73 / 83
緑への回帰
ナイキ侯爵のひそかな思惑
しおりを挟む
それから3日も経たないうちに、ナイキ侯爵が執務室にやって来た。
「陛下、お話があります」
突然現れたナイキ侯爵に対し、セレンは叱ることなく招き入れた。ちょうど侯爵にも、今回の体制の変革に対して報告せねばと思っていたところだったのだ。
「ちょうど良かった。私も侯爵に話をせねばと思っていたのだ。ルウク、フリッツを呼んできてくれ。それとシガとハイドにもここに来るよう伝えてくれ」
「畏まりました」
ルウクは手元の資料もそのままに、素早く執務室を出て行った。
セレンに通されソファに腰をかけたナイキ侯爵は忌々しそうな顔をしている。そんな侯爵に対しても飄々とした態度を崩さないセレンに、腹の虫が治まらない様子だ。
「今回の件は、どうして事前にご相談していただけなかったのですか?」
「ああ……、誰かに聞いたのか。相変わらず早耳だな」
「早くなど無いでしょう。私の所に報告が来た時には、もう王族の方々の了承を受けた後なのですから」
憤懣やるかたなしといった珍しいナイキ侯爵の表情に、セレンはなんだか留飲が下がる思いであった。本をただせば強かな侯爵のせいで、なりたくもないこの国王の座に就く羽目になったのだ。もちろんそのおかげで、以前から懸念していた事柄を改革することが出来たのも事実なのだが。
「事前に相談をしなかったのは悪かったが、侯爵にこの話を切り出すより先に、王族の者たちに了承を得るのが先だと思ったのだ。これは私には理解出来ないことだが、きっと王族の者たちにとってはとても大切な事だろうからな」
長い間、己の先祖たちがこの国を治め率いてきたのだ。きっとそれを誇りに思い、未来永劫続くものだと確信していたに違いない。
なるべきではなく不本意の内に続けてきた国王という地位。それでも王族やその配下の貴族たちとの交流の中で、セレンなりに分かってきたことも多々あった。だから大切に守り続けているその誇りというものを、蔑ろにせずに出来るのなら、それが一番だと思えたのだ。
万が一にも王族たちの反対にあった場合には、考え直す覚悟も出来ていた。しかしその誇り高き彼らにも、セレンの辛抱強い改革の中で見えてきたことがあったのだ。それは双方とも少しずつではあるが、心を通わすことに繋がる着実な進歩だったのである。
一理あるセレンの言葉に、さすがの侯爵もそれ以上質すことは出来ないと判断し、背もたれに体を預けた。
「フリッツ長官が来られました」
ルウクの言葉にセレンとナイキ侯爵が頭を上げる。シガやハイドもフリッツの後から顔を出した。
「忙しいところすまないな。報告と相談があるんだ。座ってくれ」
セレンに勧められ、フリッツとシガが席に着く。ハイドはルウクの横に椅子を引いて腰かけ、クラウンも、自分の席から何事が始まるのかとセレンらの方に視線を向けた。
「これは既に、王族一同にも了承を得ている事だ。ただ、その手法に関しては私らの手にゆだねられている」
「なんでしょうか?」
ナイキ侯爵は既にあらかたの事は配下の者からの報告があり分かっているのだが、フリッツは初めて聞く事柄だった。
「まず、国王の権限は縮小される」
「――なんですと?」
「……国王の権限は最小限に縮小して、新たに大臣らの上に立ち、総てを取りまとめて管理する立場の者を創設する。実質、国の進むべき道や民が幸せに暮らしていくにはどうしたらいいのかを主導する職務を負ってもらう」
「お待ちください陛下。それは今まで国王たる陛下のお役目ではありませんか。何故わざわざその役割を放棄して、新たに職務を設ける必要があるのですか」
シエイ王が健在だったころからシザク王の教育係として王家に仕えて来たフリッツには、セレンが言わんとしている事への理解が出来なかった。国王はこの国の為に在り続け、そして民も、国王を崇拝し敬愛しなければならないものだという思いが、フリッツの根底に流れているのだ。
「……国王が世襲で決められる限り、国の長として君臨し続けることは無用な争いを生む。権力欲を欲するバカの為に兄上は殺された。フリッツだって忘れたわけでは無いであろう?」
「…………」
「それに、長い世襲の歴史の中には、恥ずべき先祖がいたこともしっかりと記されているしな」
「それで権限を縮小された国王は、一体何を為さるのです?」
