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緑への回帰
迫る総理大臣選挙
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執務室に戻って来たセレンの表情はかなり複雑な物だった。苦々しい顔をしてはため息を吐き……、そんなことを繰り返している。飄々としていていつも平静な態度を崩さない、そんな大らかな国王だと認識しつつあったカンナは、国王の身に何が起こっているのだろうと不安になった。
先ほど強面のクラウンが戻って来た時のルウクの表情もただ事では無かったのだ。研修中の己には窺い知れない何かとてつもなく大きな出来事が起きたのかもしれないと、執務室の微妙に変化した雰囲気に戸惑っていた。
しばらくイライラしていたセレンだが、いつまでも己の感情に振り回されていては業務が滞ってしまうと思い直し、大きく息を吐いた後、地方からの陳情書や大臣から上がって来た書類に目を通し始めた。
その様子を見たルウクが、セレンにお茶を淹れようと席を立った。
「ルウクさん、お茶を淹れるのですか?」
「ああ、そうだよ」
「あの……、僕……いえ、私が淹れます!」
こういう仕事は研修生である自分のすべきことだと思ったのだろう。慌てて席を立ち、ルウクに戻ってもらおうとした。
そんなカンナに、ルウクは昔の自分を思い出し微笑ましく思う。
「良いよ。カンナ、座ってて。ここでは私がお茶を淹れると決まっているんだ。……陛下が、私の淹れるお茶をたいそう気に入ってくれているからね」
相手が恐縮しないようにと務めて優しく伝えれば、カンナも納得したらしく、「それでは私の出番はないですね」とおとなしく席に戻りルウクのまとめた資料に目を戻した。
「どうぞ、陛下」
淹れたての紅茶と一緒に、今日は小さなクッキーを3つほど添えて出した。セレンはあまり甘いものを食す方ではないが、だからと言って特別に嫌いと言うわけでは無い。ほんの少しの気分転換にでもなってくれればいいと、ルウクのそう言う思いが込められていた。
「ありがとう。甘いものは久しぶりだな」
「そうですね」
穏やかに笑うルウクに、セレンが目を細める。
「……もしかしたら、お前との約束が果たせなくなるかもしれない」
「それは……」
「侯爵が私を推薦していた」
「やはりそうでしたか」
「――侯爵だけじゃない。……バサム伯爵や、フリッツまでもが推薦していた」
「え!? フリッツ長官が?」
フリッツと言えばセレンの異母兄であるシザク王の一番の側近でもあったのだ。当時兄弟仲は悪く、そのころのフリッツは少なからずセレンに対して警戒はしてもあまり良い印象は無かったはずだ。それなのに推薦者として名を連ねているという事は、長い期間をセレンの下に仕えたことで、セレンの本当の人となりを理解したという事なのだろう。
そう思うと、これが主の意に反している事だと分かってはいても、ルウクの胸は熱い思いでいっぱいになった。
「彼らの名前を見てしまっては、強く否定することが出来なくなってしまってな……」
「……候補者の方々は……? 陛下の他にもいらっしゃいましたか?」
「ああ、他に3人いた。1人は私の知らない名前だったが、他の者達はしっかりした人物だ。きっと誰が成ってもおかしくない面々だろうとは思う」
「――そうですか。それは良かったです」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それから――、初の総理大臣選挙まで2週間後と迫ったこの日、王宮広場前ではそれぞれの候補者を推す者たちの応援演説が繰り広げられることになっていた。
「陛下、もうそろそろ応援演説の時間になります。お手数ですがご出席のほどよろしくお願いいたします」
「…………」
30分ほど前に執務室にナイキ侯爵とフリッツが訪れていた。
数日前からセレンには、候補者の一人として王宮広場前に出てくれるようにと頼んではいたのだが、当のセレンからは「否」とは言われはしなかったが了承するという言葉も貰えていなかった。
セレンの性格からして、それがどんなに本人にとって嫌な事であろうが、やらねばならないことに関しては我慢して請け負う筋の通った行動をするだろうと推測はされていた。だが今回ばかりは仕事と違う側面があるので、どうしても心配になってしまったのだ。
