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第一章『格闘家編』

オーガの国

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 淫魔の能力の一つ『擬態』で角や翼、尻尾を消して人間の姿に化ける。
 あらゆる種からエネルギーを奪う淫魔らしい理にかなった能力だ。舐められがちだが、最強と謳われる吸血種に属されるだけはある。
 鏡の前で、原種の特徴を失った自分を観察していると、服を持ったアルカが入ってくる。

「お待たせしました、オーガの国で流通している服です」
「ありがとう。アルカもその格好なの?」
「おかしいですかね」

 くるりと回ってみせる彼女は、僕と同じく人に擬態している。
 だがその服装は、革のジャケットに麻のショートパンツ、胸はサラシで隠しているだけという、露出量はほぼ一緒なのに、目立つ格好だ。

「アルカって服装は過激だよね」
「涼しくないと頭に熱こもっちゃいますから。普段と変わりませんよ」

 そうは言うが、一度女性として見てしまうと、彼女の肢体の美しさに意識してしまう。

 悩み込む僕の手を取るアルカ。
 大きなリュックを背負おうとする手を逆に取り、優しく荷物を引き剥がす。

「僕が持つよ。アルカは頭脳担当なんだから」
「でも部下は私だけですし」
「部下にも役割があるでしょ、代わりに全身全霊で全うしてもらうからね」
「……はいっ!」

 満面の笑顔を浮かべたアルカ。
 彼女が目を瞑り念じ始めると、周囲が青い光に包まれる。

「これは」
「聖女の使っていた術を解析して構築した転移魔術です! 私を合わせて五人までなら一瞬で移動できます!」
「そんな便利な魔術まで、技術面じゃとっくに僕を超えてる気がするんだけど」
「今度教えてあげますから!」

 光が全身を包む。
 瞬間、体がふわりと浮いた。

 *

 すとん、と音を立て地面に着地する。
 先程まで煤けた城砦の壁に囲まれていたが、今は舗装された土の上。
 周囲には石造の立派な建物が並び、日の光を隠していた。

「ここがオーガの国? 聞いていたほど荒廃はしていないね」
「比較的マシな国ですから。|首都(ここ)の治安はあまりよろしくないですけど」

 僕の前に進み、あたりを見回すアルカ。
 彼女はこちらに振り返って腕を組むと、少し考え込んで告げる。

「転移時の座標指定甘かったです。早めに抜けましょう」
「そんなに?」
「あそこにほら、追い剥ぎ注意の看板が」

 指差すほうに目を凝らそうとする。
 瞬間、全身に危険信号が駆け巡り、咄嗟にアルカを抱き上げて体を屈め前に滑る。
 先程自分の体があった場所には、横薙ぎに巨大な棍棒が振るわれていた。

「ちっ、気づきやがったか![

 吐き捨てた男は、棍棒を肩に担ぎなおす。
 筋骨隆々の体格に、僕らの服と同じタイプの衣装。
 頭には一対の尖った角。
 その一本が、中途半端なところから折れていた。

「オーガか。確かに君たちは気性の荒い種族だけど、こんな事をする者たちではないはずだ」
「襲われてるのに説教か」
「説得だよ、種の冠名を背負う君が、こんなことをしてはいけないって」
「随分と古臭い考え方だな」

 聞く耳持たずと言う雰囲気で返すと、彼は背後に合図を送る。
 体格に隠れていたのか、追い剥ぎ仲間らしき老若男女数名のオーガが、棍棒を持って壁のように並ぶ。
 一本角か一対の二本角、オーガ種を示すそれらは、なぜか全員が折られていた。

「その角、何があったんだい?」
「見ない顔だと思ったら最底辺のオーガの事情はてんで知らずか。人間サマはこれだからいいや」
「僕は人間じゃない」
「こっちも暇じゃねえんだ、死にたくなきゃ身包み置いてきな!」

