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復讐の誓い

聡明な淫魔

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 ♦︎♢♦︎

 準備を整え、3人で出発した。
 サリエスと出会った泉の更に奥の奥、一晩ほど野宿をし、険しい崖を抜け、更に一晩野宿をした後にようやくと辿り着いた。
 底の見えない人一人入れる程度の小さな穴。

「本当にここなのか?」

 ミナトが疑わしい目で俺を見る。
 そんな視線が気にならないほど、俺は妻達に久しぶりに会える喜びに震えていた。

「俺が先に行くから、二人は後からついてきてくれ……っと、先にこっちを入れとくか」
「マルク様、これを」
「サンキュー、クルス。よっと」

 俺とクルスは背負っていた大きなバックパックを二つ、穴の中へと放り込んだ。ひゅーん。

「おい、音が反響してこないぞ。それに、貴様らが持ってきた荷物はなんだ? 旅には必要ない物だったみたいだが」
「ミナトさん、私達は魔石を買ってきたんですよ!」
「魔石? 何の為に」
「入れば分かるさ。さ、行くぞ」
「はい、マルク様!」

 最初に俺、続いてクルス、少し躊躇いつつもミナトも穴の中へと飛び込んだ。
 視界は直ぐに闇へと染まる。まるで、サリエスの無限天獄をくらった時のように。
 そして、闇は螺旋を描きながら空間を歪ませていき、パッと視界が明るくなった時には果てしなく広がる蒼い空間に着地した。あぁ、蒼か……まぁ、そうだよな。

「マルク様、彼女達が?」
「俺の自慢の妻と子供達だ……今は、眠っているがな」
「結晶化している……のか?」

 ズラッと並んだ蒼いクリスタルの中で、皆安らかな表情で眠っていた。俺の事を待ち。

「クルス、ミナト、少しだけ時間をくれ」
「なに? ここまで来て、まさか裏切るつもりでは──」
「ミナトさん、少し静かにして下さい。家族の再開なのですよ」
「ん……少しだぞ、マルク」
「すまないな」

 俺は並んだクリスタルの一つ一つに手を当てながら「ただいま」と語りかけていく。
 勿論、返事は帰ってこない。
 リゼラも、アリスも、レシルスも、シドラも、サリエスも、妻達、子供達、全員だ。
 その中で、蒼が濁ったクリスタルがいくつかあった。レシルスと、サリエスだ。
 俺はバックパックの中から魔石のカケラを取り出し、そっと当てた。
 すると、魔石はクリスタルの中へ溶けるように吸い込まれていき、濁りが取れていく。

「マルク、何をしているのだ。この娘は、拙者を堕とそうとした者だろう?」
「サリエスだ。半魔半人の彼女でも、人間界にいれば魔力の消耗が激しいからな。以前説明した通り、淫魔は人間界で生きる為には魔石による魔力供給が必要だ」
「なるほど……消耗した者の回復をしているのか……では、この女性は」
「レシルスは俺が心配で、大事な魔力……つまり、命を削って助言を送ってくれたんだ。彼女は純魔族、サリエスとは比較にならない程消耗してしまっている」

 正直、予想以上だった。魔石の数ははギリギリ大丈夫そうか。

「ありがとな、レシルス。助かったよ」
「本当に、愛しているのだな。表情を見れば分かる」
「妻と子を愛さない夫が何処にいる」
「……そうだな」
「マルク様、私もご挨拶しても?」
「あぁ、皆、喜んでくれると思う」

 そう言うと、クルスはテコテコと駆け回り、一人一人に頭を下げながら挨拶をしていった。

「不束者で、ですが! よ、らしくお願いしまッッ!!」

 やけに気合いの入った声で。クルスは妻の中でも子供っぽいから、すげー揶揄われちゃいそうだな。

「よし、これで全員だ」
「はぁ、はぁ、わ、私もご挨拶終わりました!」
「……」

 結構時間が掛かってしまったが、ミナトは壁に寄り縋りながら待っていてくれた。
 やっぱり彼女は優しい女性だ、理性もある。淫魔の事について理解すれば、無闇に手を出すこともない。

「待たせたな、ミナト」
「長過ぎるぞ、いい加減にしろ」
「怒るな怒るな」
「それで、どいつを復活させるんだ?」
「お、察しがいいな」
「魔石はまだ大量にあるように見える。誰かを起こして淫紋の解除方法を聞き出すつもりなのだろう?」
「正解だ。そして、彼女なら知っていると思う」
「確かに、博識そうな女だな」

 俺たちの前にあるクリスタルには、真っ黒な髪をした長身の女性が眠っている。
 淫魔とは思えないほどスラッとしら身体に、凛とした顔付き。
 妻達の中でも一番冷静で聡明な美女。

