!!

「アンドロディア、どうすればいい!?」
「そこの壁、ぶっ壊して!」
「了解だッ!!」

 迷っている時間はない。俺は即座に右腕へ魔力を集中させ、手のひらで固定する。
 イメージは槍、感情は悲しみ、願うは神を超える力。

「──雷聖槍《ロンギヌス》ッ、だ!!」

 幻出した巨大な雷の槍を、指示のあった壁へ思いっきりぶん投げる。
 怒号を上げながら槍は突き進み、俺達が進む道を切り拓いた。

「行くぞ! ……って、どうした!? ついて来い!」
「いやぁ……僕は体力使う系は苦手でぇ」
「私はさっき封印解いた時、魔力つかいきっちまったぁー」
「だああああ! 世話の焼ける奴隷と悪魔だよ!!」

 ヘトヘトの二人を肩に担ぎ、全力疾走で駆けていく。後ろを見ると、さっきよりも大勢の女が追いかけて来ているじゃないか。

「ぅお!? ぁ、あぶなッ!」

 しかも槍先からピストルの弾みたいな火球で狙い打ってくる。ルパン三世の気分だ。

「ぁ、イットー、そこ左」
「次は!?」
「もっかい左行って、そこに階段あるから降りて」

 案内されながら、どんどん奥へと進んでいく。次第に追手は女だけでなく、棍棒を持ったオークや、狼男、トカゲ男などB級映画の化物達が総出で俺を殺しにかかってきていた。

「どこまでいきゃあいいんだよッ……」

 俺の魔力も無尽蔵ではない。
 二人抱えたままのリニア・アクセルは正直しんどいし、限界だってある。

「もう少し……あ、そこ右」
「っとぉ、は? ぉ、おいアンドロディア! 行き止まりじゃねーか!?」

 何もない空き部屋があるだけだ。
 まさか、騙されたのか!?
 そう思った時、アンドロディアは言った。

「目的地はこの真下だよ!」
「真下!?」
「うん、正規ルートでは到底到達できない。ユグドラシルの根にさえ近付けば、奴らは侵入を禁止されてるから入って来れないはず……でも、強固な結果が張られてるから全力で──」
「ぶち破れってか?」
「イットーの魔力のデカさは大体把握しつるから自信を持って~ぁ、レッツラゴー!」
「わーたよッ!!」

 ここまでくりゃなるようになれ、だ。
 もう一度、右手に魔力を集中。
 ありったけ、限界まで大きく、そしてギューッと凝縮させる。
 イメージは槌、感情は怒り、願うは全てを破壊する力。

「──神落雷《トールハンマー》ァッ!!」

 ズゴォォぉぉンッ!!!
 爆裂音が鳴り響き、床は砕け散り、嵐が如く吹き荒れる土埃は追手を吹き飛ばした。
 そして、俺たちは真っ逆さまへと落ちていく。

「うわぁぁ! イットー、ヘルプぅ! 私、魔力、無い!」
「わかってる。ほら」
「ひゃい!?」

 シリウスの身体を抱き寄せ、アンドロディアの方を向くと奴は翼で飛んでいた。流石に魔族だ。

「さぁ、つくよ」

 落下時間にしておよそ7秒くらいだろうか。
 300メートルくらい落ちた時、下に光が見え始めた。
 磁気を強め、落下速度を落とし着地。
 地面、だけど岩や石じゃない。これは……木の根か?

「凄いでかいな……」

 周囲を見渡すと、高層ビルが寝転がったような太い木の根が絡み合っていた。

「流石イットー、僕の予想通りユグドラシルに侵入できたね」
「それなりの代償は払ったからな」

 拳を握ってみても、僅かな電気しか発生させることしかできない。
 リニア・アクセルどころかボルト・アクセルさえ発動させるのがギリギリと言ったところだろう。

「……しかし、誰もいないな。本当に、呪いが掛けられているのか?」
「うん、ユグドラシルに呪いを掛けてるのは一人。それも、僕の番がやってる」
「一人……? ちょっと待て、お前の番って──」
「さぁ、こっちだよ! はやくはやく」

 俺の質問に耳を貸さず、アンドロディアは急いで木の根を登っていった。
 奴は言っていた、俺たちの目的と合致していると。
 しかも、そいつが一人で呪いを掛けてると。
 ユグドラシルを一人で歪めれる者は──

「……行くぞ、シリウス」
「あぁ」

 アンドロディアの後ろについて登っていく。木の根は表面が腐っているのか、手で触れるたびにボロボロと粉が舞う。
 よく見ると色も紫で毒々しい……相当悪い影響を受けているようだった。
 状態は上に行くたびに深刻になっていく。
 そして──

「ぁ、い、いた、いたよぉぉ!! ふ、フレイヤぁぁぁ!!」

 切株のようにスパッと平になった部分の中心に、呪いの原因を発見したアンドロディアは、ブワッと涙を流しながら全力で駆け出した。俺たちも急いで着いていく。

「あぁ、よかった、どうなることかと思ったぁ!!」
「……アンドロディア、コイツが呪いの原因か?」
「そうだよ! 僕の番、フレイヤ!!」
「……しかし、これは……」

 木に埋め込まれた人間の形をしたモノ。
 既に性別は分からない……何故なら、ミイラ同然の如く、枯れてしまっていたからだ。
 
「イットー、お願い! 最後の力で彼女の封印を解いて!」
「……コイツを解放したら、世界は元に戻るのか?」
「うん!」
「でも、もう死んでいるじゃないか」
「生きてるよ! 生きてなきゃ、ユグドラシルにこんなことできないって!」
「……本当か?」
「大丈夫、僕を信じて!」
「……」
「イットーぉ! 脱出は僕らに任せていいからぁ!」

 ここで、封印を解くために魔力を使えば枯渇してしまう。
 もし、奴の言葉が嘘なら……完全にゲームオーバー、詰みだ。
 協力しているからといっても相手は魔族、いつ裏切るかわからない。
 取り返しのつかない事をしようとしている可能性だってある。

「ぅぅ……ぼくは……この時を100年待ったんだよぉ……イットーぉ……」

 ……俺は、甘いのかもしれない。
 ここまで必死に、子供にお願いされたら、助けたくなってしまう。偽善者だ。

「……シリウス」
「ご主人様の仰せのままに」
「へッ、こんな時ばっかり。都合のいい女だぜ」
「お前の意思は私や姉さん、シルク様の意思だ。間違っても、誰も責めねぇよ」
「……わかった。じゃあ──」

 ミイラに手を当てると、複雑な術式が浮かび上がった。俺は、シリウスのような丁寧な仕事はできない。
 だから、流し込める限りの魔力を全力で爆発させた。

 ──刹那、ガラスが割れるように術式は砕け封印は解除される。
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