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◇第1章
【44】アレクセイとの謁見 - 黒い感情
しおりを挟む(……もしも私がルナと同じ光属性の持ち主で、かつ魔法に長けていたら、こんな長期的な治療法を使わずに済んだんだけどね…………)
じっと待っている間、私は殿下が真正面に見える位置に立ち、ベッドの縁に手を置いてそんなことを考える。
「ノインから神託を授かった」設定で治療法を得て殿下を納得させたがゆえに、黒魔石を体内に取り込み、さらにそれが重症化してしまった際に最も早く治療できる方法は口にしなかった。
それは、光属性の者だけが扱える「治癒魔法」での治療だ。
過去の人生において、黒魔石による人的被害が広まり重症化した患者が増えたときに国が取った対策がそれだった。
もちろんそれが判明した理由も主人公であるルナがきっかけなのだが、治癒魔法が有効といっても重症化した患者を元の状態まで回復させるのには非常に時間がかかり、魔力の使用も著しかった。そのため治療には丸一日かかり、その後一日または二日ほど休んだ後、別の重症患者の治療をするという形だった。
国王陛下は聖職者を含め光属性が扱える者を各地からできる限り集めたものの、元々そう多くはない属性であり、かつ他の国も黒魔石の被害に遭っていたため、結局のところ国内で対応できる人数はかなり少なかった。
通常の回復魔法も効果がないわけではないが、軽度の患者の治療ができる程度で、重症患者に対してはせいぜいほんの一瞬痛みを緩和するくらいの効果しかなかった。
そういった面から黒魔石が広まった頃、重症化したら治癒魔法でしか治療する方法がないとされていたが、原作のラスト直前、魔王討伐前には別の治療法が確立され、即効性はないものの、重傷者を治療できるようになった。
その治療法については、原作では「別の治療法が確立された」というざっくりとした情報しかなかったが、魔王討伐前まで生きていた人生からその詳細を得ることができたのだった。
それでもこの治療法は治癒魔法よりはるかに時間がかかる。時間がかかるということはその分黒魔石による痛みや辛さが続くということだ。
(できればすぐにでも痛みとか辛さを最小限にできれば一番よかったんだけど……そんな都合のいい治療法は九回死んでも見つからなかったのよね)
“ああ、どうしてあの女だけこんなにも特別なのだろうか?”
“どうして同じオツキサマなのに、あの女には幸福が、私には苦悩ばかりが降り続くのだろうか?”
……刹那、黒い感情の一部が少しばかり顔を覗かせた。
大丈夫、焦ることはない……このくらいであれば自分を落ち着かせればまだ耐えられる範囲だ。
(ルナに嫉妬しても意味ないわ……だって、あの子はこの物語のヒロインで誰よりも特別で愛されるべき存在で、私はどう転んだっていつも死と隣り合わせの悪役令嬢なんだから……)
嫉妬も、怒りも、悲しみも、悔しさも、寂しさも……。
うまくいってもいかなくても、この十回目の人生で終わりなのだから、今回の人生ではもう振り回されたくない。
だからもう、ぶり返さないでほしい。
蓋をしても、閉じ込めても、それでも何度も浮かび上がってくるなら――――。
(……こんな感情なんて、『最初の私』なんて――――もう、消えてなくなってほしい)
「――――クラン、シュ……タイン嬢?」
唐突に、涼やかな声が耳に届いた。
反射的にテディーの方を見たが、彼は目を見開き、私ではなく別の方向を見ていた。
……確かに、テディーの声ではなかった。
彼の声にしては、ひどくか細かった。
まさかと思いながらテディーの視線の先に私も首を動かすと、再び声が響いた。
「……ひどく……悲し、そうな顔を…………していたから…………大丈、夫?」
「殿下! 声が……!」
テディーがガタッと立ち上がり、より殿下に近いところへと寄る。
そんなテディーに向けて殿下は話す。
「……へへ。すごい、ね………………何年、ぶり……だろ? …………ちゃ、んと、話したの」
途中何度か咳き込んだものの、その声は確かに殿下から発せられていた。
「こっ、こんなに……こんなにすぐ効果があるものなのですか?」
テディーはかなり動揺しているようだった。
同様に私もかなり驚いていた。治療法は過去の人生で得ていたが、実際に自らの手で重症者に試したのは初めてだったからである。
口元に手を当て目を伏せ、可能な限り素早く思考を巡らせて返答する。
「ノインに聞いたことなので詳しいことはわからないんですが……だいたいの場合、体調の悪化、筋肉の衰弱、幻覚幻聴、神経の麻痺、失声、昏睡の順で進行していくと言っていたので……その逆から良くなっていく……のかもしれませんわ」
「……さす、がに…………まだ、ずっとは、話せそうに、ない……けれ、ど…………クラン、シュタイン嬢」
名前を呼ばれ再び彼の方をしっかりと見ると、温かな瞳がこちらを見つめていた。
「あり、がとう……僕は、君を…………信じるよ」
一瞬、息が――――止まりかけた。
何とも言えない感情が胸の中に広がり、埋め尽くされて……世界が止まってしまったように感じた。
再び、サッと空中に光の文字が浮かんだことで私は現実に戻る。
テディーが座っているソファーの方に近寄り、その文字を読む。
『二人とも驚かせてしまったみたいでごめんね。気づいたら声が出ていたから、正直僕も驚いたよ。テディー、君はどんな感じ?』
「私も最近耳鳴りが酷かったのですが……それが今は治りました」
『なるほど。二人とも効果を実感できたというわけだね。これで君も少しは彼女を疑わなくなったかな?』
「……クランシュタイン嬢。数々のご無礼、お許しくださいませ」
テディー様はすくっと立ち上がり、非常に綺麗な角度でこちらに謝罪した。
「大丈夫。本当に気にしていないわ。それに殿下の安全のためには必要なことだと思うしね」
「ありがとうございます」
テディーはそう答えるとそのまま私をまたソファーの方へと誘導する。
ああ、もうそんなに時間が経っていたのかと思いながら再びそこに腰掛ける。
『効果も実感できたことだし、またこうして治療してほしいと思うんだけど……いいかな?』
「もちろんですわ。そのために今日こうして殿下を説得したんですもの」
柔らかい口調でそう口にすると、彼はうっすらと笑った。
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