2人に仰々しく催促されたセレンは、心底嫌そうな顔をしてため息を吐いた後無言で席を立った。そのセレンの行動にホッとした表情になった侯爵らも席を立ち、セレンの後に続いて執務室を出て行った。
先ほど強面のクラウンが戻って来た時のルウクの表情もただ事では無かったのだ。研修中の己には窺い知れない何かとてつもなく大きな出来事が起きたのかもしれないと、執務室の微妙に変化した雰囲気に戸惑っていた。
しばらくイライラしていたセレンだが、いつまでも己の感情に振り回されていては業務が滞ってしまうと思い直し、大きく息を吐いた後、地方からの陳情書や大臣から上がって来た書類に目を通し始めた。
その様子を見たルウクが、セレンにお茶を淹れようと席を立った。
「ルウクさん、お茶を淹れるのですか?」
「ああ、そうだよ」
「あの……、僕……いえ、私が淹れます!」
こういう仕事は研修生である自分のすべきことだと思ったのだろう。慌てて席を立ち、ルウクに戻ってもらおうとした。
そんなカンナに、ルウクは昔の自分を思い出し微笑ましく思う。
「良いよ。カンナ、座ってて。ここでは私がお茶を淹れると決まっているんだ。……陛下が、私の淹れるお茶をたいそう気に入ってくれているからね」
相手が恐縮しないようにと務めて優しく伝えれば、カンナも納得したらしく、「それでは私の出番はないですね」とおとなしく席に戻りルウクのまとめた資料に目を戻した。
「どうぞ、陛下」
淹れたての紅茶と一緒に、今日は小さなクッキーを3つほど添えて出した。セレンはあまり甘いものを食す方ではないが、だからと言って特別に嫌いと言うわけでは無い。ほんの少しの気分転換にでもなってくれればいいと、ルウクのそう言う思いが込められていた。
「ありがとう。甘いものは久しぶりだな」
「そうですね」
穏やかに笑うルウクに、セレンが目を細める。
「……もしかしたら、お前との約束が果たせなくなるかもしれない」
「それは……」
「侯爵が私を推薦していた」
「やはりそうでしたか」
「――侯爵だけじゃない。……バサム伯爵や、フリッツまでもが推薦していた」
「え!? フリッツ長官が?」
フリッツと言えばセレンの異母兄であるシザク王の一番の側近でもあったのだ。当時兄弟仲は悪く、そのころのフリッツは少なからずセレンに対して警戒はしてもあまり良い印象は無かったはずだ。それなのに推薦者として名を連ねているという事は、長い期間をセレンの下に仕えたことで、セレンの本当の人となりを理解したという事なのだろう。
そう思うと、これが主の意に反している事だと分かってはいても、ルウクの胸は熱い思いでいっぱいになった。
「彼らの名前を見てしまっては、強く否定することが出来なくなってしまってな……」
「……候補者の方々は……? 陛下の他にもいらっしゃいましたか?」
「ああ、他に3人いた。1人は私の知らない名前だったが、他の者達はしっかりした人物だ。きっと誰が成ってもおかしくない面々だろうとは思う」
「――そうですか。それは良かったです」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それから――、初の総理大臣選挙まで2週間後と迫ったこの日、王宮広場前ではそれぞれの候補者を推す者たちの応援演説が繰り広げられることになっていた。
「陛下、もうそろそろ応援演説の時間になります。お手数ですがご出席のほどよろしくお願いいたします」
「…………」
30分ほど前に執務室にナイキ侯爵とフリッツが訪れていた。
数日前からセレンには、候補者の一人として王宮広場前に出てくれるようにと頼んではいたのだが、当のセレンからは「否」とは言われはしなかったが了承するという言葉も貰えていなかった。
セレンの性格からして、それがどんなに本人にとって嫌な事であろうが、やらねばならないことに関しては我慢して請け負う筋の通った行動をするだろうと推測はされていた。だが今回ばかりは仕事と違う側面があるので、どうしても心配になってしまったのだ。
2人に仰々しく催促されたセレンは、心底嫌そうな顔をしてため息を吐いた後無言で席を立った。そのセレンの行動にホッとした表情になった侯爵らも席を立ち、セレンの後に続いて執務室を出て行った。
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