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嫉妬と羨望と

怖い主

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「あの、お墓参りをなさるのなら、花を買って参りましょうか?」
「花か……。考えも及ばなかったな。……バラ園から少し拝借していくか」
「良いのですか?」
「2、3本な。この次にはちゃんと花も手配して、それから出向こう。今日は急に思いついてしまったから、それでいい」
「畏まりました。では、剪定ばさみを借りて来ますから、少し待っていて下さい」

 そう言ってルウクは走って剪定中の庭師の方へ駆けていった。そして事情を説明し、すぐに返すという約束でハサミを持って踵を返した。

 その視線の先には、長い銀髪を靡かせながらセレンが立っている。風が強いせいで顔に纏わりつく髪を、鬱陶しそうに掻き上げていた。

 急いで戻るルウクの斜め背後から、こちらへと走り寄る足音が聞こえて来た。何だろうと思った矢先に、その人物はルウクを追い越してセレンに向かって走っていく。ルウクの視界の端に、その男が持つ剣が目に飛び込んで来た。

「思いしれ! セレン!!」

 叫んだ男は手に持っていた剣を振り上げながら走っていく。主の危機にルウクはすぐさま反応し、必死でその男に走り寄り思いっきり突き飛ばした。

 突然横から出て来たルウクにびっくりした男は、反射的に倒れながらもルウクに向かい剣を振り上げる。その切っ先が、ルウクの胸元から肩にかけて掠っていった。

「……つぅ……っ」
「ルウク!」

 ルウクが切られたことを見たセレンが血相を変えて走り寄って来る。ルウクに突き飛ばされた男は、何とか態勢を整えたところだった。

「ギーン男爵」

 冷たく低いセレンの声に、呼ばれた男はハッとして顔を上げる。眼前には怒りに塗れたセレンが剣を抜き、その切っ先を向けていた。

「お前が傷つけたのは、私の大事な側近だ」

 恐ろしいほど無表情に冷めた目で見下ろしながら放たれた言葉に、ギーン男爵は恐怖で顔が強張った。

「マ、マラダンガム公爵……」

 ギーン男爵の傍で、主のセレンが初めて見せる冷酷で怖い表情にルウクは心底驚いた。

 ルウクの知っているセレンはいつだって冷静沈着だ。そんなセレンが、まさかギーン男爵を殺したりしないだろうとは思うのだが、今の彼の表情はあまりにも恐ろしすぎる。

「……残念だったな。不本意ではあるが、私は一応国王だそうだ。……貴方は、反逆罪だ」
「大丈夫です! セレン様!」

 ルウクは必死でセレンにしがみ付いた。心臓はドキドキと煩く鳴り響き、汗が滲み出る。未だかつてルウクは己の主を怖いと思ったことは無かったが、今は本気でセレンが怖かった。まるで今にもギーン男爵を斬りつけそうなその雰囲気に、ルウクは痛みも忘れてセレンを止めようと必死だ。

 その従者の必死の思いが届いたのか、ルウクの声にセレンの雰囲気が少し和らいだ。視線はギーン男爵から外さずに、セレンが問いかけて来る。

「傷は……、傷は大丈夫なのか? 深くは無いのだな?」
「はい、大丈夫です。……少し深めの掠り傷だと思います」
「……深め?」

 また声のトーンが低くなった。ルウクの背中にまた緊張がぶり返す。

「あ、いえ! 掠り傷としてはという事です! 全然大丈夫です! 掠り傷です!」

 慌てて叫んだせいで大きな声が出た。だがその声の大きさに、却ってセレンはルウクの傷がダメージを与えるものでは無かったのだと判断できたようだ。セレンの纏っていた冷たいオーラが徐々に薄れていく。

「陛下!」

 騒ぎを見ていた者が報告したのだろう。ナイキ侯爵が緊張の面持ちで走って来る。セレンはその姿を確認した後一つ息を吐いて、振り上げていた剣を下した。

「何があったのですか!? ……ギーン男爵?」
「この者が私を殺そうとしたのだ。それをルウクに助けてもらった」
「ち、違う! 俺はただ懲らしめてやりたかっただけだ! 怖がらせて少し痛い目に合わせてやろうと思って……!」

 冷たいオーラを纏う二人に上から見下ろされて、ギーン男爵は必死で弁解を始めた。特にセレンに関しては、彼は今まで実際に対峙した事が無かったので、ここまで存在感があり威圧感のある人物だとは思ってもみなかったのだ。

「それでも反逆罪には変わりありませんな。……それよりルウク」
「は、はい」

 ギーン男爵に話しかけていた侯爵がいきなりルウクに話しかける。急に矛先がこちらに向いたことに、ルウクは緊張して声が裏返ってしまった。

「もう大丈夫だから陛下をお放しなさい。……衣が汚れてしまう」
「えっ、あ、すみません!」

 セレンに誰かを傷つけて欲しくない余りにルウクは必至で彼にしがみ付いていたのだが、事が済んだ今でもそのままの姿勢でいる事に、指摘されるまでルウクは気付かずにいた。
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