あなただったら、いいなあ

らいち

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爽やか、な彼

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「桃子、こっち!」

 同じ心理学の講義をとっている美希が、席を取ってくれていた。こちらを見て手を振っている。

「ありがとう、助かった」
「珍しくぎりぎりだったね。寝坊でもしたの?」
「そういうわけじゃないんだけど、のんびりしすぎちゃって」

 何てありきたりな会話を美希と続けながら、さりげなく健司を探す。桃子は彼も同じ講義を取っているのを知っていた。

「おーい健司、こっちこっち」

 近くから健司を呼ぶ声が飛んだ。反射的に入口を見ると、健司が手を上げて橋本に合図を返している。愛想良く笑いながら、大股でこちらにやって来た。
 ほんの少し教室内が騒めき始めたが、これはいつもの事だ。長身で、しかもまずまず顔が良い彼は、女子に人気があった。しかも愛想が良く誰とでも仲良くなれる性格なので、彼は友達も多い。

「おはよう、健司」
「健司おはよう」

 あちらこちらから飛ぶ声に、健司はにこやかにおはようと返していた。

 すっごい爽やか。

 近づいてくる健司を桃子はじっと見つめる。その視線に健司が気付き目が合った。

「おはよう、健司君」 

 頬杖を突き少し前屈みになって、角度によってはカットソーの隙間から胸の谷間が見えるかもしれない姿勢をとる。もちろん表情は少しでも色っぽく見えるように、目を細め口角を上げた。

「あっ、お、おはよう。藤原さん」

 視線が一瞬胸元に行ったのを桃子は見逃さなかった。おまけにらしくないしどろもどろの健司の返答に、にやけそうになって慌てて口元を両手で覆う。健司はそそくさと、橋本の隣に座った。

「何? どうしたの、桃子」
「え? 何が?」
「何って……。健司に挨拶なんて今までしたことなかったじゃない。突然どうしたのよ」
「ん~? ちょっといいかなあと思い始めて」
「マジ? 爽やか過ぎてタイプじゃないって言ってたくせに」
「ちょっとね、気が変わったの。もともと顔とかはけっこう好きだったしね」
「ふうん?」

 美希が胡乱な目で桃子を見たが、素知らぬ振りを通した。

 それよりも、ちゃんと彼は煽られてくれただろうか? 匂いを嗅ぐだけだなんてそんな甘っちょろい事してないで、もっと私に溺れて雁字搦めになればいいのに。
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