「まあ、ここに居る者は大体気付いてはいただろうが、私は本当は国王という存在自体を無くしてしまおうかとも思っていた。だが国王としての仕事を続けていくうちに、国内事情はさておき、外交上では王国であるこのソルダンが、突然国王の存在を無い者として扱う国に変貌してしまったとあっては、いらぬ邪推をされかねないだろうと思ったのだ。運が悪ければ、国内事情が荒んでいると勘違いした敵対国に、侵略のきっかけを与えてしまう事態にもなりかねない」
「左様ですな」
「それで国王の仕事だが、主に外交上必要に応じて対処する。国賓を招いてのもてなしや、相手国の国王や首長に対する儀礼的な行事などだ。……それと、今までは法案の作成や改革など、国王が先導し議会を開いて皆の承認を得るようにしていただろう? その役割は新しく大臣の上に立ち、国を率いていく職に就いたものに移譲する。ただし、法案の成立にかかわる議会には参加する。それに国王には拒否権を与えるという事で、王族も、国の主軸になる事柄に関して関わっているのだという関心を持ってもらいたいとも思っている」
「拒否権ですか……」
今まで黙って成り行きを見守っていたシガが口を挟んだ。
セレンが考えていることは大体把握してはいたが、事細かい部分までは聞いておらず、国政からもっと距離を置くものだと思っていたので、シガにとってはこのセレンの考えは意外でもあった。
「そうは言ってもな、絶対的な拒否権では無いぞ。国王を含めた3割以上が拒否を示した場合に限り、拒否権は発動されるものとする。たかだか3割の同意も得られないような拒否では、単に国王のわがままと取られても仕方がないからな」
「陛下、お話があります」
突然現れたナイキ侯爵に対し、セレンは叱ることなく招き入れた。ちょうど侯爵にも、今回の体制の変革に対して報告せねばと思っていたところだったのだ。
「ちょうど良かった。私も侯爵に話をせねばと思っていたのだ。ルウク、フリッツを呼んできてくれ。それとシガとハイドにもここに来るよう伝えてくれ」
「畏まりました」
ルウクは手元の資料もそのままに、素早く執務室を出て行った。
セレンに通されソファに腰をかけたナイキ侯爵は忌々しそうな顔をしている。そんな侯爵に対しても飄々とした態度を崩さないセレンに、腹の虫が治まらない様子だ。
「今回の件は、どうして事前にご相談していただけなかったのですか?」
「ああ……、誰かに聞いたのか。相変わらず早耳だな」
「早くなど無いでしょう。私の所に報告が来た時には、もう王族の方々の了承を受けた後なのですから」
憤懣やるかたなしといった珍しいナイキ侯爵の表情に、セレンはなんだか留飲が下がる思いであった。本をただせば強かな侯爵のせいで、なりたくもないこの国王の座に就く羽目になったのだ。もちろんそのおかげで、以前から懸念していた事柄を改革することが出来たのも事実なのだが。
「事前に相談をしなかったのは悪かったが、侯爵にこの話を切り出すより先に、王族の者たちに了承を得るのが先だと思ったのだ。これは私には理解出来ないことだが、きっと王族の者たちにとってはとても大切な事だろうからな」
長い間、己の先祖たちがこの国を治め率いてきたのだ。きっとそれを誇りに思い、未来永劫続くものだと確信していたに違いない。
なるべきではなく不本意の内に続けてきた国王という地位。それでも王族やその配下の貴族たちとの交流の中で、セレンなりに分かってきたことも多々あった。だから大切に守り続けているその誇りというものを、蔑ろにせずに出来るのなら、それが一番だと思えたのだ。
万が一にも王族たちの反対にあった場合には、考え直す覚悟も出来ていた。しかしその誇り高き彼らにも、セレンの辛抱強い改革の中で見えてきたことがあったのだ。それは双方とも少しずつではあるが、心を通わすことに繋がる着実な進歩だったのである。
一理あるセレンの言葉に、さすがの侯爵もそれ以上質すことは出来ないと判断し、背もたれに体を預けた。
「フリッツ長官が来られました」
ルウクの言葉にセレンとナイキ侯爵が頭を上げる。シガやハイドもフリッツの後から顔を出した。
「忙しいところすまないな。報告と相談があるんだ。座ってくれ」
セレンに勧められ、フリッツとシガが席に着く。ハイドはルウクの横に椅子を引いて腰かけ、クラウンも、自分の席から何事が始まるのかとセレンらの方に視線を向けた。
「これは既に、王族一同にも了承を得ている事だ。ただ、その手法に関しては私らの手にゆだねられている」
「なんでしょうか?」