 やはりこちらの話は聞かず、先頭のオーガが襲ってくる。
 アルカを地面に起き、咄嗟に構えた姿勢から回し受け投げる。

 今の力の僕では、この程度が限界か。
 地面に屈んだ男は睨みあげ、ほくそ笑む。

「それなりにやるみたいだな?一斉にかかるぞ!」

 指示と同時に四方から迫るオーガたち。
 視界情報からは隙だらけに見えるが、それはかつての経験則。
 今の自分では太刀打ちできない。

 頭をフル回転させ考える策。
 その答えが出るより早く、アルカが叫ぶ。

「アークス様、淫魔の能力を!」

 立ち上がるアルカと背中合わせになり、前半分の敵を見る。
 指示されて理解した動きを、背後の彼女と息を合わせ、発動する。

「「『|魅了(チャーム)』!」」

 唱えると同時に、視界に薄桃色のフィルターがかかる。
 視界内のオーガ達は、瞬間的に表情が驚愕に変わり、わかりやすい異性は股間を抑える。
 長くは持たないが時間稼ぎにはなる。

「逃げよう」
「いえ、大丈夫です!」

 苦い表情でアルカが僕を引き留める。

「時間稼ぎはできました。あとは待つだけです」
「待つ……もしかして話にあった協力者が」
「違います。どちらかといえば、元凶です!」

 冷や汗を滲ませながら、アルカはまるで何かに賭けているような表情を作る。
 その間にも魅了は解け、オーガ達は迫る。

 隙を見逃した四面楚歌。
 それを打ち破るように、俺とアルカの体は担ぎ上げられる。

 瞬く間の移動は、空間が歪んだように早く、いつのまにか僕達は彼らの輪の外にいた。
 先程のアルカのように、今度は二人で地面に置かれる。
 僕達とオーガ達の間に立つのは、焼けた肌を顕にする露出過多の少女。

「被害を聞いてパトロールを増やしてみたら、案の定だ」

 アルカの普段の服装に似ているが、露出面積はそれ以上。
 極限まで可動域を生む服から覗く四肢は、細くしなやかながら、鋼鉄の強固さを漂わず。
 鍛え上げ、絞り上げられた、彫刻のような肉体美。

 長い白銀の髪を揺らし、こちらを振り向いた少女は、狩人のような鋭い瞳で見つめてくる。

「もう安心だよ。世界最強、勇者パーティ最高戦力のこの私、格闘家ネロ・ライオが来たからには、君たちには指一本も触れさせない!」

 その視線を忘れるわけもない。
 あの日、勇者の背後に立っていたうちの一人だ。

 僕らの正体も知らぬまま、格闘家ネロは追い剥ぎのオーガ達を指差す。

「弱い者から暴力で財を奪おうとする行為、許してなるものか!」
「う、うるせえ! 元はお前が俺たちからカネを無理矢理徴収したから!」
「弱き人々に当てる必要なお金だ! オーガの中にも、人間と共存している者もいる!」
「じゃあなんで人間と徴収量が違うんだ! オレたちだって、オーガの中じゃ弱者だッ!」
「オーガというだけで人よりも強い!」

 問答の中でオーガの言葉が弱まっていく。
 内容もネロが正しいように聞こえるが、前提が破綻している。
 彼等は悪いことをした、だが追い詰めたのは彼女だ。

「大人しく投降しろ。強い力は、弱き人々を助けるために使うんだ!」
「なら、お前の力も俺たちのために使ってくれよッ!」

 逃げ場を無くし、引くこともできなくなったオーガが、無謀にも襲いかかる。

 戦争中は結局、彼女と戦うことはなかった。
 ただ部下から渡される非現実的な戦果だけは知っていた。
 それを示すように、彼女は片手の人差し指を丸め、親指にかけ先方に掲げる。

「慈悲の手加減だ。デコピンで勘弁してやろう」

 呟き、言葉通りデコピンを放つ。
 刹那、彼女の指先が眩い光を輝かせた。
 辺りには突風が巻き起こり、僕とアルカは咄嗟に抱き合い互いを支えた。

 前方のオーガ達は、放たれた閃光に巻き込まれ、錐揉み回転しながら吹き飛ばされていく。

「ギャアアアアアッ!」

 断末魔めいた悲鳴をあげ、オーガ達は遥か向こうの壁にめり込み静止する。
 そんな彼等を一人一人触り、ネロはほっと息をつく。

「良かった、死んでいないな」

 微笑んだ彼女は後ろに僕達がいることを思い出し、驚いたように振り向く。

「うわっ、そうだった! こんな暴力的なものを見せてしまい申し訳ないっ! 怪我は無かったかな!?」
「……はい、ありません」

 こちらに優しさを向けるネロに、僕の返答は不器用に歪んだ。
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