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◇第1章

【49】アレクセイとの謁見 - 素性の知れない公爵令嬢① /《アレクセイ視点》

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(…………それにしても本当に『素性の知れない公爵令嬢』だったな……)


 一人きりになった部屋で「今日の彼女の映像」を見つめながらそう思い返す。
 「今日の彼女の映像」とは、彼女が王宮に入って来てからこの部屋に入るまでの様子を録ったものだ。
 おそらく彼女は気づいていないが、今日彼女がこの部屋に入ってくるまではテディーにリアルタイムで映してもらっていた。
 暗がりのテディーを目で追っていたくらいだし、ノインはこのときも気づいていたのかもしれない。もっとも、テディーが現れたときの反応からやはりそれも彼女には告げていなかったのだろうけれど……。


 録っていてもらった理由はもちろん、彼女がどういった人物であるのかを事前に知るためである。
 噂は聞いていたものの、どういう性格かどんな容姿か、どんな口調かどんなものが好きそうか、どう言えば誘導できそうか……そういったことを事前に把握したり考えたりするためだ。

 だが、彼女は年齢の割に非常に大人しくあまり話しもしなかったため、収穫は思ったほどなかった。
 わかったことと言えば「噂通りではない」ということ、「メイドに失礼な態度を取られても気にしていないようだ」ということ、「割とノインと仲がいい」ということ……そのくらいだった。

 映像の中で彼女らを引き連れたメイドが僕の部屋の前で止まり、その後不躾な態度のまま彼女の元を去っていく。


(……テディーが帰ってきたらこのメイド、今日で辞めさせよう)


 彼女が次に会いにくるとき、またこのメイドが迎えることになれば重ねて嫌な思いをさせてしまうことになる。こちらに多大なメリットがある以上、彼女との関係は良好に保ちたいし不穏分子は排除しておくことに越したことはない。


(そもそもなぜノインが憑いたからといって、そのオツキサマを嫌うんだろう? 悪いのは願いが叶わなかったときに暴れるノインであって憑かれた者じゃないだろうに……)


 ……まあ、神にはどうやったって勝てない。
 厄災をばらまくノインに直接報復ができない代わりに、それよりも格段に弱いオツキサマ自体に矛先が向いたとしてもおかしくはないか……。

 しかし、ノインの願いが叶わなければ再度この地に厄災が振りまかれるわけだろう?
 それならば多くの民衆はそうできなくとも、他のオツキサマを積極的にノインのオツキサマに協力させてノインの願いを叶えてしまった方が、結果的に良いのではないか?
 やはり忌み嫌い、迫害する方が無意味に思える……。


(…………ひょっとすると、何か裏があるのか? 誰かが彼女らを迫害するように仕向けている……とか? …………いや、まさか……そんなことして何の意味が……)


 そこまで考えて、違和感に気づく。
 ……いや、むしろなぜ今まで気づかなかったんだろう?


 彼女は僕の婚約者になったから、今日、帰りの馬車に細工をされていた。
 今の今までそう思っていた。
 だからこそそれを阻止してもらおうと、事前にテディーに頼んでおいたのだ。

 だが、彼女は僕の婚約者である前にノインのオツキサマだ。
 馬に少量の興奮剤を打った程度なら確かに軽い事故が起こる可能性が高いが、下手すれば彼女が死んでいた可能性だってある。
 物理的に視認できる刺客であればノインが何とかできるだろうが、予期せぬ事故には対応できないかもしれない。


 ノインの願いが叶えられないまま彼女が死亡すれば、過去に起きたようにまたノインが厄災を振りまくのは目に見えている。
 いくら「敵」が僕の暗殺を目論んでいるとしても、大規模な厄災が起これば国の混乱に繋がる……だからこそ彼女を死に追いやるような馬鹿な真似はしないだろう。


(じゃあ、今日馬車に細工をしたのは『敵』じゃない誰か……ってことか?)


 ノインのオツキサマへの迫害は今に始まったことじゃない。僕もそう教わった。
 世間ではノインのオツキサマのことを白い目で見て避けることが当たり前になっているし、通常オツキサマは国の行事に招かれるが、ノインのオツキサマだけは除外されている。


(……過去ノインのオツキサマだった者たちについて、一度詳しく調べてみた方がいいかもしれないな)


 彼女に今死なれたら困る。
 せっかく一番「敵」に怪しまれるリスクが低く、完治できる手段を得たんだ。その機会をみすみす逃してなるものか。


(いや、体調が戻っても同じことか……)


 完治するということは生きられるということだ。
 数年にわたって苦痛を与えてきた王妃や弟に恨みがないとは言わないが、王位を捨てて自由に生きて行くこともできるんだ。逆に後継者の道を進むことだって不可能じゃない。
 もう一度生きれるチャンスが巡ってきたというのにノインの厄災が降りかかるなんてごめんだ。
 彼女には生きてもらってノインの願いを叶えてもらわなくてはならない。
 その後なら彼女がどうなっても構いはしないが……。


(……テディーが戻ってきたら、できるだけ早く過去のノインのオツキサマの情報を集めるよう頼んでおこう)


 今日、彼女は「僕の婚約者になったから」ではなく、「ノインのオツキサマだから」狙われた可能性が高い。
 彼女がノインのオツキサマになってまだ一月も経っていないのに狙われたとなると、これから先も頻繁にその「誰か」に狙われることになるだろうが……まあ、放っておいても些細なことはノインがいればどうとでもできるだろう。

 テディーに気づけるくらいなんだ、今日の細工だってこっちが先に手を回していなくともノインが勝手に処理できていたかもしれない。
 ノインがいれば彼女の身は守られるだろう。
 ノインがいれば……。


(………………)


 ……何だか胸のあたりがモヤモヤして落ち着かない。
 治療の効果が少し薄れてきたのかな?


「殿下! ただいま戻りました!」


 大きな音を立てて部屋の扉が開かれ、ズカズカとこれまた大きな足音を立てながら一人の男が室内に入ってきた。


(相変わらずうるさいな……静かに戻って来いってあれほど言っているのに…………ああ、でも……そうだな……)
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