ナイキ侯爵は既にあらかたの事は配下の者からの報告があり分かっているのだが、フリッツは初めて聞く事柄だった。
「まず、国王の権限は縮小される」
「――なんですと?」
「……国王の権限は最小限に縮小して、新たに大臣らの上に立ち、総てを取りまとめて管理する立場の者を創設する。実質、国の進むべき道や民が幸せに暮らしていくにはどうしたらいいのかを主導する職務を負ってもらう」
「お待ちください陛下。それは今まで国王たる陛下のお役目ではありませんか。何故わざわざその役割を放棄して、新たに職務を設ける必要があるのですか」
シエイ王が健在だったころからシザク王の教育係として王家に仕えて来たフリッツには、セレンが言わんとしている事への理解が出来なかった。国王はこの国の為に在り続け、そして民も、国王を崇拝し敬愛しなければならないものだという思いが、フリッツの根底に流れているのだ。
「……国王が世襲で決められる限り、国の長として君臨し続けることは無用な争いを生む。権力欲を欲するバカの為に兄上は殺された。フリッツだって忘れたわけでは無いであろう?」
「…………」
「それに、長い世襲の歴史の中には、恥ずべき先祖がいたこともしっかりと記されているしな」
「それで権限を縮小された国王は、一体何を為さるのです?」
「まあ、ここに居る者は大体気付いてはいただろうが、私は本当は国王という存在自体を無くしてしまおうかとも思っていた。だが国王としての仕事を続けていくうちに、国内事情はさておき、外交上では王国であるこのソルダンが、突然国王の存在を無い者として扱う国に変貌してしまったとあっては、いらぬ邪推をされかねないだろうと思ったのだ。運が悪ければ、国内事情が荒んでいると勘違いした敵対国に、侵略のきっかけを与えてしまう事態にもなりかねない」
「左様ですな」
「それで国王の仕事だが、主に外交上必要に応じて対処する。国賓を招いてのもてなしや、相手国の国王や首長に対する儀礼的な行事などだ。……それと、今までは法案の作成や改革など、国王が先導し議会を開いて皆の承認を得るようにしていただろう? その役割は新しく大臣の上に立ち、国を率いていく職に就いたものに移譲する。ただし、法案の成立にかかわる議会には参加する。それに国王には拒否権を与えるという事で、王族も、国の主軸になる事柄に関して関わっているのだという関心を持ってもらいたいとも思っている」
「拒否権ですか……」
今まで黙って成り行きを見守っていたシガが口を挟んだ。
セレンが考えていることは大体把握してはいたが、事細かい部分までは聞いておらず、国政からもっと距離を置くものだと思っていたので、シガにとってはこのセレンの考えは意外でもあった。
「そうは言ってもな、絶対的な拒否権では無いぞ。国王を含めた3割以上が拒否を示した場合に限り、拒否権は発動されるものとする。たかだか3割の同意も得られないような拒否では、単に国王のわがままと取られても仕方がないからな」
0
お気に入りに追加
213
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
どうぞお好きに
音無砂月
ファンタジー
公爵家に生まれたスカーレット・ミレイユ。
王命で第二王子であるセルフと婚約することになったけれど彼が商家の娘であるシャーベットを囲っているのはとても有名な話だった。そのせいか、なかなか婚約話が進まず、あまり野心のない公爵家にまで縁談話が来てしまった。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
何故、わたくしだけが貴方の事を特別視していると思われるのですか?
ラララキヲ
ファンタジー
王家主催の夜会で婚約者以外の令嬢をエスコートした侯爵令息は、突然自分の婚約者である伯爵令嬢に婚約破棄を宣言した。
それを受けて婚約者の伯爵令嬢は自分の婚約者に聞き返す。
「返事……ですか?わたくしは何を言えばいいのでしょうか?」
侯爵令息の胸に抱かれる子爵令嬢も一緒になって婚約破棄を告げられた令嬢を責め立てる。しかし伯爵令嬢は首を傾げて問返す。
「何故わたくしが嫉妬すると思われるのですか?」
※この世界の貴族は『完全なピラミッド型』だと思って下さい……
◇テンプレ婚約破棄モノ。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる