上 下
74 / 83
緑への回帰

ナイキ侯爵のひそかな思惑 2

しおりを挟む
「陛下」

 しばらくおとなしくセレンの話を聞いていたナイキ侯爵が手を上げた。

「なんだ?」
「今まで陛下が執り行ってきた様々な権限を譲り渡されることになるその大臣の上に立つ者は、どうやって決めるのです?」

「資質とやる気のある者に立候補してもらおうと思う。行く行くは大々的に平民からも立ってもらいたいとは思っているが、それは後の話だ。現状では政治に関わる仕事をしている諸侯らや、先代に仕えた経験のある者らから選ぶべきだと考えている」

「で? その方々が立候補したとして、選ぶのは誰ですか?」

「それが少し問題なんだよな……。なるべく多くの者達に関わってもらいたいとは思っているから、少なくとも地方の領主には参加してもらいたいと思っている」

「それでしたらいっそのこと、地方地方に投票所を設けて20歳以上の成人に票を投じさせてはいかがですか? 命じていただければ、地方に精通している配下の者を応援に出向かせます。そうすれば平民たちは自分たちも政治に参加することが出来るのだと分かり、国のありようを自分たちも真面目に考え無いといけないと自覚するようになるのではないでしょうか」

 思いもよらないナイキ侯爵の進言に、セレンは目を瞬いた。可能であればそれに越したことは無いのだが、それが侯爵の口から出て来た事に些か戸惑いを隠せない。          

「それは……、確かに理想ではあるが、総ての地方に対しては無理では無いのか?」

「そうですね。総ての地方に、というのはさすがに無理です。ですが一応領主の方々には、出来る範囲で構わないので努力をしてもらうという事で話をしてみてはどうでしょうか?」

「そう……、だな」
「ご命令いただければ、私の方で対処します」
「……分かった。では頼む」
「畏まりました」

 恭しく頭を下げるナイキ侯爵に、どうしても解せない気分になる。確か侯爵は、事前に国王の権限を縮小することを相談しなかったことに腹を立てていたのでは無かったか?

 話がスムーズに行きすぎているような気がして、セレンは妙な気持ちに陥った。

「あ……、そう言えば大事なことを聞き忘れていましたな。その新しい職は、なんという職名になるのでしょうか? それと立候補を募るのはいつごろと考えられていますか?」

「ああ、悪い。それよりも大事なことを侯爵に伝えそびれていた。新しく創設しようと思っているこの職は、宰相が補佐に回る立場になる。あくまでも皆の投票によって決められるべき人事なのでなんとも言えないのだが、もしよければ侯爵も立候補してみないか?」

「いいえ。そんなことならご心配なく。私が上に立つ器では無い事は、この私自身が十分承知しております。私は補佐の身が一番自分に合っていると思っておりますので、よろしければそのまま、新しく上に立つ方の下で働かせていただければと思います」

「……そうか、分かった。では新しい職は、大臣の上に立って統括してもらうという事で、総理大臣とでもしておこうか」
「畏まりました」

「候補者の受付に関しては、手続きや根回しもある程度は必要だろうから3カ月後くらいにと思ってはいたのだが……。それだけ大規模にするのであればもう少し先の方がいいだろう。……半年くらいかければ、地方を説得したり準備を整えさせることが出来そうか?」

「はい。……そこまで時間は必要ないかと思いますが、お時間をいただけるのであれば有難いです」
「分かった、そうしよう」

 淡々と話が進んでいく中、フリッツだけがついて行けないような複雑な表情を見せていた。だが既に王族の了承を得ているという事で、受け入れていくしかないのだと思おうとしている、そんな葛藤も含まれているようにも見えた。

「陛下」
「なんだ? フリッツ」

「……その立候補は自薦のみですか? もし私が推薦したいと思っている人物が立候補されない場合は、私が推薦するという事は出来るのでしょうか?」

「それは……、微妙なところだな。推薦された相手がやる気のない相手では、責任ある仕事を任せられないのではないか?」

「謙虚な方の場合もあるでしょう。資質がある方ならば、周りが支えればいいことではないですか。そう言う事ですよね、長官?」

「はい、その通りです」
「……しかしな」

 フリッツやナイキ侯爵の言い分も一理あるとは思うが、やる気のない者がこの重責を担う仕事をする事が、良い結果をもたらすとは言い切れないとセレンは思った。

「資質があるのだと皆が認める方ならいいのではないかと思います。たとえやる気があったとしても、器に問題がある方がこの国のトップに立つのは、私はその方が問題があると思います。……横から差し出がましいことを、失礼いたしました」

 今まで黙って離れた位置から会話を聞いていたクラウンが、控えめに口を開いた。だがその控えめな口調が却って、ここに居る面々にその意義を見出させたようだった。

「……クラウンが言った事は、とても的を射ていると思いますな。陛下、やはり今回は初めての事ですからしっかりと上に立つ者を選んでいただけないと、私どもとしましても易々と同意するわけには行きかねます。自薦他薦を問わず、候補者を受け付け出来るように取り計らいのほど、よろしくお願い申し上げます」

 そう言ってフリッツが深々と頭を下げた。それに倣い、隣のナイキ侯爵も頭を下げる。
 ナイキ侯爵はもとより、フリッツにまで頭を下げられたとあっては、いかなセレンとは言え無碍にも出来なくなってくる。

「分かった。了承しよう」

「ありがとうございます。それで今回その候補となる人物には、何か特に制限とかございますか? 例えば男爵以上の者にすべきとか……」

「いや、今回は特にそういうものは設けるつもりは無い。先にも言ったように、ただ政治や経済に詳しい者から選ぶべきと、そのくらいの制約だ」

「畏まりました。では半年後の初の総理大臣選出のため、準備に入らせていただきます」

 恭しく頭を下げるナイキ侯爵の表情は、執務室に足を踏み入れた時とはまるで違っていた。その瞳には、訝しく思うほどの力強い光が放たれていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~

黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※ すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

処理中です...