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様々な問題

ルウクとサイゴン伯爵2

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「こんなところで陛下の第一秘書と伯爵の侍従が人目もはばからずに大声で言い争うとは何事ですか。訳を言いなさい」

 サイゴン伯爵が傍に居ることに躊躇はしたものの、ここでコトラスと揉めた事をあやふやにしてしまうのは、周りにいる野次馬たちに後ろめたいことがあると認めるような事になってしまうのではないかとルウクは危惧した。告げ口をするようで気分は良くないが、ルウクは重い口を開いた。

「……コトラス殿が、陛下と私の根も葉もない噂話を信じ切っているようでしたから、それが間違いだと誤解を解こうとしていたのです」

「間違いだと? フリッツ長官、そんなことはありません。私はルウクが陛下の信頼を悪用し、自分の家族や故郷を裕福にして欲しいと、そのための特別な手当てをしてくれるように頼みこんだとしっかり聞いたのです。それが事実だという事は、ここにいらっしゃるサイゴン伯爵が証明してくださいます」

 コトラスが自信満々に顔を上げ、サイゴン伯爵の方を向きながら話したことで、野次馬たちの視線が一斉にサイゴン伯爵に向かった。それには流石のサイゴン伯爵も、たじろいだ様子を見せた。

「サイゴン伯爵?」

 コトラスの言い分に何も発さないサイゴン伯爵に、フリッツが怪訝な顔でサイゴン伯爵に言葉を促す。それに対しサイゴン伯爵は一瞬目線を彷徨わせたものの、気持ちを切り替えたのかすぐにいつもの毅然とした態度を取り戻した。

「その噂話の元が誰なのかは分からないので、私には事実だという証明は出来ません。ですが、そう推測されても仕方がない行動を陛下がなさっていたのだろうと私は懸念しておりました。ですので、私としましてはジングラム伯爵らにその話をした時も、それが真実だと思ったので話しただけなのです」

 ルウクには、そのサイゴン伯爵の物言いは開き直りにしか見えなかった。ナイキ侯爵からの報告でも、噂の出口はサイゴン伯爵に違いないだろうという事だったのだ。あのしたたかで抜け目のない侯爵が、間違いを犯すとは考えられない。
 隣のコトラスを窺い見ると、いささか戸惑っているようで呆然とした表情をしていた。

「――サイゴン伯爵」
「……はい」

 些か窘める口調で呼びかけたフリッツに、サイゴン伯爵が慎重に返事を返す。

「貴方は苟も、王族の血が流れる高貴なお方です。他の方々とは違って、貴方の発言には多大な影響力があるという事を自覚していただかなければ困ります」

「フリッツ殿……」

 キュッと唇を噛みしばらく下を向いていたサイゴン伯爵だったが、何とか吹っ切ったのか、コトラスの方に顔を向けた。

「コトラス、出処も分からない曖昧な噂話を、きみの主のジングラム伯爵にしたことは謝る」

 そう言った後、サイゴン伯爵はコトラスに頭を下げた。頭を下げられたコトラスは、びっくりしたようだった。まさかサイゴン伯爵が、目下で格下の自分にそのような行動に出るとは思ってもいなかったのだろう。

「とんでもありません。私なんかに頭を下げないで下さい」

「いや、騒ぎの元はくだらない噂話を信じて話した私にある。ルウク、コトラスのことは私に免じて許してやってはくれないか?」

「それは、……コトラスさんがそれが真実では無いと分かっていただき、これからその話を聞いた時に、あれは嘘だと否定してくれればそれで構いません」

「……分かった」

 分かったと返事はしたものの、コトラスの表情からしてまだ疑念を持っているようだった。だがあまり念を入れ過ぎて、せっかく折れてくれたコトラスをまた逆上させては意味がないだろう。ルウクはその返事で良しとして、了承した。

「それではフリッツ殿、談話室で皆を待たせているだろうから私は戻りますが……」
「ああ、そうだな。私も戻ろう」

 サイゴン伯爵らが戻ろうとしたところで、ルウクはノートの存在を思い出した。

「あの、サイゴン伯爵」
「――なんだ?」

 ルウクに呼び止められて振り向いたサイゴン伯爵には、一瞬警戒の色が見えた。だがすぐに表情を戻したことで、却ってルウクにはサイゴン伯爵の複雑な胸中が見えたような気がした。

「今日は後どのくらいまで、こちらにはいらっしゃいますか?」
「……? もう2時間くらいは談話室に詰めているはずだが」
「では、2時間後に私に少しお時間をいただけますでしょうか」
「きみに……?」
「はい。5分ほどでよろしいのですが」
「……分かった。で、どこに出向けばいいのだ? 執務室か?」

「あ、いえ。私の方から談話室に……。良ければ図書室にいらしていただけますか? あそこでしたら、待つ方にも負担はありませんから」

「そうだな。私の方も、2時間とは言っても確かな時間ではないから」
「ありがとうございます。では、後程図書室でお待ちしております」

 ルウクはペコリと一礼して、サイゴン伯爵とフリッツが談話室に戻って行くのを見送った。それから執務室に戻ろうとして、コトラスが複雑な表情でこちらを見ているのに気が付いた。

「コトラスさん」
「……なんだ」

「コトラスさんが、まだ陛下と私のことを疑っているのは分かります。ですがあれが真実では無く単なるデマだと言う事は、サイゴン伯爵が説明したことでお分かりになられたでしょう?」

「……サイゴン伯爵は、そのようには言っていなかったぞ。ただ、真実だとは証明が出来ないと言ったまでだ」

「――それでも、真実だとは言えないことだと言う事は理解されたのですよね? 嘘かもしれないことに、振り回されるようなお方ではないことを願っています」

 本当はサイゴン伯爵がセレンの推し進める改革を懸念して、自らが流したデマである確率が高いことを話してしまいたかったが、頑なにデマを信じてしまっているコトラスに話すことが良い結果をもたらすことが出来るのか、ルウクには判断できなかった。

 返事が出来ないままでいるコトラスを置いて、ルウクはそのまま執務室へと戻って行った。
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