「名前はシストリア・カルロッテ、俺はシスって呼んでる」
「シストリア様ですかぁ~美しいです」
「コイツは、本当に私に危害を加えないのだろうな?」
「安心しろ、俺の妻が人間に手を出すことはないさ……さて、さっそくご対面といこうじゃないか」

 ドサドサッと全ての魔石をバックパックから取り出して、一気にクリスタルの中へぶち込んだ。
 するとクリスタルは氷が水になるように溶けていき、そしてシスの眠たそうな瞳がゆっくりと開いた。

「ぅん……? マルク・ラットマン……久しいわね」

 透き通るか細い声で俺の名前を呼ぶシスは「ふわ~」とあくびをした後、キョロキョロと周りを見渡した。

「おはよう、シス。すまないな、無理矢理起こして」
「状況から察するに、まだ事態は好転してないのか……何をしている……まぁ、察しは付くが……で、そこに立っている仔猫ちゃんは?」
「紹介しよう、俺の新しい妻クルス・ドアーラだ」
「し、シス様ぁ、ふッ、ふつつつつかものですが! よろしくお願いしまます!」
「なるほど……なるほど……」
「ふにゅ!」

 シスはしゃがみ込み、指先でクルスの頬をなぞるとジッと新しい妻を吟味した。
 顎の下に指を滑らせ、動物を愛でるような動作をすると、クルスは可愛い声を上げる。
 それを見て小さく笑みを浮かべた後、俺の方を向き言った。

「リゼラ……には?」
「シスだけしか起こせなかった」
「なるほど……ふふ、あいつ、怒ると思うよ?」
「わ、私怒られちゃうんですか!? ひぃー!」
「いやぁークルにゃんは心配しなくても大丈夫……可愛過ぎるねぇ……よしよし」
「あっ、シス様ぁ~♡」

 なでなでされて、すっかり懐かせてしまった。そう言えば、シスは可愛いもの大好きだったな。
 妻として認められたのかどうかはわからないが、仲良くなってくれそうで一安心。
 けど、確かにリゼラは怒るだろうなぁ……アイツ、嫉妬しちゃうから。

「さてさて……状況から察するに、本題は……クルにゃんじゃないんでしょ……?」
「初めましてだな、淫魔」
「おいミナト、喧嘩腰になるなよ!」
「いいさ、マルク……」
「──ッ!?」

 立ち上がり、スッーッと足指一つ動かさず、ミナトの目の前まで移動すると、冷たい眼差しで見下した。
 ミナトだって、身長が低いってわけじゃないのに、シスと並ぶと少女のようだ。

「ミナト……か。やけに殺気を向けてくる……それも、訳ありのようだ」
「シス、分かるのか?」
「状況から察しなくても……流石にね。淫紋が刻まれてる……それに、これはダースリンのものだろう?」

 その名前が出た瞬間、肌を刺すような殺気がミナトから溢れ出した。

「単刀直入に言うぞ、淫魔。この淫紋を解く方法を教えろ! さもなくば……!」
「ふふ……マルクのしたいこと、わかっちゃった……なるほど、なるほど……」

 顎に手を当てながら、深い漆黒の瞳で見られると心を見透かされているようで擽ったい。でも、本当に理解しているのだろう。だって、300年の付き合いなのだから。
 一方で、俺も妻がミナトに対してどういう感情を抱いているのか理解した。

「なるほどな……なるほど」
「触れるな、淫魔!」

 頬に添えようとした手をミナトはパンっと弾き、目尻を上げた。
 シスは表情ひとつ変えない……けど、酷く悲しそうに見える。
 責任を感じているのだ、同じ淫魔として、こんな人間を生み出してしまったことを。

「シス、時間はどれくらいある?」
「……状況が好転するまで眠ると考え……この魔石だと10時間が限界か……」
「うぅ……すみませんシス様、私に貯金がもっとあれば……」
「貯金? なるほど……人間は魔石を利用し、産業を広げたか……クルにゃんに金を払わせるとは、なんて男だ」
「いえ、愛さえあれば私は……」
「お互い甲斐性のない夫を持つと……大変だな……」
「おい、俺の稼ぎの悪さを言うな、傷つくぞ。それに、ちゃんと金は返すから」

 全財産叩いて買った魔石で一人10時間が限界。やっぱ、金で解決は無理そうだ。

「とにかく、あまり時間はない。シス、解除の方法がわかるなら、直ぐに教えてくれないか?」
「愛する夫の頼みだ……断るわけないだろう……ミナにゃん、ついてきて」
「み、ミナにゃん!?」
「私にとって、二人は可愛い……仔猫ちゃんだから……おいで」
「……承知した」
「わかりましたぁ!」

 そう言って、巣の奥へと進んでいくシスに、二人は素直について行った。
 俺は、この先に何の部屋があるのか知っている。だから、淫紋の解除方法も察しがついた。
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