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緑への回帰

ナイキ侯爵のひそかな思惑 4

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 しばらくして、シガと共にフリッツが執務室を訪れた。3人はソファに腰かけて、政治経済を学んだ学生たちの資料を見ている。
 成績ももちろん大事だが、人となりも重要だ。この資料には、これらの学生を担当した教員らによる推薦メッセージなどが多数記されていた。

 セレンは多少現場とも関りがあり、学生らとも会話を交わす機会のあるフリッツの意見も参考にしつつ、気になる人材をいくつかピックアップした。

「それでは、談話室に大臣らに集まってもらっておりますので、これを見せに行ってまいります」
「ああ、頼む」
「畏まりました」

 フリッツはそう言うと立ち上がり、持って来た資料をまとめた。

「そう言えば、先ほど陛下が選ばれた者はどうされますか? 彼らには、その資料を省いて見せた方がいいですか?」

「いや、見せていい。それぞれに相性もあるだろうし。それに私は半年後には執務室からいなくなる人間だ。優先されるべくは、仕事を続けていく諸大臣だ」

 セレンがそう言うと、フリッツはなぜか微妙な表情になった。だが取り立てて何かを発するわけでは無く、「畏まりました」と言って資料を手に、そのまま執務室を出て行った。


 こうやって、研修生を取り入れるシステムを進めながら、初の総理大臣を選出する準備も着々と進んでいた。

 最初の頃は国王の権限が縮小され、新たに実質的な国のトップを投票で選ぶことが決定したと聞かされた時は、各地の領主たちも驚きを隠せずに反対する者も多々居たのだが、王族の皆が了承したことや国王であるセレンからの提案だと聞かされては、否と唱える必然もないかという空気へと流れて行った。

 だがこの戸惑いを払拭する原因となったものは、セレンからの直筆の手紙だったと推測される。もしよければ、と言う文言から始まった文面にはこう記されていた。

『地方をしっかりと治めている諸侯にも総理大臣になる権利がある。二足の草鞋を履くには重責を担う職なので勧められないが、もし、まだまだ若くて領主としての代替わりが出来る者で我こそはと思う者は是非立候補してほしい。また、貴公が推したいと思えるような優秀な政治能力のある配下の者がいるのなら、是非推薦してほしい』と。

 国王自らに、次の主役へと躍り出る資格が地方にいる者達にもあるのだという事を告げられたことで、彼らの自尊心は大きくくすぐられたのである。


 しばらくして、ナイキ侯爵の手伝いに奔走していたクラウンが戻って来た。

 最近の執務室にはどことなく引き継ぎムードが漂っている。
 通常の業務を済ませた後は、ルウクが執務に必要だと思われる細々とした事務作業を分かりやすくするための引き継ぎ書をまとめながら、研修に来ている者にも教える姿が見て取れた。

「熱心だな」

「あ、クラウンさん、お疲れ様でした。え~っと、こちらは少し前から研修に就いてくれているカンナ・ミニマム君です。こちらはクラウンさん、陛下の護衛官と秘書を務めている方だよ」

「は、初めまして! カンナ・ミニマムと言います。色々至らないところもあるかもしれませんが、どうぞ宜しくお願いします」

 初めて会う眼光鋭いクラウンに些か緊張したのだろう。席を立って大声で挨拶をした。だが強面のクラウンにはよくある事のようで、特別驚く様子もなく緊張気味のカンナに「よろしく」と言いおいてルウクに向き直った。

「陛下はお出かけか?」
「隣です。もうそろそろ戻られるのでは?」

 ルウクのその言葉にクラウンが秘書室へとつながる扉に目を向けると、それとほぼ同時にセレンが執務室へと戻って来た。

「ただいま戻りました、陛下」

 久しく聞くクラウンの声に、セレンが顔を上げた。

「ああ、クラウン。戻っていたのか、ご苦労だったな。地方の様子はどうだ? 侯爵からは、準備は滞りなく進んでいると聞いてはいるが」

「はい。当初の戸惑いも、今はほとんど見られません。準備も着々と進んでおります」

「そうか、それは良かった。ところで候補者の締め切りも近づいてきているのだが、そちらの方はどうなっている? 私の方には一向に他薦も含め、候補者の名前が挙がってこないのだが」

「それは私の方では分かりかねます。候補者を募る作業は侯爵がほぼお一人で取り仕切っておりますので」
「……ナイキ侯爵が?」
「はい」

 クラウンの返事を聞き、セレンの眉間にしわが寄った。どうやら、自分が国王に推挙されたときのいきさつを思い出し、苦々しい気分になったようだ。

「出てくる。後を頼む」
「はい」

 戻って来たと思ったらまた足早に出ていくセレンに、ルウクは何事が起ったのかとクラウンを見た。ルウクと目が合ったクラウンは、いつもの変わりない落ち着いた表情だ。

「おそらくこれからは、陛下と侯爵の攻防戦だな。……私としては、侯爵に勝っていただきたいが……」
「……クラウンさん? え!? それって、まさか……」

 ギョッとして目を見開くルウクに、クラウンが薄く笑う。

「安心しろ、侯爵の事だ。後から後ろ指を指されるような不正じみたことはしない。それこそ堂々と、ご自分の信念を通そうとするだけだ。……強かさは陛下もそうだが、一枚も二枚も、侯爵の方が上手だろう」

 絶句するルウクに、クラウンが言葉を続けた。

「ルウクも覚悟しておいた方がいいぞ。例えどんなに優秀な参謀が傍に就いていたとしても、陛下の右腕はルウク以外にはいないだろうからな」

 只々困惑して呆然とするしかないルウクを、カンナが心配そうに見つめていた。
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